第46話 花火大会
花火大会へと来ていた。
俺たちが来ていた場所は、ビルが建ち並んだところ。といっても、いつもの日常とはおそらく違い、がやがやと多くの人で賑わっていた。
カップルらしき男女に、おじいちゃんと手をつないだ孫らしき人。いろんな人たちが、様々な目的で屋台へと訪れている。
焼き鳥の屋台、たこ焼きの屋台、お好み焼きの屋台にかき氷の屋台。他にも、スーパーボールすくいや金魚すくいなど。多くの屋台が建ち並んでいて、その姿はさながら町が模様替えしたようだ。
「……まず、どこ行く?」
「そうだな〜、ボク、お腹空いたし、まず焼きそばとか買う? 若ちゃんは?」
そして、そんなふうに気分を高揚とさせているのは悠翔と悠羽や花宮。
……それと、俺。更にいうと、別の意味でも俺の気分が落ち着いていない。
どんなに意識しないようにと努力していても、あの温泉で悠翔が言った言葉がいつまても頭の中で反芻して、離れない。
「私、射的とか……あと、りんご飴とか食べてみたいかも」
そして、ワクワクと心を躍らせながらそう喋っているのは花宮だ。
花宮は、赤っぽい色の帯に、ピンクがかった桜の模様の入った色の着物を着ていた。天使が大天使になったというか、単調で逆にわかりにくい表現かもしれないけれど、正直言って、可愛い……。
可愛いの暴力……強すぎる。
「いいねぇ、それ! 行こっ!」
「うんっ!」
「……あっ、でも、行くのは焼きそばが先だからね?」
と、悠羽はニヤッと笑みを浮かべて、花宮に確認するように言う。
「ふふっ、もちろん」
なんていう会話を終わらせると、一緒に歩き始める。
「……どうしたん、ですか?」
焼きそばの屋台へと向かう途中、花宮がそんなことを聞いてきた。
急に聞いてきて、どうしたんだろうか。俺、なにかした訳でもないだろうし……もしかして、花宮が好きなのバレてる?
「……い、いや、なんでもない。強いて言うなら、俺の着てる浴衣が嫌、かな」
話題を誤魔化そうと、俺は焦りを隠し、平然としているかのように言う。
でも、一応自分の言っていることも本当。自分が着ている浴衣は、多分俺には似合っていない。もともと、浴衣なんて陽キャしか着ないようなものだ。せめて、と悠翔に頼んで紺色の地味なやつにしてもらったが。
「……そう、ですか?」
「あぁ、浴衣とか着物なんて、陽キャの着るようなものだろ? 俺なんかには、似合わないもんだ」
「……そうは、思いませんけど。似合ってると思いますよ、少なくとも私には」
「……っ!? ……そ、そうか」
目を大きく見開く。そんな言葉を……まさか花宮の口から聞くことになるとは、思いもしなかった。
でも、思えば最近は花宮の俺に向けられた言葉にトゲを感じることがなくなった。俺のこと、嫌いじゃなくなった……のかな。
「あっ、あったよ! 焼きそばの屋台」
「おっ、だな。えーっと、いくつ買いにいけばいい? 混んでるようだし、僕が買いに行くよ」
「あっ、ありがとう! うーん……じゃあ、他にも食べたいのとかあるから、とりあえず2つかな?」
「了解」
おそらく茶番だろう、びしっと敬礼のポーズを作ったあと、駆け足で焼きそばを求めて列に向かう。
「……じゃあ、その間に俺がりんご飴とか買ってくるよ」
……流石に男一人は気まずい。それなら、と、そう二人に声をかけた。
のだが……。
「じ、じゃあ、私も先輩に付いていきます。悠羽ちゃん、いい、かな?」
なんて発言をする花宮。それじゃあ、俺がそう言った意味がないじゃないか。というか、なんで今、すすんでまで俺と一緒に行こうとしたんだ?
「うん、もちろんっ。じゃあ、ボクは兄さんの方に付いていくよ」
……そして、なんで承諾するんだよ。
「行きますよ、ほら」
「……あぁ」
自分の気持ちに気づかれないよう、できるだけぶっきらぼうに了承すると、二人、りんご飴の屋台に向かった。
「ありがとうございました〜」
りんご飴の屋台に、俺たちはいた。もうすぐ花火が打ち上がるというので、りんご飴の屋台に並ぶ人もだんだんと多くなりつつあり、大分時間がかかってしまった。
「やっと買えましたね〜」
と、花宮。合流するまで待てなかったようで、りんご飴に触れないようにと髪を耳にかけながら、右手で持っているりんご飴をぺろぺろと舐めている。やっぱり、絵になるんだよなぁ。
「……だな」
そして、そう答えるのは俺。俺も少しでも気を紛らわせようとりんご飴を食べていた。
「それにしても、親切な人でしたね。まさか、悠翔先輩や悠羽ちゃんのために、と容器を用意してくれるとは」
「あぁ、りんご飴って美味しいけど表面がベタベタするから、混雑した中で持っていくのは難しそうと思っていたんだが……」
そう、屋台の人に4人で食べたいからと4つ頼むと、その人は気を利かせてプラスチックの容器を用意してくれたのだ。
「ですよね。じゃあ、もう戻りま……。あの、来た道ってどっちでしたっけ?」
何を言っているんだ? 俺は少し呆れ気味にそう考える。来て歩いた道くらい、なんとなく覚えのあるほうを歩けば……。
「それは…………あれ、どっちだ?」
わかった、人が混雑しすぎたせいだ。
それに、ここのことを自分のマンションから電車で2時間くらいでつくこと以外は知らない。どこになにがあるのかなんて、何も知らない。
目印だって決めてないし……どっちだ? どっちから来たんだっけか。
「……どうしましょう」
「迷子、だな。……というか、もし着いたとしてもこんな人の混んでいる状況じゃ見つけるのも困難だろ」
「ですよね……」
互いに、はぁ、とため息を吐く。これはまずいことになったかもしれない。
「そうだ、電話! 電話しましょう!」
「だな! ……あっ、この二人の分のりんご飴、持っててくれ」
「はいっ」
そして、片方の手で持っていたりんご飴の入っているプラスチックの容器を手渡すと、現代の叡智であるスマートフォンで電話アプリを起動。
悠翔に電話を掛ける。
『もしもし』
「もしもし。俺だ、春留だ」
『おぅ、どした?』
「……迷子なのかもしれない。多分、二人のところへたどり着くことは無理そうだ」
『そうか。じゃあ……近くに公園があると思う。春留は公園の場所は知らないだろうが、わからないところで闇雲に探すのも難しいだろ? それに、すれ違いになったりでもしたらさらに見つけるのが困難だし』
「だな……。じゃあ、公園で」
『おぅ。あっ、あと! 頑張れよ?』
そう言うと、電話が切れた。
頑張れよってなんのことだ? 公園を見つけるのをってことか?
それとも……まさか、これが必然的に作られた状況だってことか? 悠翔が言ってたチャンスって、これのことだったのか? なんてことをしてんだ。
「で、なんと?」
「公園に行け、だとさ。公園の場所は知らないけど、闇雲に探すよりは断然いいだろ?」
「……ですね、じゃあ向かいますか」
「……お、おぅ」
驚いた様子がないのは少し意外だった。さすが、みんなの前に立つ人物なだけあって、肝が座っているな。
そうして、俺たちは一旦人混みの中から抜けて、屋台の設営がされていない別の道路を通って公園を探した。
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