おうぎを舞いし染の運命 十九




 仁の区画、漆黒町、絶滅危惧種『ほの』が地生する森から、仙弥せんやの養い親である、おばばこと八ツ昼菱やつはるひびしが営んでいる蒸しぱん屋『わ』に向かって走る紅凪こうしと仙弥。暫く続いていた沈黙を破ったのは、紅凪だった。横に並んでいた仙弥との距離をさらに縮めては肩を組んで、声を潜めて言った。


「なあ。氷月ひづきが殺害されるのって、『扇の舞』の当日だよな」

「ああ」

「その日だって分かってんのに、氷月のすぐ傍をずっと陣取ってたのに、俺は。いや。俺たちは、守れなかったんだよな」

「ああ」

「今回こそはって、思ってた。俺一人じゃない。事情を知っているトキもいるって。けど。トキだけじゃない。今回は、事情を知る俺もおまえもトキもいる。三人もいるんだ。大丈夫だよなって言いたいけどよ。俺は」


 トキにこの世界をやり直させてもらってからずっと、目を光らせ続けてきた。杏梨と風早、仙弥の力を借りて、氷月から目を離さなかった(流石に自分が四六時中氷月に付きっきりにはなれなかったので、事情は言っていないが三人には目を離さず氷月を守るように言っていた)

 自分、仙弥、杏梨、風早の四人の内、必ず一人は氷月を守っていたにも拘らず、氷月を守れなかった。四人が氷月を囲うようにいた時ですら、氷月を守れなかったのだ。

 運命は変えられないと、諦めろと、神に諫められているような気がした。


「今ですら。不安。なんて。言いかねえんだけどよ。今回は大丈夫だって。氷月を他国に連れて行く必要はないって。言えねえよ。他国にいれば絶対に安全だなんて保障はないんだけどよ。ここよりかは。ここにいるよりかは、殺される可能性が低いんじゃないかって。何で。俺は。今。もっと前に思いついていたら、」


 氷月が殺されたのは、一種の八つ当たりとも言える。

 国がどんどん蝕まれて、生活の自由がどんどんなくなって行き、不自由で生活を狭められ、不安が増大する中、不自由と不安を解消すべく、『雪芒』に原因を押し付けた。


(兄貴は『雪芒』の一部の連中がその能力を悪用してるって。何とか揉み消しているけど、どこからか漏れ出て、だから『雪芒』が目を付けられたのかもって言ってたな)


 人の意識の中を行き来できる『雪芒』。今現在国を蝕んでいる現象は『雪芒』が見せつけている偽物だと、『雪芒』さえいなくなれば、この悪夢から解放されるのだと本気で考えている人たちが氷月を殺したのだ。


(氷月だけじゃない。氷月は最初に殺された『雪芒』だった。次から次へと『雪芒』は殺された。『雪芒』だけじゃなくて、)


「なあ。仙弥。おまえ。言ったよな。『未来で。って言うのが正しいのかどうか分からないけどよ。氷月も死んだが。おまえも死んだんだよ。紅凪』って」

「ああ」

「そうだな。俺は死んだ。氷月が殺されてすぐに殺された時もあれば。氷月が殺されて、何日かして殺された時もあった。俺は氷月とは違う。日にちは固定されていなかった。が。氷月が殺されたから、俺は、俺が殺されるのを享受していた。どうしても。絶望に押し潰された。頑張って生きようと思った。混乱状態に陥った国のみんなも守りたかったけど。どうしてもできなかった」

「………おまえ。知ってたんだな。氷月が。殺されて。そう時間が経たない内に。おまえも殺されるって。俺は、トキがおまえが殺される前に、おまえに話しかけて、世界をやり直したとばかり思ってた」

「ああ。最初はそうだった。氷月が殺されてすぐに、トキが話しかけてきた。俺が殺される前な。まあ。トキにとっては、俺に声をかける前から、何度か世界をやり直ししていたらしいけどな。どうしたって変わらないから、俺に声をかけたらしい。で。二度目で。俺は氷月が殺されてすぐに殺された。王子のくせに何で自分たちを、自分たちの国を守ってくれなかったんだってな。ああ。そうだよなって。氷月を助けたいなら、氷月を助ける事だけを考えても駄目だ。国を守る事も考えないとって。やり直して何度目かで思い直して。異常現象をどうにかしようって、王子の特権使いまくってどうにかしようとしたけど。どうにもできなくて。もう。異常現象に打ちひしがれないように、細々と動く事しかできなかった。最期である今回も」


 不意に口を閉ざした紅凪は深く息を吸って、緩やかに息を吐いては、仙弥の肩に回す腕に力を込めてさらに身体を密着させた。

 厚い肉体だった。頑丈な肉体だった。逞しくて、頼もしくて、ずっと傍にい続けてくれて。甘え続けていた。


「仙弥。悪かったな。おまえ。一人で、氷月も俺も、守ろうとしてくれたんだよな。おまえ一人で。氷月が殺される様も。俺が殺される様も。ずっと一人で、見続けてきたんだよな。悪かった。本当に」

「………もう。見させるな。おまえが殺される様を俺に。俺も。見させない。氷月が殺される様を。絶対に。絶対にだ。氷月もおまえも俺も。異常現象しか待っていなかろうが、困難な日々が待ち受けていようが。絶対に。生き残る。生き残るんだ。いいな」


 声が震えている仙弥に堪らなくなってしまった紅凪。焼けるように熱くなってしまった眼球を冷ますべく、大きく見開いては、生き残ると声を絞り出して言った。

 どうしてか血の味が、した。











(2024.11.15)




  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る