第6話 バスの中での事
「…………」
「…………」
「…………」
「…………」
目的地までの道のり、俺たちはバスでゆらゆらと揺れていた。俺の隣には天使と謳われる人気な後輩、前の席2つには、瀬川さんと少し引け目なもう一人の後輩が並んでいる。
なんでこいつが隣なんだよ、と愚痴を吐きたい気分だが、瀬川さんだけにプレッシャーを負わせる訳にもいかない、そう考えてぐっと堪える。
それにしても、この班はとっても静かだ。
他の班からは陽キャたちが率先して話しかけている声と、楽しく笑う後輩の声が賑やかに聞こえている。
一方、この班から聞こえるのはバスが鳴らしているガタガタという音のみ。
本来なら先輩である俺たちが、何かしら話題を持ちかけてこの場を盛り上げるべきなんだろうけど、悲しいことに、俺はそんなことをする勇気も話術もない。
それに、天使の皮を被ったあいつが何かと睨んでくるから、話術が何とかとかいう前に、出そうとしても声が出ない。
「そういえば、小日向さん、なにか趣味とかある?」
「私、ですか……? 私は……」
沈黙を始めに破ったのは、瀬川さんだ。
このままじゃいけないと思ったんだろう、思うだけの俺とは違って、行動を起こして後輩と話を始めている。
「…………」
「…………」
「…………えーっと、じゃあ花宮も趣味とか、あったりするか?」
静かでいることに何かすごい罪悪感が湧いてきて、ほんの少しも気にもならないことではあったが、聞いてみることにした。
「……まぁ、読書とかですかね、主にミステリー系です」
やはり前に出会ったときの対応とはまるで違う。ここでは、他のクラスメイトが見ているから、というのがあるからだろうが。
……それより、読書、か。
ツナマヨおにぎりの件といい、読書といい、正反対な俺となんでこうも趣味や好きな物が揃うんだよ。
友達の数と同様、俺の数少ない趣味に被るのは少し意外だ。……それも、読書の件に関してはミステリー系という点でも被っている。これには、俺は驚きが隠せなかった。
「……あの、初めて会った時のこと、あの事は誰にも絶対に話さないでください」
ふと、唐突にそう声を小さく発した。控えめに話しているということは、他の人に聞かれることを避けたいからだろう。
「……あぁ、もちろん」
俺に、後輩をいじめたり、後輩の趣味をひけらかす趣味はない。
例え、どんなにそいつが悪魔であっても。
「良かったです、ありがとうございます」
一瞬、時が止まったかのように身体が動かなくなる。
「……どうしたんですか、先輩」
その声が聞こえてくると同時に、止まっていた時が動き出す。
「……いや、なんでもない」
意外、だったな。感謝なんてしないような奴だと思っていた。
まぁ、やはりといえばやはり、一向に窓の方向から景色を向いてばかりだし、その感謝の言葉にも一切の気持ちというのは感じられなかったが。
でも、それでも。
素のこいつを知ってしまっている俺にこんな言葉を掛けてくるとは思っても見なかったので、驚いた。
「……でも、初めて会った時のことは絶対に許しませんから、必ず」
案外思うほど悪いやつじゃないのかも……なんて気の迷いを起こしてしまって考えたさっきの俺を殴りたい。
やっぱり、最悪で、嫌いだ。
こいつのこと。
「……俺だって、同じだ」
そう吐き捨てるように言うと、俺は目をつぶった。
……でも、多分これでいいのだ。
俺とこいつは陰キャラと陽キャラという真逆な人間で、本来は接することのないはずなのだ。
こいつは、自分の学校の生徒全員にとって天使と言われるような存在でい続けるため、俺は在学中のずっとを平穏に送るため。
嫌い同士な俺たちは、互いを利用しあっているのだ。
そんな言葉を、頭の中で何度もリピートする、リピートしてみる。
周りから聞こえてきたのは、所々から聴こえてくる楽しげな笑い声と、前の席から発せられたしりとりをする2人の声だった。
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