アフター・アナザーストーリー
アフター1話目 桜庭春留は名前で呼びたい
アフターストーリー二本立て!
一話目は春留視点で、おそらく明日か明後日投稿予定の二話目は、この一話の続きなのは続きなんですが、若那視点となっています。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
「なぁ、悠翔……」
「ん、どうした?」
夏休みも明けて数日が経った頃。
俺と悠翔は屋上で二人、フェンスにもたれかかるようにして座っていた。
「あのさぁ……名前で呼ぶって、どうすればいいと思う、かな」
俺はゆるーく体操座りで座りながら、顔を自分のひざに乗せるようにしてそう尋ねてみる。
「ん? ……あっ、そういえば、まだどちらとも名前で呼んでないのか。花宮さんに至っては付き合い始めた今でも先輩呼びだし」
そう、悠翔の言う通りなのだ。
俺たちは花火を見終わった帰りのこと。あの後、なんとか4人で合流することができてから旅館に帰れたには帰れた。
……のだが、その後のことが問題。花宮が言った言葉が頭から離れず忘れてしまっていたが、俺と花宮は同じ部屋だったのだ。
どうしても花宮を前にすると言葉が出ず、ずっと俺たちの部屋は沈黙が続き、気まずい雰囲気が流れていた。そんな空気を打ち消したのは、そろそろ就寝するぞという時になってからやっと。
せっかくだしと話し始めて、そうして、なんやかんやあって……なんや、かんや……。あぁ、もう振り返るのはやめ! 俺が恥ずかしいだけじゃないか。
「……で、どうすればいいんだ?」
屋上の床のさびをじーっと見つめながら、恥ずかしさを誤魔化すように少しキレ気味に聞く。
「いや、まぁ『名前で呼んでもいい?』って聞いて、それで流れで呼べばいいんじゃない?」
「いやいや、軽いな、おい。そんなこと聞けるはずがないだろ? もし聞いて、断られたりしたら気まずくなるんじゃないか?」
「……春留は乙女かい」
悠翔は、はぁ、とため息を吐きながらそう呟いている。うるせぇっての。
「まぁ、そんなことは万に一つもないと思うぞ? 断るなら、なんで花宮さんは春留と付き合ったんだって話だよ。花宮さんは春留が好きだから付き合ってんだろ、嫌なわけないじゃないか」
「……そう、だろうけどさ。でも……」
目を逸らしながら、そう答える。
そう……そうなのは分かっている。あの時、花宮の言った言葉を忘れたわけじゃない。けど、どうしても夢なのでは、なんて考えている自分がいてしまっている訳で。
「なら、『文字』ならどうだ? さすがに連絡先くらいは交換してるだろ?」
「いや、別に連絡先なんて交換してな…………あっ、そういえばしてたっけ」
連絡先なんて知るわけないだろとか思っていたけど、改めて考えてみれば悠羽を元気にさせよう大作戦(仮)のときになんとなくの流れで交換したんだった。
そうか、面と向かってじゃなければ、聞けるかもしれない。
けど、なぁ……。
「……でもまぁ、俺に出来そうな方法といえば、それくらい、だよな。ありがとう、やってみるよ」
「いやいや、お礼を言われるようなことは何もしてないし。頑張って」
「……おぅ」
やっぱり陰キャにこういう話はあまり慣れないもののようで。だんだん気恥ずかしくなってきて、顔を背けながらそう言葉を放った。
「……ふぅ……はぁ」
学校の授業が終わり、場所は変わって自分の住むマンションの部屋。
俺はただ今、ベッドの上で正座をしながらスマホと対峙していた。
「……よし」
覚悟を決めて、スマホ画面をタップする。すると、画面にはチャットアプリ……相手は、花宮のが表示された。
最後のメッセージというと、夏休み前に起こった悠羽を元気にさせるためと作戦会議をしていた時のことだ。この時はやっぱり言葉にトゲがあったように感じていたけど、今見返してみると、花宮のメッセージには優しさが溢れ出ているように感じた。
……ってか、やっぱり緊張する……。
前とは違ってもう花宮は彼女だというのに、と疑問を覚えながらも、フルフルと小刻みに震えている手で文字を打つ。
『あのさ、花宮のこと、名前で呼んでもいいか? その、もう付き合ってることだしさ』と。誤字がないかを確認し、一息ついてから送信ボタンをタップ。
「……って、え?」
スマホ画面を見ていて、思わず目を疑う。送信ボタンをタップしたその瞬間、そのメッセージに既読マークが付いたのだ。
既読マークとは、簡単に言うとその人が見た印のようなものだ。ということは、花宮はつまり、今俺とのチャット画面を開いていることに……。
とりあえず、と、反応を待つことにした。
『……あの、たまたま誤作動で先輩のを開いてしまっただけなので』
1分近く待っていると、そうメッセージ。
まぁ、現実とはそういうものだよな。ってか、まず振り返るほどの量の会話をしてないから、当たり前だよな。
了解、と打とうとすると、またまた花宮からのメッセージ。
『……やっぱり、そういうのはやめにします。……その、ですね、正直に言うと、』
「……?」
正直に言うと、って何だ……?
『、』で終わっているということは、続きがあるってことだよな。それにしてしても、その流れからすると、まるですぐに既読マークが付いたのに何か理由があったと言っているようなものでは?
それともこれは、ただ俺が承諾してしてほしいと願ったあまり生み出してしまった思い込みなのだろうか。だなんて考えていると、
『メッセージを先輩に送るべきか送らないべきかと迷ってました。その……同じ、ことを』
と、付け加えてくる。
同じこと……って?
……まさか、そういうことか?
『ってことは……?』
『……その、いいですよ、もちろん。私達は付き合ってるんですから。なので、と言ってはなんですが、私も名前で呼んでもいいですか?』
『あぁ、むしろ嬉しい』
なんだよ、この可愛い人間。ズルいだろうが。
そんなことを考えながら、簡潔に返信を済ませてスマホの電源を一旦落とす。そうしないと、今こんな何気ない話でも好きと感じてしまっている花宮を、どんどん好きになってしまいそうだから。
……それに、ニヤニヤが止まらないから。口角は上がりっぱなしで、気持ち悪いくらい。
「……呼んでも、いいのか」
確認するようにそう呟く。
「……わ、若那。……若那、若那」
花宮の名前を呼んでみる。何度も、何度も。
「……やっぱ、無理かもしれない」
自分から話を出した身ではあるのだが、思った以上に名前呼びは緊張するものだった。頬が徐々に熱を帯びていくのが感じられる。
ボフッ、と布団に顔を埋めると、いつになっても冷めそうにない気持ちを、名いっぱい布団にぶつけることにした。
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