天と地のせいめい 十三

 紅凪はトキの手首を掴んで引っ張りながら乱暴に歩き、氷月と仙弥の姿を捉えられながらも声が届かないだろう処で立ち止まった。


 彼らしくない険しい顔。不安と怒り。どちらも入り混じっているのだろう。

 向かい合う紅凪の表情から読み取ったトキは、飽きたから来たと告げた。

 眉根を寄せたのは一瞬。次には、長いながい溜息をくゆらせた。



「そりゃあどうもすみませんね」



 素直な謝罪に、トキは鼻を鳴らして一笑した。



「俺がわざわざ来てやったんだ。動かすぞ」

「……最終通告ってわけか?」

「期限なんてもう過ぎ切っているだろうが」

「否定はしない。正直、有り難いとも思っている」

「けど?」



 トキは口を閉じた紅凪の言葉を促した。紅凪は視線をずらし、軽く後頭部を掻いた後、口を開いた。

 外れた視線が戻って来て、チっと心中で舌打ちするトキ。だからおまえはと駄目出しも忘れない。



「いや。終わりかなーと思うと、やっぱなあ。望んでた事なんだけどよ」

「妹分を取られるのは辛いか?」

「…やっぱ、妹、なのか、な?」


 紅凪は首を傾げる。トキは呆れた。


「おまえ。あれだけ時間が有っただろうが」


 ハハッと、紅凪は快活に笑った。


「考えても、考えても、よく分からなかった」


 次いで、目を細めたその先には、佇む二人が見える。

 似合いだと思い。胸がちくりと痛む。

 取る手は自分ではない。



「大切だ。幸せにしたい。俺が。違うやつだと、やっぱ、妬いちまう。恋だと思った。半分。家族で、妹みたいな存在だからが、半分」

「あいつ自身が捉えられないからか」



 断定的ではない物言いに、紅凪はにんまり笑った。



「おまえでも分からない事があるんだな」

「おまえよりは分かってはいる」

「ああ、だろうな」

「……面白くないか?」

「すごくな」

「莫迦なおまえが悪い」

「分かってるっての」


 挑発的な笑みに、渋面顔で返した。


「俺は莫迦だよ」



(どいつもこいつも雁字搦めか。まあ、だから来たわけだが)



 冷めた目で、紅凪、次いで、氷月を見て、仙弥に留める。

 この中で面白くさせるのは、一人だけ。

 現時点では。と、注意書きを加えるが。



「言っておくが、おまえらの為には動かんぞ」


 素っ気ない物言いに、軽快に知っていると返す。重々。



 知っている。

 自己本位で、気紛れだと。

 それでも、有り難かったのは本音だ。

 変化を欲していた。



「色々用意しないとな」

「大方は済ませている。細々したのは任せた」

「りょーかい」


 一つ頷き、行くかと、足を踏み出す。








 一人は、柔軟なようで頑固。

 一人は、頑固なようで柔軟。

 さてさて、掴みどころのないもう二人は。


 ニヤリと笑う口元は繊月に似ていた。











 扇晶城会議場『一の会』。


 夕刻。国王、王子である青嵐と紅凪、十一人の長官と朝議や重要時に集まる面々の中にいたのは、紅凪に並ぶトキと、出入口に佇む氷月と仙弥であった。


 氷月と仙弥。とてつもなく緊張していた。

 視線の先に坐する面々と場と時を共有するなど、本来ならばあり得ない。

 しかし、今現在。そのあり得ない状況下にいる。それは何故かと言えば、世話役、護衛役として何か失態をやらかしたからこそ。と、二人は認識していた。


 失態。つまりは礼儀がなっていなかったのだろうと、多少なりとも自覚していたのだ。

 義理父、おばば、そして何よりも紅凪に顔が向けられないと、二人が俯きそうになる顔を必死に上げていた中、青嵐がこのような時刻にお呼びして申し訳ありませんと前置きを告げた。


 恐々としている二人も然ることながら、進行役がいない時点で最重要事項だと認識していた長官たちもまた、常日頃よりも顔を引き締めて、青嵐を注視した。

 一点に集まる視線に、青嵐はふんわりと微笑を返した。



「皆々方。この度お呼びしたのは、王子である私と紅凪の婚約者を発表する為です。天紅氷月。この者が私の婚約者で、私たちの親戚であるトキが紅凪の婚約者になります」

「は?」



 家柄としては不服はなくとも、実力もなければ人柄も決して良しとは言えない雪芒の娘である氷月。

 王家の血筋を受け継ぎ、経済を潤してはいるものの、政治から手を引いた一商家の次男坊であるトキ。


 心中はどうであれ、長官たちが一様にめでたいと告げる中、一音を零れ落としたのは、紅凪であった。



「は?」



 か細かった最初とは違い、今度は力強く発して睨み付ける。兄である青嵐と隣に坐すトキに向けて。


 耳を疑う事項に問い掛けたい事は山ほどある。

 あるからこそ、ごっちゃまぜになって、何から言えばいいか分からない。

 一音しか発せないのだ。


 内々にだけ、とりあえず発表したかった。具体的にはまだ決まっていないので、心中に留めてもらいたい。

 青嵐の言葉が右から左へと流れ、次いで長官と一言も発さない国王がいなくなるのを眺めていた紅凪。目が乾いて来たなどうしてだろうと疑問に思いながらも、早く説明しろとの姿勢を継続中。



「おい。目が充血しているぞ」

「は?」


 紅凪は瞬きをせずに睨み続ける。トキはやれやれと首を振った。


「妥当な配置だ。どちらともにな」

「は?」

「あまりの衝撃に言葉を失くしたか。仕方がない」



 トキは青嵐に目配せした。青嵐は心得たと小さく頷いては口を結ぶ氷月に歩み寄り、話があるのでと、外へと誘導した。トキは不機嫌だったなと、素直について行く氷月を見ては喉を鳴らして笑いながら、まだ話が通じそうな仙弥を呼び寄せたのであった。











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