おうぎを舞いし染の運命 十七




 トキから聞いた話によれば、トキがやり直したいかと先に声をかけたのは紅凪こうしだったそうだ。

 自分に声をかけたのは、紅凪がすでにこの世界を何回もやり直した後だった。


 自分も氷月を救いたい、一緒に行動しよう。

 今迄たった一人でこの世界をやり直し続けている、氷月を救い続けようとしている紅凪に、トキの存在を知っている事を伝えて一緒に行動しよう。なんて考えは思い浮かばなかった。

 自分一人で、氷月ひづきも紅凪も救おうと動く事しか頭になかった。


 情報を共有した方がいいし、一緒に知恵を絞った方がいいし、別々に考えては行動するなんて非効率だとは思っていた。救える可能性が高まるのだとも分かっていたが、どうしても、紅凪に打ち明ける事ができなかった。


 何回もやり直して、氷月が殺される様を、紅凪が殺される様を見続けたくせに、言葉に出してしまえば、本当に認めたような気がして、嫌だった。

 紅凪に、自分も氷月が殺される様を見続けてきたと知られるのが嫌だった。

 紅凪に、紅凪も殺されるのだと伝えるのが嫌だった。

 紅凪に、紅凪が殺される様を見続けてきたと知られるのが嫌だった。


 自分一人でできる事などたかが知れていると分かっていても、自分一人だけでを貫いてきた。

 そうして、二人を見殺しにし続けてきたのだ。紅凪を一人にし続けてきたのだ。

 最期だと。これが最期の機会だと分かっていても尚、打ち明ける事ができずにいた。打ち明けようとは思わなかった。最期ですら、




『私は今。逃げたくないと思いました。国王様が活を入れて下さったおかげです。逃げたくないです。紅凪王子からも。ですから。お願いします。『扇晶国』に、ここにいさせて下さい。『扇の舞』を舞い踊るまでです』




 やけっぱちの声だったと思う。もうこれしかないと必死に縋りつく声。

 初めて。助けてほしいと、言われているような気がして。泣きつかれたような気がして。

 覚悟を決めた。全部言おうと思った。紅凪が殺されるという事は伝えなくていいとの考えも過ったけれど。

 紅凪は自分が死ぬ克明な未来なんて知りたくないだろう。けれど。


(氷月を助けられれば、紅凪も助けられる。けどもし。氷月が助けられなくても。氷月が死んでしまっても。紅凪に死んでほしくない。生きていてほしい。だから、)


 氷月が死んでも、など。

 二人共に助ける。この決意に揺らぎはない。だが。


(止めよう。今度こそ。助ける。氷月も。紅凪も。二人共。助ける。助けられるなら。俺の命が………いや。これも。考えるのは止めよう。全員。助ける。まだまだ、三人で一緒に)






 仁の区画、漆黒町、絶滅危惧種『ほの』が地生する森にて。


「私は他国に行きません。絶対に行きません。『扇の舞』を舞い踊るまでは行きません」

「あ~あ~。分かった分かった。そんなに力むな。『扇の舞』を成功させたいんだろ。力み過ぎると成功できないぞ」

「氷月。大丈夫だ。成功できるから。な」


 氷月を真ん中にして川の字になって身体を横にしていた紅凪と仙弥せんや。ずっと同じ言葉を繰り返す氷月を宥め続けていた。


「………私が眠ってからこっそり連れて行こうとしても無駄です。ずっと起きています」

「どんだけ信用がないんだよ。分かったって言ってるだろ。だからちゃんと眠れ。明日。じゃないなもう今日だな。今日の朝から厳しい特訓が待ち構えてるんだからな」

「紅凪王子も早く眠ってください。仙弥殿もです。御自愛ください。お二方は、とても必要な方たちです。私が見張っているので大丈夫です」

「「はいはい。一緒に眠りましょうね」」


 紅凪と仙弥は左右から起き上がろうとした氷月の肩をやんわりと掴んで押し留めた。


「初めて秘密基地に入ったから興奮して仕方がないんだな。おこちゃまはしょうがねえなあ。俺が。いや。俺たちが眠れるように子守歌を歌ってやるから、よいこはねんねしな」

「よいこじゃないので眠れません」

「どんだけ~~~。もう。本当に。どんだけ~~~」

「紅凪。語彙力が格段に低下してるぞ。俺が子守歌を歌ってやるから、紅凪も氷月もさっさと眠れ」

「嫌です。紅凪王子と仙弥殿が眠ってください」

「あ~~~。じゃあ俺は言葉に甘えて眠るわ。もう頭がぐわんぐわんして無理。起きてらんねえ」


 限界だったのだろう。ものの数秒で眠りに就いた紅凪を健やかな寝息で確認した氷月と仙弥。次は仙弥殿です。次はおまえだぞ。身体を横にしたままの二人の言葉が重なった。


「………私は眠れそうにありません。なので、気にせずに眠ってください」

「俺もだ」

「無理矢理に眠ってください」

「………そんなに眠ってほしいか?」

「はい」

「だったら、子守歌を頼む」

「………子守歌。知りません」

「適当にでいい。何か、歌ってくれ」

「………先日読んだ新聞記事の内容を話し続ける。では、だめでしょうか?」

「じゃあ。頼む」

「では、」


 紅凪を起こさないように配慮しているのだろう。さらに音量を少しだけ落とした氷月は律儀に一頁目からですと言っては、新聞記事の内容を淀みなく話し始めたので、仙弥は目を瞑って耳を傾けた。


(絶対に。俺が………いや。俺たちが。絶対におまえを)











(2024.11.13)




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