おうぎを舞いし染の運命 十二
(あ~やっちまったかなあ~~~)
仁の区画、漆黒町、絶滅危惧種『ほの』が地生する森にて。
立ち入り禁止区域の前で、竹の秘密基地を作った
秘密基地の外には、半分ほどの竹チップがこんもりと残っていた。
(枝や葉や幹の合間から見える、煌めく星々からは自分たちの星はどんな風に見えるのかなあ。竹チップって柔らかいだけじゃなくって結構温かいんだなあ気持ちいいなあ潜り込んだら天然の布団だなあもう全部秘密基地に運べばよかったかなあ)
紅凪は無言だった。氷月も無言だった。
氷月はきっと思考を巡らせる力がないのだろうと紅凪は思いながらも、失敗したかなあとも思っていた。
(氷月は十五歳の少女だろ。十歳未満の少女ならばまだしも、十五歳の少女に秘密基地ってどうなんだろう。いくら気分転換が必要だと考えたからって、一緒に秘密基地を作ろうってどうなんだろう。
『氷月は死にました。もう、氷月はいません。ここにいるのは、何の名前もない、人間の形をした、人間の言葉を話せる生物です』
(こんな。強く胸を抉られる事を、全身が強く捩れる事を言うんだもんな。雪晶殿と何かあったとしか思えない。っつーか)
『………私はすごくありません。求められている能力を得られませんでした。だから。両親にも、雪晶様にも。不要だと捨てられました。当然です』
(雪晶殿は何で氷月を追い出したんだ?氷月は
紅凪は反射的に起こしそうになった上半身を竹チップに押し付けた。
今は氷月の傍にいたいのだ。雪晶に問い詰めるのは、もう少し後でいい。
(今日はもうこのままここで眠って。明日は俺の部屋に連れて行こう。もう、夜は肌寒い季節になっちまったけど。竹チップのおかげであったかいしな。風邪は引かないだろう………本当は、氷月の言葉を、もっと、聞きたかった、けど。今は、そっと、しておく方が。いいんだろう。か。俺の言葉は。全然、氷月に響いてねえみたいだし。あ~あ。俺ってほんと。無力だよなあ。ほんと。情けねえ。大切なのに。すごく。何の力にもなってやれねえ。どころか、追い詰めてばっかりで。ほんとは、ここにいない方がいいのかもしれない。一人にしてやった方がいいのかもしれない。けど)
入口近くで横になっていた紅凪は起き上がると、秘密基地から静かに出て行き、竹チップを衣に乗せて秘密基地の中に戻ると、氷月の身体にそっと被せて行った。
竹を折り曲げて作った秘密基地は大きな隙間があちらこちらと出来ていて、防護力は極めて弱い。竹チップのおかげで寒さはさほど感じないが、やはり背面だけではなく、顔を除いで全身を竹チップに包んでいないと風邪を引くのではないかと懸念を抱いた結果の行動であった。
(強盗とか、獣とかは、大丈夫。だと。信じよう………いや。やっぱ。城に戻った方が。身長が同じになった今、背負えるのか。自信はないけど。それだけじゃなくて)
ここに来て、ここで立ち止まった氷月の声なき声を尊重したい。
紅凪は氷月の身体に竹チップを厚く被せたのち、自分が横になっていた場所に竹チップをこんもり置いた。あとは潜ればいいという処で、その上に胡坐を掻いて氷月を見下ろした。
氷月は目を瞑っていたが、眠っているのかどうかは分からなかった。
「氷月。いなくなるなよ。俺を置いて。どっかに行くなよ。俺は。眠らずに見張りをするつもりだけどよ。もしかしたら、眠るかもしれない。その時に氷月が起きても、呆れてもいいから、俺に声をかけろよ。絶対」
「………」
「俺には。いや。俺にも、氷月が必要だ。だから。死んだなんて。言わないでくれよ。死のうと、しないでくれよ。俺は。ひどく。痛い。痛いんだ」
この秘密基地のようだ。
ふと、紅凪は思った。
あちらこちらと穴が開いて、頼りない事この上ないこの秘密基地のように。
(風通しがいい。なんて。聞こえのいい事も言えるけど。さ。氷月にとっては。きっと。俺の言葉はひどく。だから、氷月は、)
「………煩かったな。ごめんな。もう。黙るからな。安心して眠れ」
紅凪は自分の頬を強く引っ張ってのち、胡坐を掻いた下半身に竹チップを厚く被せては、目をかっぴらいて見張りに努めるのであった。
(2024.11.8)
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます