第34話 イルカショー、消えた天使
俺達が着いたのは、水族館の館内を出てすぐの大きな建物。悠羽曰く、この建物ではイルカショーをしているらしい。
「おぉ……!」
目の前の光景を前に、心を踊らせる。
天井が開けていて開放感があり、この建物の見た目以上に広く感じる影響だろうか。それとも、この建物の半分近くを占めている観客席が8割以上埋まっているこの事実に感動しているのだろうか。
いや、そんなことは今どうでもいい。イルカショーを前に見たのは随分と前のことで、思わず声を漏らしていた。
「こっち空いてるよ!」
そんな事を考えながら立ち尽くしていると、遠くから悠翔の声。その声の方からは、空席の前でブンブンと手を振る悠翔の姿。
「兄さんの方へ行こう!」
「うん、だね!」
「……あぁ」
そう軽く言葉を交え、俺達は悠翔の席の方へとついた。
「ひゃ〜〜〜!!」
イルカショーが始まった。
楽しそうにしているイルカと、そのイルカに乗りながら笑顔で手を振る人を見て、近くからは多くの歓声が聞こえてくる。
すっげぇ……と、俺も心の中で思う。
イルカと人間、使う言語は違う。種族さえもまったく違う。そんな二人が息を合わせて芸を行う。以前見たときのことは覚えていないけど、以前より感動しているのは目に見えて分かる。
「おぉ〜〜〜!!」
今度は、イルカが空高く跳ねたかと思うと、ピンポイントに空にぶら下げられているリングにくぐる。
実際に見ているということもあり、迫力満点。再び巻き起こる大きな歓声と拍手の嵐。
「……?」
イルカを見るのに熱中していると、隣の席からコトンと物音。花宮が席を外すのが見えた。
「……どうかしたのか?」
「すぐ戻ります」
「そう、か。了解」
一人で大丈夫なのか……?
そんな疑問が頭を過った。……が。
いやいやいや、なんで花宮の心配なんてしなくちゃいけないんだよ。どうせ一人で勝手に行動してればいいだろ。
そう考えて、意識を再びイルカへと戻す。
その後、5分経っても10分経っても、花宮が戻ることはなかった。
そして、イルカショーはそろそろ終盤を迎えつつあった。時間は、花宮が席を立ってからもう15分が経過しようとしている。
「……何やってんだ、花宮」
すぐ帰るって、言ってたじゃないか。もう15分が経過しようとしてるってのに、どこで道草をくってるんだ。
「……」
おかしい。絶対におかしい……。
俺に迷惑を掛けることなんて日常茶飯事だ。けれど、悠羽や悠翔には必ず迷惑を掛けようとしないはず。
何か、あったのか……? 花宮に、何か予想外の出来事が。何か事故に巻き込まれるなんてこと、してないよな。
「……っ」
イルカを見て「うぉおお!」と声を上げる水瀬義兄妹に気付かれないように席を立つと、とりあえず花宮の行きそうなところを走り始めた。
「…………何してんだ、花宮」
とりあえず、途中で席を立つ目的といえばトイレくらいだろう。
そう思ってまず近くのトイレへ向かった。そして、すぐに連れ戻してやろうと思っていたが、簡単にはいかないらしい。
「……はな、みや……?」
花宮は、俺の予想通りに女子トイレ前にいた。……誰か、知らない人と一緒に。
彼氏、だなんて考えが頭によぎって花宮の方を見ていると、ふと花宮のする顔に気付く。
「…………っ!?」
俺は顔を強張らせる。花宮の顔は、今にも泣いてしまいそうなほどに怯えていた。それにつられて、俺の足もフルフルと震わせる。
多分、あいつらは天使と謳われる花宮の容姿に惹かれてナンパしようとしている。いや、そんなことならいつものように誘われてそうな花宮が涙目になるということは、ナンパよりももっとたちの悪い……。
どう、しようか。
そう考えながら花宮の方を見る。その時のことだった。花宮と話している人たちは、花宮の手を掴んでいた。
花宮は、頭が怖さで一杯なのか叫べないらしい。いや、それにもしかしたら、ここから死角になっているところで何かが起こっているのかもしれない。
分からない。でも、花宮が見せている顔からはあまりに強い恐怖心が滲み出ている。花宮は、涙を流していた。
その姿を見て、頭は考えることを停止した。いや、考えるどうこうする前に足が動いたんだ。
足は竦むことを忘れていて、気付けば俺は、花宮の方へと走り出してナンパしてくるやつの手を払い、俺は花宮との間に立っていた。
「おい、今はオレ達がこの子と話してんの。お前、邪魔しないでくれる?」
花宮をさっきまでナンパしていた人たちが、俺に向かってそう声を掛けてくる。が、もちろんこいつらの言葉に正直に、はい分かりました、などと言うつもりはない。
「うるせぇ、花宮が泣いてんだろ」
「……ぁあ? 生意気なやつだな。オレはこいつと話してんの。お前はお呼びじゃねぇっつってんだろ」
「だぞ、ヒーロー気取りでやってきたのかは知らねえが、そんな態度を取っていられるのも所詮今のうちやぞ?」
……やっぱり無理かも……。
こいつを前にするのはこれ以上無理だ。こいつから放たれる威圧が、弱っちい俺を押しつぶしていく。
こうなったら……
「……花宮、逃げるぞ」
暴力で解決しようとしにきたのか、拳を振り上げる。その途端、俺は花宮の手を取ると隙をついて走り出した。
……ここから出れば、なんとかなるはず。ここには多くの人がいる。大きな騒ぎを出すわけにはいかないからな。
「……はぁ、はぁ、はぁ」
とりあえず、人目がつくところまで来たので一旦足を緩める。ここまで必死に走ったのはなかったので、もう限界に近い。
「……はぁ……はぁ」
見たところは追ってきてはないようだ。近くに警備員でもいたのだろうか。ま、なんとか助かって良かった。
息を落ち着かせる。そして、一旦近くにおいてあるベンチへと座り、花宮の方に顔を向ける。
「……怖、かった」
「そんなの、どうでも…………」
……いや、今だけは、いいか。俺は言いかけた言葉の続きを言うことなく口を閉ざす。
今にも泣き出してしまいそうな顔を見ていると、どうしようもない。怒る気すらも失せてくるから。
俺の心を、それどころじゃない、そんな気持ちにさせてくる。
「大丈夫だ、花宮。もうあいつらはいない」
そして、そう言いながら、片方の手で花宮の背中を安心させるようにさすってやる。
すぐにパンッと手を押しのけてくると予想していたが、そんな様子は見られない。よほど怖かったらしい。
俺らしくない、とは十分承知している。でも、未だに震えている花宮の足が、ぎゅーっときついくらいに俺の腕を掴んでくる花宮の腕が、俺をそうさせていた。
花宮なんて嫌いだ。けれど、ここで怒るのはちょっと違う気がすると思ったから。
そう、俺達は敵同士。互いに嫌いあい、貶し合うような関係。けれど、それと同時に俺と花宮は先輩と後輩という関係でもある。
後輩が泣きながら震えているのなら、先輩のするべきことはとっくに決まっている。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます