第30話 義兄妹を結ぶ方法
「ちょ……なんで屋上?」
月曜日の昼休み、俺と花宮、そして悠翔はおそらく来ているであろう悠羽のいる屋上前へと向かっていた。
この問題に、決着を付けるために。
「いいからいいから、はやく」
悠翔に、俺の考えた作戦の全ては伝えていない。いや、伝えるべきもの、であれば全て伝えていることにはなるが。
ちなみに言うと、伝えるべきものとは、屋上には悠羽がいること。それから、その悠羽に向かって言ってもらうこと。
一応、花宮にはすべてを話している。俺の作戦に承諾してもらうためだ。反対なんてされたら修羅場化してしまう未来のみ。
「……失敗すれば、本当に終わりだぞ? ってか、悠羽は僕に対して怒ってるんだぞ? 俺のせいで悠羽は心を閉ざしてしまった訳だし。僕の言葉なんて、届かないよ……」
屋上へと歩きながら、そんな弱々しい声でぶつぶつと呟く。
そう、悠翔の言葉からもわかる通り、俺は悠羽が悠翔に怒っていないことを伝えていない。それは逆も然り。悠翔が悠羽に怒っていないことも伝えていない。
二人は、根本的なところで勘違いしていたのだ。
「大丈夫大丈夫」
「……結構僕、真面目に困っているのに軽いな、おい」
そして、ようやく屋上前の扉へとやって来た。
「…………本当に、するんだな?」
「あぁ、もちろん」
「……はぁ……ふぅ」
「あっ、一つだけいいか?」
「なんだよ、こんな時に……」
「失敗を恐れるな、それだけ言っとく」
「……うん」
悠翔は、緊張しているのかすごい動きもぎこちなくて、顔も硬直していたけれど、少しだけ微笑んだような、そんな気がした。
決意を決めたような顔をすると、屋上の扉に手をかけて開ける。
「……やっと来たんですか、言ってきたのはそっちなのに、遅れな……って、え!? なんで兄さんがここに!?」
屋上前の扉の裏、俺と花宮は静かに息を潜めてただじっとする。ここで俺たちの出番はない。
「……おぅ、悠羽。……あの、話があって。そのために、春留に呼んでもらったんだ」
「は、話……?」
壁越しからでも、悠羽の声が戸惑っているような、怖がっているように震えていることが分かる。
「ほ、本当に大丈夫なんですか、先輩? 悠羽ちゃんの声、すごい震えてますが……」
「大丈夫……きっと、大丈夫」
俺は小さくそう呟く。
内心俺もガタガタだ。でも、嫌いなやつの手前、弱々しい姿を見せるわけにはいかない。精一杯強がってみせる。
「あの、その、俺達が家族になった頃、覚えているか?」
「う、うん、覚えてる……」
「それと…………ゆ、……っ」
悠翔の言葉が徐々に詰まっていく。俺も聞いているだけで、すごい胸が苦しくなる。
今だけ……今だけ我慢すればいい。この問題はそう、義兄弟という近くとも遠い微妙な関係が引き起こした事件。
たった少し勇気を出すだけで、解決するものだったのだ。けどその二人は勇気を出せず、こんな風に勘違いが起こってしまった。
けど、今なら……
「……それと、覚えてる、か? 中学の、家族になってからちょっとした頃」
「……っ!? ごめん、なさい。本当に、ごめんなさい……っ! 兄さんに迷惑をかけて……っ」
「……え?」
悠翔の困惑するような、不思議そうな声が聞こえる。
そう、今なら。
今なら、できるはずなんだ。この二人に足りないのは理解のみだ。
理解さえすれば、この問題は解決する。ほんの少しの勇気で、状況は逆転する。
「いや、なんで悠羽が謝るんだ? 悪いのは僕の方だ。僕のせいで悠羽がイジメを受けてしまったんだ。本当、ごめんな……」
「……えっ、お、怒って……ない、の?」
「いや、怒るわけないだろ。悪いのは僕なのに。それより、僕のこと、怒ってないのか?」
「……え? 怒るわけ……そんな訳、ないです。悪いのは……ボク、ボクなのに」
「「……ど、どういう……」」
困惑した声が聞こえる。やっぱり、そうだったんだ。二人は誤解していた。
ただ、それだけだったんだ。
「も、もしかして……」
閃いたように悠羽の声。自分の思う事実が違っていることに気付いたようだ。
「「……ははっ(ふふっ)」」
二人の笑い声が重なる。
「なんだ……怒ってなかったのか。ってか、悠羽が悪いわけないだろ?」
「ボクの方こそそうですよ。兄さんが悪いはずがありませんから」
「良かった……本当に良かった……っ」
悠翔の声は涙声になっていた。
「うん……っ!」
それにつられてか、悠羽の声も若干しゃがれていて涙声になっている。
「何もかもを背負おうとするな。僕は、悠羽に重荷を背負わせたくない。その代わり、僕は絶対に悠羽のことを守ってやる! 僕は、悠羽を守りたい!」
「……っ!? う、うん……っ!」
恥ずかしそうに、照れくさそうに肯定の言葉を発している悠羽。
これで、ハッピーエンド。
作戦は大成功、だ。……大成功、というか少し変な方向へと進んでいっている気もするが。
そんなことを、隙間から抱きつきあっている二人の姿を見ながら考える。それがフラグになるとは知らずに。
「……ふぅ。なぁ、花宮」
話も一区切りつき、俺はホッとしてか一息ついてから少しして花宮にそう声を掛ける。
「何です、先輩?」
「ここは、二人だけにしてやらないか?」
「……ですね、私達邪魔者は撤退するとしましょう」
「……あぁ」
よいしょ、と小さく声を発しながら、腰を上げる。その時だった。
「……花宮、何か言った?」
何か、声が聞こえた気がした。それは決して悠翔や悠羽の声じゃない。本当にすぐ近くからだ。
「……いや、言ってません」
何かを隠すように俺の方から目を背ける。何を考えているのかは分からない。けれど、どんなに捻くれていても身体の方は正直。耳は真っ赤に染まっている。
「……そう、か」
『ありがとう』だなんて、また嫌いなやつの口から聞くことになるとは思わなかった。
それに、今回の言葉は、前に聞いた形だけのものとは違うのは分かる。
……いや、やはり気のせいだ。気のせいということにしないと、俺の心臓が保たない。
「……っ」
俺の顔は、真っ赤じゃない。花宮の言葉に、紛らわされるものか……っ!
そう念じ続けながら、扉の隙間から見えた抱きつきあっている二人を横目に屋上から立ち去った。
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