アフター2話目 花宮若那は名前で呼びたい

想像以上に話が長くなってしまったので、もうあと一話追加することにしました。勝手に変更してしまい申し訳ないです。


◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆


「……どう、しよう」


 私、花宮若那は、学校も終わり、マンションに帰ってきた後、軽い家用のルームウェアに着替えて、スマートフォンを片手に自分のベッドで寝転がっていた。


「断られたら……」 


 私はスマートフォン画面を見返す。そこに写っているのは、春留とのチャット画面である。


 ……彼氏とのチャット画面である。


「ふふふふっ…………、おっと」


 危ない危ない。変な笑みが出るところだった。彼氏って意識してしまうと、なぜか毎回のように笑みが漏れてしまうのは私だけなの、かな?


「……って、そんな事をしている場合じゃないんだよね」


 好きな人が彼氏になった。それはとても嬉しいことだ。でも、私としては、だからこそもっと進展させたいって思ってしまっている。


 やっぱり、先輩と付き合う前の私とは違って、こんなことを求めてしまうと、嫌われたりしないだろうかと心配だ。


「……っ」


 メッセージの送信ボタンに手をかける。押そうか、押すまいか。


『あの、名前で呼んでも良いですか? その、せっかく付き合ったので』なんてメッセージを見返す。なんてこと書いてるの私。恥ずかしい……。


 なんて考えて、ベッドの上でのたうち回る。


 その時のことだった。


『あのさ、花宮のこと、名前で呼んでもいいか? その、もう付き合ってることだしさ』


「えっ……え、え?」


 頭が混乱する。これは、夢?


 何度確認してもそう、ということは間違いないのだろう。スマホ画面に写っていたのは、紛れもない先輩からのメッセージ。


「って、どうしよう……」


 そういえば、このチャットアプリには既読したことを知らせる機能が付いている。


 それはつまり、先輩に今私がこの画面を見ていることがバレてしまったという訳だ。うん、まずい。


「〜〜〜〜っ!?」


 どうしようどうしようどうしよう!

 とにかく言い訳しないと!


『……あの、たまたま誤作動で先輩のを開いてしまっただけなので』


 返信。


 ……でも、本当にこれで良かったの、かな。


 心の中で、そんな疑念を抱く。


 私たちは、デートどころかハグすらしたことない関係だけど、それでも名義としては恋人なのだ。


 私には天使だなんて大層なあだ名があり、ある一人に対して想いを抱くことはいけないのかもしれないけれど。


 それでも、せめて、好きな人の前では正直になりたい。今までいけない事だと気持ちから逃げてきた自分を、そんな自分という殻を破って、さらけ出したい。


『……やっぱり、そういうのはやめにします。……その、ですね、正直に言うと、』


 少しでも誤解して欲しくない、そう考えて、まず一区切りするところまでを送信。


『メッセージを先輩に送るべきか送らないべきかと迷ってました。その……同じ、ことを』


 その後、付け加えて送信。


『ってことは……?』


 すると、そう返ってくる。となると、私はこう答えるとしよう。


『……その、いいですよ、もちろん。私達は付き合ってるんですから。なので、と言ってはなんですが、私も名前で呼んでもいいですか?』 


 返信がこんなにも待ち遠しいものだなんて、初めてかもしれない。文字のみ、だというのに、こんなにも緊張するのは……。


『あぁ、むしろ嬉しい』


 むしろ、嬉しい?


 どういう事なのかな。おそらくだけど、私を名前で呼ぶことに対して、言っているんだと思うんだよね。……って、え?


 嬉しい、の?


「むふふふっ……」


 変な笑みが漏れる。嬉しい、だなんて初めて聴いたかもしれない。あの先輩の口……ではないにしろ、先輩からそんな言葉が出るなんて。


「……それにしても、これからは先輩以外で呼ぶことになるんだよね」


 春留……春留くん、か。


 …………やばい、無理だ。


 心のなかで、先輩の名前を呟いてみる。が、名前呼びというのはかなりハードルが高いようで、頬が徐々に熱を帯びていくのが感じられた。












 キーンコーンカーンコーン、と教室のスピーカーから終わりを告げるチャイムが聞こえてくる。


「じゃあ、早く帰りたい人もいるでしょうし、話を長引かせてもどうせ話すこともないので、これで終わりにしますか」


 と、教壇に立つ先生。


「起立、姿勢、礼!」


「「「ありがとうございました!」」」


 席から立つと礼をして、そう声を上げる。そして、先生が教室から出ていったのも束の間、


「花宮さん」

「天使さまー」


 と、声が掛かったかと思うと、その途端にほとんどのクラスメイトは私の席に群がり、多くの人で混雑する。


 まさに、八方美人……じゃない、八方塞がりだ。


「……あの、みなさん」


 集まっているみんなに声をかける。


 早く帰ろうとしているのに……。先輩と早く帰りたいのに、と心のなかで思いながらも、それは決して外に出さないように。


「はい、なんでしょう?」


「その……今日は用事があるので先に……」


「そう、ですか。もちろんいいですよ。……あの、質問があるんですけどいいですか」


「はい、どうぞ?」


 なんだろう、と首を傾げながら尋ねる。


「好きな人、います?」


「…………っ!?」


 これは、どういう質問だろうか。


 この人がただ気になっているだけなのか、はたまたもしかしたら私に彼氏が出来たのを知ったのか。先輩と一緒にいるところを見られてしまった……?


 その言葉の裏に何があるのか、私は焦り気味になりながら、そんなことを考えていた。


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