アフター3話目 花宮若那は告げたい

「好きな人、います?」


「…………っ!?」


 これは、どういう質問だろうか。


 私は大きく目を見開かせる。


 この人がただ気になっているだけなのか、はたまたもしかしたら私に彼氏が出来たのを知ったのか。先輩と一緒にいるところを見られてしまった……?


 その言葉の裏に何があるのか、私は焦り気味になりながら、そんなことを考える。


「……その様子を見ていると、なんだか分かっちゃいます。そうだったんですね」


 と、落胆した様子を見せる男子。


「……あっ、えと……その……」


 まずいよね……どうしよう……。


 予想以上に顔に出てしまっていたらしい。どんなに普段から話していても、こういう話題になるとどうしても吃ってしまう。


 どう、言われるだろうか。私のせいで先輩がいじめられるとか、ないだろうか。


 そんなことになったら、私……っ。


 どうすればいいのか対応の仕方がわからない。こんなことになったのは初めてのことで、俯いて下の方を見つめる。


「……応援してますよ! 天使さま!」


「…………え?」


 返ってきた予想外の答えに、思わず声を漏らす。私は反射的にバッと顔を上げた。


「どうしたんですか、そんな顔して。まさか、応援しないと?」


「天使さま、そんな訳無いだろ」


「おぅおぅ、そりゃあ確かに悲しくはなるけどさ、俺たちはみんな天使さまが幸せならそれでいいんだよ」


「花宮さん、恋バナ楽しみにしてるね〜」


「そうだっ、このクラスだけの秘密ってのはどうだ? 好きな人がいるの、今は俺たちだけしかしらない訳だし」


「いいな、それ! 天使さまと秘密を共有……なんかいいかも!」


 みんなの言葉に私の言葉を否定する意見は、一つとしてなかった。それどころか、祝福したり喜んでもらえたりする言葉ばかりだ。


 もしかしたら、私は勘違いをしていたのかもしれない。自分をさらけ出してしまうことは、自分の考えを押し付けることだなんて思っていたけれど。


 本当は、違うのかも。


 私、一人で勝手に決めつけて……最低だな、私。


「ありがとう、みんな!」


 それは、決して偽物などではない。初めてクラスメイトに見せる、偽らず飾らない、100点の満面の笑顔だった。










「……おぅ、どした」


 先輩に会うために2年生の教室に向かおうかという時、その途中で聞こえてきたのはどうしようもなく愛しい声。


 1年の真上にある2年の教室へ向かうための階段から降りてきたのは、彼氏こと先輩だ。


「……いえ、あの、」


 どんなに許されるといっても、クラスで少し人の目が気になるといったところ。それに、先輩との件に関してはクラスでの秘密とまとまった訳だし。


 そのこともあってか、とりあえず、いかにも自然にといった感じで先輩と昇降口まで向かう。


「……あの、さ。一緒に帰らないか?」


 それぞれの靴箱へと向かう直前、そんな声が囁くように小さく聞こえてきた。横を見てみると、照れくさそうにしている先輩。


「……もちろんですよ」


 フフッ、と小さく微笑むと、私はそう答えた。


 それから10分近く経過した後、みんなに気付かれないようにと家まで静かに歩いていた。


「……そろそろ、大丈夫か」


「ですかね。まぁ、駅は逆側ですし、こちら側に住んでいる人も少ないですから大丈夫じゃないですか。ほら、見ての通り」


 後ろを振り返ってみるが、見たところ人はほとんどいない。いるにはいるけれど、少なくとも学校の生徒ではなかった。


「だな。なら、いいか」


「はい。……あの、私のせいで、すいません」


「いや、別にいいんだけどさ。わ……いや、付き合えているだけでも、嬉しいし」


「私、こそ」


 ……って、わ? 何を言いかけたんだろう? そう思い、わ、から始まる何かを考えてみる。


 わ……わ……。若那……私の名前?


 ……そういえば、今日から私は先輩のことを名前で呼ぶことになるん、だよね。


 無理だあぁぁ……っ! ただ名前を言うだけでも恥ずかしいというのに、それを先輩に直接なんて。もっと恥ずかしいに決まってる。


 ……でも、それを今、勇気を出して先輩は言おうとしたんだよね。


「……マンション、見えてきたな」


「ですね」


 そう軽く会話を済ませ、そして、自分たちの部屋へと続くエレベーターに乗る。先輩の部屋の階まで着いた時、エレベーターの扉が開いた。


「……またな」


 隣で立っていた先輩は、そう言いながらエレベーターの扉の方へと足を動かす。


 ……やっぱり先輩は先輩らしい。それでも、言おうとしてくれた勇気を知れただけでも、私は十分嬉しかった。


 まぁ、いつか言ってくれれ……


「――――若那」


「〜〜〜〜っ!?」


 そんな声が聞こえた気がした。私は、それが先輩の口から発せられたものだと分かると、人間から出されるとは思えないほどの声を上げる。急に体温が一気に上がっていく感覚を覚えた。


 今、先輩が……『若那』って……?


 名前を呼ぶのも同じく恥ずかしいけれど、呼ばれる方がそれよりもずっと恥ずかしいらしい。それも、好きな人だとなおさらだ。


「こちらこそ。また、ね。――――春留くん」


 私こそ、と勇気を出してそう言う。せっかく先輩が勇気を出して言ってくれたんだ。それなら、私だって言いたい。

 

「…………っ!」


 先輩……いや、は、は……春留くんは顔を紅潮させると、手を、顔を隠すように前に置いて、視線をどこかに背けていた。


 可愛い、だなんて思ってしまったのは、間違いなのかな。


 恥ずかしそうにしている春留くんを見て、これから春留くんは私の彼氏なのだと、私はにやーっと変な笑みを浮かべながら考えていた。

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