おうぎを舞いし染の運命 二十一




 仁の区画、漆黒町、絶滅危惧種『ほの』が地生する森にて。

 氷月ひづきが望む名乗り方ではなくとも、意を決し名乗ってくれたのだ。

 盛大に、とまではいかなくとも、祝いたいと、紅凪こうし仙弥せんやと共に蒸しぱん屋『わ』でおばばに材料を分けてもらい、蒸しぱんを作って、駆け走って秘密基地まで戻って来た。ら。


「紅凪王子。仙弥殿。トキ様が私の父親だったそうです」

「もうおまえたちには言っていたが、改めてよろしくな」

「「………」」


 秘密基地の外で待っていた氷月とトキの激白に、開いた口が塞がらない心地だった紅凪と仙弥。もしかしてトキに氷月は操られているのではないかと一抹の不安を感じつつも、心中でだけ口を最大限に開けたまま、無言で向かい合ったのち、にへらと締まりのない笑みを浮かべては、両腕を軽く上げて氷月に近づいた。


「そうなんだよな~。トキが様子を見て自分で言うか言わないか判断するから、黙ってろって言われてさあ~。な。仙弥」

「そうだ。本当に。俺も聞いた時は早く言ってしまえばいいと思ったが、氷月は雪晶殿の養い子だからな。言わないという選択肢が生まれても当然だろうと判断して、口を噤んだんだ。な。紅凪」

「おうよ」

「………そう、でしたか」

「あ~~~。急に父親だって告白されても困るよな。うん。まあ。相性はいいと思うよ。トキと氷月。うん。これからどうするかとかは、追々親交を深めていく中で決めていくであろうとして。あ。まずは。あの。これ」


 紅凪は手に持っていた紙袋を氷月に差し出した。氷月は紙袋を受け取った。できたてほやほやなのだろう。紙袋越しでも温もりが伝わって来た。


「ありがとうございます」

「あ~~~。それ。朝食じゃないからな。いや。朝食は朝食だけど朝食だけの意味じゃなくて感謝の意味も含んでいるっつーか、祝福の意味も含んでいるっつーか。あ。祝福って言っても、氷月とトキの親子の初対面の祝福じゃなくて氷月が氷月の名を口にしてくれた感謝と祝福を込めて仙弥と一緒に作ったんだけどまあおまえは仙弥が作った蒸しぱんだけがよかったかもしれないけど、俺は嬉しかったからどうしてもこの感激と感謝を形にして伝えたくて………よかったら全部。つっても、二個しかないけどよ」

「おいおい。お父さんの分は?」


 腕を組んで厳めしそうな表情を浮かべてはいるが、どう見てもニヤニヤニヤニヤ、それはもうニヤニヤニヤニヤ面白がっている表情のトキに、仙弥は紙袋を手渡した。


「はいどうぞ。トキ殿。芋餅と焼き栗です」

「酒は?」

「あるわけないでしょうが」

「飲んだくれの親父は嫌われるぞ。トキ」

「氷月はどんな親父でも受け入れてくれるさ。なあ。氷月」

「え………あ。まだ分かりませんので、返答はもう少しお待ちくだされば幸いです」


 ぺこり。氷月は隣にいたトキに身体を向けて小さくお辞儀をしたのち、身体を動かして紅凪と仙弥を真正面に迎えては、仙弥の瞳をじっと見て、紅凪の瞳をじっと見て、口を開いた。


「本当に。本当に。ありがとうございます。紅凪王子。仙弥殿。もう。胸がいっぱいで。なので。あの。みんなで分けて食べても。いいでしょうか?」

「え?あ~~~う~~~ん~~~」


 言い淀んでいると、仙弥に軽く拳で背中を叩かれた紅凪。口を最大限に開けた顔と不満顔を心中に引っ込めさせては、表では微笑を浮かばせて、みんなで食べようと、とびっきり優しい声で言った。


「さあ。温かい内に食べような」

「はい。ありがとうございます」

「ぎゅうぎゅう秘密基地へ入るぞ」

「四人は厳しくないですか?」


(………本当は。食べる資格なんて。ないのですが)


 蒸しぱんが入った紙袋を大事に大事に抱えた氷月。やんややんや言いながら秘密基地の中に入って行く紅凪、トキ、仙弥の後に続くのであった。











(2024.11.16)




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