おうぎを舞いし染の運命 十六




 仁の区画、漆黒町、絶滅危惧種『ほの』が地生する森にて。


 錦秋きんしゅうが秘密基地の出入り口から突き出していた顔を引っ込めたかと思えば、仙弥せんやの名前を呼んでは刹那にして姿を消した。

 神出鬼没な国王なので別段驚く事はないのだが、引っ掻き回すだけ引っ掻き回しやがってと腸が煮え繰り返る紅凪こうしは、秘密基地の外に出ては立っていた仙弥に素早く近寄ると肩を組んで耳元でその腹立ちをぶつけるように、けれどひそやかに言った。

 氷月ひづきを他国に連れて行くぞ。

 連れて行かねえし。仙弥は即座に返した。即座に拒否は認めないと言おうとした紅凪はしかし、口を閉ざして、片眉毛を緩やかに上げて、仙弥を矯めつ眇めつして見た。

 仙弥の言動、立ち振る舞いが、やけに落ち着いているというべきか。冷静沈着というべきか。はたまた、老熟、老成、老練というべきか。仙弥が目標としている仙弥に成れたというべきか。行く処まで行ったというべきか。


「完成体の仙弥の爆誕か?」

「何言ってんだ、紅凪」

「いやあ。おまえ。時間が停止しているどっかの修行の場で心身を鍛えてきたのか?何か。いや、そもそもが。何なら出会った時から、肉体年齢の二倍以上の精神年齢だったけど。今は肉体年齢の十倍以上の精神年齢になってないか?肉体は若くて、精神は熟々の最強人間になってないか?俺より遥か先にいるのに、さらに駆け走ってないか?どんだけ~~~」

「肉体の十倍以上って。百七十歳で流石に死んでるだろうが。っつーか。熟々って言い方は嫌なんだが」

「いやいやいや。何か仙弥は生き延びそうな気がする。千歳まで生き延びそう。普段は正体を隠しながら町中に紛れ込んで住んでるけど、事件事故が起こったら解決すべく動き出す仙人になりそう。弱きを助け強きを挫きそう」

「いや。仙人になんかならねえし。話が滅茶苦茶逸れてるし。氷月は他国に連れて行かねえし」

「いや。連れて行く。氷月が反対しようが国王様が反対しようが連れて行く。絶対に連れて行く」


 腕を組んで仁王立ちしている紅凪の、その勢いよく撥ね除ける意固地な、それでいて、どこか情緒不安定な態度を受けて、仙弥は紅凪に気付かれないように紅凪から秘密基地へと、秘密基地の中で待ち続けているだろう氷月へと視線を向けては、また戻した。

 紅凪の方が仙弥より拳三つ分ほど身長が高いのだが、どうした事だろうか。同じ身長になりながら横幅が逞しい年高の男性に見える。

 仙弥の泰然とした視線を受けながら、紅凪は幼い態度を取る自分が少しばかり恥ずかしくなったような気がしたような気がした。



「未来で。って言うのが正しいのかどうか分からないけどよ。氷月も死んだが。おまえも死んだんだよ。紅凪」

「………」



 ハテコノヒトハナニヲイッテイルノデショウカ。

 唐突な仙弥の激白に目を点にした紅凪が、仙弥の言葉を理解すべく何度も何度も反芻する事、十分。

 理解すると同時に口を両の手で強く押さえた紅凪は目を白黒させながら、仙弥を穴が開くほど凝視した。

 紅凪の動揺を如実に感じ取った仙弥はけれど、紅凪の動揺に巻き込まれる事なく冷静に、紅凪だけに届くようにひそやかに言葉を紡いだ。


「おまえも俺も。おまえは俺が知っている事を知らなかったから当然だが。俺はおまえが知っている事を知りながら、今迄それぞれ別々に動いてきた。助ける為に。けど。失敗し続けた。助けられなかった。殺される様を見続けてきた。今回で最後だ。トキの力はもう借りられない。本当は。俺が知っている事を誰にも。おまえにも最期まで言うつもりはなかったんだが。最期だからって。トキが来たし。別々に動くより、情報を共有して一緒に動いた方がいいかって。今回初めて考えた。紅凪」


 仙弥は紅凪の両肩にそっと両の手を置くと、にっかりと笑って、とりあえず秘密基地で仲良く川の字になって寝ようぜと言ったのであった。











(2024.11.12)



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