おうぎを舞いし染の運命 五 




 仁の区画、漆黒町の天紅家、を見下ろせる天空にて。

 朝と昼と夜と比べて、夕陽がこの世界を独り占めできる時間は短い。

 にも拘らず、何故だろうか。

 徐々に存在を狭めさせて、すんなりと紺碧の夜にこの世界を明け渡そうとしているようで、地平線にいついつまでも強く残り続ける。その色を消しても尚、不思議と遺り続ける。

 独り占めできる時間は短いにも拘らず、夕陽が強く心を打ち続けるのは、何故なのだろうか。


 初めまして、と言うべきかな。

 飛翔しては天空の一点に留まって天紅家を見下ろしていたトキに話しかけてきたのは、ヘルメットの額部分から前髪を生えさせる、フルプレートアーマーを依り代としてこの地に降り立ったカイだった。

 ポールドロン、コーター、ヴァンブレス、リアブレイス、ゴーントリット、ベサギュー、フォールド、タセット、クウィス、パウレインを動かして、僅かに腰を屈めては片腕を胸の前で掲げたカイは言葉を紡いだ。


「オレの相棒、クロノス」


 トキは眉を顰めて、カイに対峙した。


「俺に相棒などいないが?」

「まあ、オマエは俺の存在は知らなかったみたいだけど。オレは知ってたんだよね。まあ。存在は認知してくれていないかなあと期待していたけど。そっかあ。オレ。全然認知されていなかったのね。あ。オレの名前は、カイロスね。オマエと同じ、時の神様。以後よろしく。って。熱い握手を交わしたい処だけど。無理だよねえ」

「自分の世界を破壊しやがってと文句を言いに来たのか?」

「あらら。すんなり信じるのね。意外だわあ」

「真実か否かを問い質すのも調査するのも面倒だからな。ここにいる。俺の名前を言った。それだけで十分だ」

「そんなのに時間を使うのも勿体ないしねえ」

「で?俺を殺しに来たのか?直接的な神同士の殺しは禁忌のはずだが?」

「ははっ。オマエが言う?すでにいくつもの禁忌を犯しているくせに」


 ポールドロン、コーター、ヴァンブレス、リアブレイス、ゴーントリット、ベサギュー、フォールド、タセット、クウィス、パウレインを動かして、身体を真っ直ぐにして腕を腰の横に垂らしては、カイは軽やかな口調を崩さずに言葉を紡いだ。


「オレはオマエと違う。禁忌を犯すなんて愚行はしない」

「ここにいるくせに、よくそんな戯言がほざけるな」

「オマエと違ってちゃんと許可を取ってるし」

「ッハ。そうか。なら、俺の殺しの許可ももらってるって?」

「いやいや。殺さないって。オレはただ、もうじき最期を迎えるオマエに親切にも欠落した記憶を教えてあげようと思っただけだよ」

「欠落した記憶だと?俺にそんなものはない」

天紅氷月あまがべにひづき。どうして、オマエがそんなにこの娘に執着するのか。知りたくない?」

「………」

「うんうん。嘘か真実か分からないなら、情報はもらっておいた方がいいよ。賢明な判断だ」

「………カイロス。と。言ったな。おまえ。この世界に干渉したのか?」

「オマエもしているだろう?ただし、オマエは時を乱す行為で、オレは時を正す行為だけどね。よくもまあ。消されないよね。オマエ。神様だから。か?」

「………すでに俺はいくつもの禁忌を犯している。ゆえに、禁忌とされている同族殺しに躊躇いはない。おまえと違ってな」

「オレを殺したとしても、時の流れは変えられない。分かってるだろう?オマエは何回この世界をやり直した?やり直しても、天紅氷月は死んで、『雪芒』は滅び、世の中は戦乱に突入する。変えられないんだ。オマエがしている事は、無駄も無駄。なのにどうしてそこまで足掻くのかねえ?まあ。しょうがないか。実の娘をみすみす死なせる親はいないよね?」


 トキは含み笑いをしては、渇いた声音ながらも流暢に言葉を発した。


「実の娘だと?」

「そうだよ。オマエは禁忌を犯し続けた。だけど。それはここ最近だけ。初めは、人間の娘に恋をした事。人間の娘との間に子どもを儲けた事。神は人間を見守る存在で、人間との接触は禁忌。よほどの事がない限りは。って例外はあるけど。その例外に当てはまらないオマエは破った。だから、その人間との娘の記憶を消去されて、子どもは人間界に捨てられて、人間の娘は地獄に堕とされた。神とは言え、地獄には手出しできない。地獄に手を出したら、神界が消滅する。だからおまえは人間の娘を諦めて、記憶を失っても尚、手出しをできる人間界に行き続けた。子どもを助けようとし続けた。健気だねえ。どっかの親父にオマエの血を分け与えてやりたいよ」

「………そうか。実の娘か。それならば、なるほど。これほど執着する理由も分かる」


 トキは噴き出してのち、目を細めてはカイに向かって、感謝すると言った。


「理由が分かってすっきりした」

「………そう。それならよかった。オレを間接的に殺すにっくき相手とは言え、唯一の相棒だからね。ちゃあんと。教えておかなくちゃって思ったんだよ。天紅氷月は肉体が滅んだ後、意識をオレたちの時の世界に固定して、次の時の神様が生まれるまでの補填にしておくって。決定事項だから。覆らないよ」

「………そうか」

「まあ。残り少ない時間をさ。ゆっくり過ごしなよ。天紅氷月。オマエ。それぞれの終わりの時が来るまでさ。穏やかに。足掻きもせず。ね?」


 忽然と姿を消したカイを追う事もしなかったトキは、天紅家を見下ろした。


「子どもだと。ッハ」




 くだらん。











(2024.10.31)



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