おうぎを舞いし染の運命 十三
仁の区画、漆黒町、絶滅危惧種『ほの』が地生する森にて。
何故自分はここにいるんだろう。
何故自分はここにいるんだろう。
『雪芒』が失敗したのかどうか、確認をしたかった。失敗していれば謝罪をして、成功していれば。
(成功していても、もう。私は『雪芒』じゃない。『天紅』でもない。氷月でもない)
駆け走る中で
そうして、辿り着いた処が、ここだった。幼い頃に、紅凪と
何故自分はここにいるのだろう。
いくら問いかけた処で、答えは出そうになかった。分からなかった。全く分からなかったのだ。
何故自分は足を止めたのだろう。ここで。まだ体力は存分に残っている。『仁の区画』から他の区画からだけではなく、『扇晶道』から他の道へも余裕で駆け走って行けるほどに。信じられないほどに身体は軽かった。重たい心とは裏腹にとても。
体力に不安はない。ならば何故自分はここで足を止めたのだろう。紅凪から逃げ切らなかったのだろう。逃げ切ろうとしなかったのだろう。
(加治殿の家に行かなかった時点で。私は、本当に。『雪芒』失格だ)
雪晶から宣告された時点ですでにもう『雪芒』失格ではあるが、『雪芒』が成功したか否かを確認しに行かなかった時点でもう、本当に自分は『雪芒』ではないのだと、身に染みて思う。
(例え
この地で生きる肉体、精神、魂魄。仙弥に与えられた地。紅凪に与えられた光。『雪芒』の依り代として与えられた蒸しぱん。
残っていないわけではないのに。喪失したと、すべて喪失してしまったと、何故思ってしまうのだろう。取り払われては軽くなった身体。取り払われては重くなった精神。何が取り払われてしまったのだろう。
『氷月。いなくなるなよ。俺を置いて。どっかに行くなよ。俺は。眠らずに見張りをするつもりだけどよ。もしかしたら、眠るかもしれない。その時に氷月が起きても、呆れてもいいから、俺に声をかけろよ。絶対』
風が吹いてくれたのならば。
颶風でなくて構わない。軽風でも微風でも軟風でも何でも、風が吹いてくれたのならば。
この浮薄な身体は容易く流れ去れるというのに。
秘密基地から、『扇晶道』から、いっそ、『扇晶国』からさえ。
何故無風なのだろう。静寂としているのだろう。竹の葉の擦れる音さえ、一つもしない。
『俺には。いや。俺にも、氷月が必要だ。だから。死んだなんて。言わないでくれよ。死のうと、しないでくれよ。俺は。ひどく。痛い。痛いんだ』
傍にいるから、痛くなるのだ。傍にいなくなれば、痛くはならない。
いなくなるなという願いを聞き続ければ、きっともっと痛みを与え続ける。
痛みを感じてほしくない。自分の事でなら尚更だ。
何故自分はここにいるのだろう。
紅凪に行くなと言われた処で。紅凪に前に立ちはだかれた処で。何の支障もない。すぐに避けて、駆け抜いて、遠ざかる。遠ざける。
叶えられる体力は存分に残っている。にも拘らず、実行に移していない。
何故自分はここにいるのだろう。
いくら問いかけた処で、答えは出そうになかった。分からなかった。全く分からなかったのだ。
(紅凪王子から逃げたいのに。傍にいてくれて、安心、してる、なんて、)
「氷月?」
突然起き上がった氷月に目を丸くした紅凪。さらに深々と頭を下げられては、身構えて次の氷月の言動を待っていると、言われたのだ。
加治の家に行くと。
(2024.11.8)
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