天と地のせいめい 十二

「紅凪とは大抵文のやり取りをしていてな。折々にこちらを訪れてはあいつやおまえたちの様子を見させてもらっていた。新米『雪芒』なんだろ」

「はい」

「ここを訪れたのは『雪芒』の仕事の為か」

「はい」

「なかなか難儀してそうだな」

「…はい」

「今度どっか遊びに行くか?」

「……いえ、申し訳ございませんが」

「紅凪に遠慮しているのか?」

「?紅凪王子は関係ありません」

「関係なくないだろ。おまえ、紅凪が好きだし」

「好きですが」

「独り占めしたいとか思わないのか?」

「思いません」

「仙弥が邪魔だとか思わないのか?」

「紅凪王子には仙弥殿が必要です」



 何を莫迦な事をと言わんばかりの険のある発言だった。



「相も変わらず紅凪と仙弥への肩入れが強いな……というよりも、二人しかいないからか」



 独り言のような音量で口にした青年の発言だったが、きちんと聞こえた氷月は何も答えられなかった。

 肯定も否定も、どちらも答えられない。外でも内でも。

 


「だがそれさえも脆い」



 その、吐息交じりの言葉さえも届けようとしてのものではない。



 何故、的確に、断定的に己の内面を探れるのか。

 その疑問よりも氷月の身の内から強烈に湧き出てきたのは、



「私は、」



 肯定したい。否定したい。何かを答えたい。

 己の事を。



「二人に幸せになってほしい」



 絞り出した言葉はずっと身の内に住んでいた。

 躊躇もなく軽快に。意思を汲んで静謐に。

 対照的な足取りで二人は近づいてきてくれた。

 地をくれた。光をくれた。

 傍にいるのは心地いい。

 だからこそ傍にい続けたい?

 自問して、出る答えは一緒。



「でも、「氷月!」

「よう。紅凪」



 荒々しく現れた紅凪は氷月をかばうようにして青年の前に立った。同時に現れた仙弥は紅凪の斜め後方に立ちながらも、紅凪と同じ姿かたちの青年に警戒心を持ったのだが。



「てめえトキ!」

「そういや紹介していなかったな。俺の名前はトキだ」



 紅凪の怒号も何のその。片手を上げて初対面となる氷月と仙弥に名乗る青年、トキ。彼の人当たりの良さよりも無視をされてカンカンに怒る紅凪の様子に、氷月と仙弥は肩の力を抜いた。



「いきなり来て氷月に会うとか勝手に決めて何考えてんだ?」

「文をやっただけましだろうが」

「んな問題じゃねえ!俺にまず承諾を得るべきだろうが!」

「…確かに。悪かったな。気紛れのままに行動した結果だ」

「あーほんとふざけたやつ!」



 ぷんぷんカンカンと湯気が立つほどの怒りはだが、深刻さではなく陽気さを伴う。



「どうやら旧知の仲なようだ」

「そうですね」

「大丈夫か?」

「はい」



 責める紅凪と、彼をあしらうトキを後方で見つめながら、仙弥は立ち上がり隣にいる氷月に、念の為にと問うた。



「そうか……あのな、氷月」



 仙弥は微笑を浮かべ、視界の横に入る氷月の頭に手をそっと添えた。



「今度の休みに紅凪と一緒に出掛けてほしい。『雪芒』の仕事が忙しいのは重々承知だが」

「仙弥殿も一緒にですよね」



 手を添えられている所為か、仙弥を見上げる事ができない氷月。紅凪の護衛者である仙弥に問い掛ける質問ではなかったが、何故か言葉を発していた。仙弥は氷月の頭を優しく撫でて手を離した。



「いや。その日は用事ができてな。別の者に頼んである」

「分かりました」

「氷月」

「はい」



 漸く身体を向けた氷月は目にした仙弥の横顔に胸騒ぎを覚えた。仙弥は顔だけを氷月に向けて頼むなと優しく告げた。










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