おうぎを舞いし染の運命 六




 自分勝手な願いで、ひどく我が儘な願いだと、重々分かっている。

 『天紅あまがべに』の姓と、『氷月ひづき』の名を氷月が口にする時。

 ほんの僅かでいいんだ。いつもよりもほんの僅かに、嬉々としていてほしい。声を張っていてほしい。胸を張っていてほしい。

 いつもいつも自信のない氷月が、この時ばかりは、自信を持っていてほしい。

 そうして名乗った瞬間から、自信を持っていてほしい。持ち続けてほしい。

 自信を持って、この世にしがみついていてほしい。


 この願いが、想いが、きっと、いや、確実に、氷月に重荷を背負わせていた。これからも背負わせ続けてしまう。

 共に背負う覚悟など、ないと、言うのに。ひどく勝手な、


 王子だから。


 では、王子ではなかったら、共に背負う覚悟はあったのか。

 自分自身に問うては、即座に是と返す。

 王子でなかったのならば、ずっと傍にい続けて、必要だと言い続けていたのだろう。

 それが氷月を苦しめると分かっていても尚、言わずにはいられなかったのだろう。

 必要だった。この世の誰よりも一番、必要だった。

 だからこそ、王子でよかったのだろう。王子という身分が、制御が必要だったのだろう。

 氷月を苦しめないでいる理由が必要だったのだろう。


(俺にはおまえが必要だと何度でも言いたいのに、それを喜んでくれるおまえじゃないから)


 どうしたら。と、常々思う。考える。

 どうしたらおまえは、おまえに、生きたいと思わせられるのか。心の底から、

 

(俺が邪魔だと言うなら。おまえが生きる為には俺が不要だと言うなら。俺は、)






 仁の区画、漆黒町の天紅家にて。

 さつまいも、人参、玉ねぎ、かぼちゃ、しめじ、銀杏、鶏肉の麹甘酒と極小餅入りの味噌味付け雑炊を、氷月と向かい合って食べながら考えていた紅凪こうしは、いや無理と即答した。


(俺が邪魔だって。おまえが生きる為に俺が邪魔だと言われても。無理。絶対に。無理。せめて見守る存在ぐらいは許してほしい。口出しはなるべく………うん。しないよ。しないしない。顔を見たらしたくなっちゃうけど。暴走しちゃうけど………え~~~。離れないとだめえ~~~?)


 結婚なんて望まない。想いを告げられなくてもいい。


(いや、もう求婚してるけれども。そして、はっきりと断られましたけれども。好きって言われながらも、はっきりと断られましたけど………いや。ほんと。嫌われてはないと思うよ。多分。うん。好かれているはずだよ。自信を持て。紅凪。おまえは氷月に好かれている。うん)


「美味いな。この雑炊。流石は未空みそらが作ったものだ。味は濃くないのにめちゃくちゃ元気が出る」

「………はい」

「あ~~~。夕食後に柿があるって言ってたなあ。種なしの橙一色のちょっと柔らかい柿じゃなくて、種ありの焦げ茶の点線がびっしり入り込んでる硬い柿。あ。おまえ。二日間くらい眠ってたからまだ本調子じゃないだろうし、柔らかい柿の方がいいかもな。でもジュクジュクなのは嫌かあ。あ。未空にあるかどうか訊いてくるかな。なかったら、俺が買いに行ってもいいぞ。他にも欲しいのがあったら遠慮なく言えよ。まだ店は開いて………いや。まあ。開いてなかったら、おばばの家か、俺の家に行ってもいいし。母さんなら店並みに何でも揃えてそうだしな。両方の家になくても。ほら。今の時期ならどこもかしこも柿の実が生ってるしな。ほんと。三軒に一軒は柿の木を植えてるんだよなあ。採りたい放題。渋柿の家もあるから油断大敵だけどな。ほら。小さい頃に無断で採った柿が渋柿でよ。もう。渋くて苦くて。三日間くらいは、あの苦渋の味が取れなくてさあ。甘いもんばっかり食べていたんだよな。覚えてるか?おまえも一緒だったよな?」

「………はい」


(………あれ?何か?怒ってる?あれか。名前を言おうとしたのに邪魔したからか。いやだって。あんな苦しそうな雰囲気を出しながら言うもんじゃ。って。そんなの俺が決める事じゃないけど。しかもあれか。口を片手で覆ったからか。汚い手で触るなって?いやいや。ちゃんと手洗いうがいしたよ。厳しい未空の点検にも合格したから汚くないよ。って言うべきか?ちゃんと洗った手で触ったって言うべきか?今か?今更か?そもそも唇に触れたのが問題なのか?顔に触れたのが問題なのか?極力触らないように平らじゃなくて、丸めて覆ったけど。唇には触れて………ない。よな。うん。触れてないない………いや。触れたのか?どうなんだろう?自信がなくなってきた………じゃあ。謝った方がいいのか。うん。よし、)


「あ~~~。と。あの。さ。氷月。勝手に顔に触って。悪かった。なあ。手を洗ってようが、関係ないよな。うん。本当に。悪かった。気色悪かったよな」


 言いながら、どんどん痛手を勝手に負い始めた紅凪。本当に気色悪いと思われていたら、尚且つそれを言葉にされたら、暫くは衝撃のあまり落ち込んだ悲しみのどん底から這い上がってこられないだろう。


「………紅凪王子」

「はい」

「………私、は、」

「………はい」

「………か………柿を未空殿に………いえ。あの、」

「………」


 未空に少なめに注いでもらった氷月の雑炊が空になっていたのを確認した紅凪は、やおら立ち上がると、柿をもらってくると言い、氷月と自分の分の食器を持って歩き出した。

 氷月は控えめな視線で以て紅凪の背中を追っては、自室から出て行って見えなくなると、顔を両の手で覆ったのであった。











(2024.11.1)




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