おうぎを舞いし染の運命 十八




 仁の区画、漆黒町、絶滅危惧種『ほの』が地生する森にて。


『っへ!諫めろ!俺は氷月ひづきを他国に『『扇晶国』に残ります。『扇の舞』を舞い踊ります』『氷月やけっぱちになるな!!』『やけっぱちになっていません』『いいんだよ他国に行っても!!』『行きません。『扇の舞』を舞い踊ります。その後で。どうするかを考えます。私にまだこの国でできる事があるならします』『氷月!?』


(やけっぱちになっていませんと、否定したけど、もしかしたらやけっぱちだったのかもしれない。私は、ただ。もう。悲しませたくない。何もできない人間だったと思ったまま去りたくない。歯がゆさと、自分自身に対する苛立ちと、目を逸らしてほしくないという切望と………喜んでほしかった、のに、喜ばせる事ができなかった。から。せめて。国王様の言葉に縋ってしまった。本当は。早く目の前から消えた方がいいのかもしれなくても。どうしても。諦めたくなかった)


「何だ?置いてけぼりか?」

「待っているようにと紅凪こうし王子に言われましたので、待っています」


 氷月は突如として秘密基地の中に入り込んできたトキにそう告げた。

 結局、淡々と新聞記事の内容を口にし続けていた氷月は起きたまま、氷月の声を聞き続けていた仙弥せんやも起きたまま朝を迎えて、唯一眠っていた紅凪は朝日がこの世界に顔を出して十数分が過ぎた頃に起きたかと思えば、寝起きとは思えないほどに溌溂と動き出しては、氷月にここで待っているように告げて、仙弥と共に慌ただしく去って行ったのである。


「血相を変えて走って行っていたからな。よほど重要な事だったんだろうな」


 トキは膝を抱えている氷月の隣で胡坐を掻いては、護衛はいるぞと続けて言った。


「俺は元よりおまえにもな。俺とおまえは王子の婚約者だからな。杏梨あんり風早かざはやではないが、秘密裏についているらしい」

「トキ様は紅凪王子の婚約者ですが、私はもう青嵐せいらん王子の婚約者ではありませんので、護衛はついていないはずです」

「『雪芒』ではないと落第印を押された挙句、『天紅あまがべに』家を追い出されたからか?」

「………護衛の方から聞いたのですか?」

「さあな」


 トキは意味ありげに目を細めた。氷月はトキへと向けていた顔を秘密基地の出入り口へと動かした。


「『雪芒』ではない私を婚約者にする必要はありませんので、婚約者の件はすでに破談になっています」

「昨夜、雪晶ゆきあき殿から言われたばかりだろう?婚約者の件はこれから話し合われる事だろうよ。まあ。国王様が雪晶殿をおまえに『雪芒』でいられるようにしろと説得して、雪晶殿は呑むだろうから、おまえはすぐに『雪芒』復帰ってわけだ」

「雪晶様は一度決めた事を覆しはしません」

「だろうな。けどそんな頑固親父の意見も容易く覆せるのが国王だ」

「国王様に『雪芒』になれると言われても、雪晶様に言われなければ『雪芒』にはなれません」

「だったら、『扇の舞』は『雪芒』ではないおまえが舞い踊る事になるな。家名もなければ、職名もない。何もないおまえが。避難殺到だろうよ。無名の者が国を背負う神事の舞を舞い踊る事になるんだからな」

「………」

「何だ?怖気づいたのか?」

「はい」

「辞めたいなら辞めればいい。その場合、俺が代わりに出てやってもいい」

「………いいえ。辞めません。もう逃げないと決めました。実力不足なのは重々承知です。非難も𠮟咤もその通りだと受け入れます」

「わざわざ受け入れるな。弾き返せ。相変わらず頭が堅いな」

「………はい」


(怒った顔をしている。が。この感情だけか。はたまた押し込めているだけ、か)


 ぎゅうぎゅうぎゅうぎゅう。膝を抱える腕の力を強めている氷月の顔を横目で見つめていたトキは、どうしてやろうかと不穏な笑みを浮かべたのであった。











(2024.11.14)



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る