おうぎを舞いし染の運命 二十七
仁の区画、漆黒町、絶滅危惧種『ほの』が地生する森にて。
「何故運動量が一番少ないこいつが最初にへばっているんだ?」
》を、トキは身体を横たえせたまま呆れた表情で見つめた。
空気が澄んでいて煌めきが増す星と、理由は不明だが強い青色の光を放つ『ほの』のおかげで、暗闇の濃さが和らいでいて時分が明確には分からないが、太陽の姿も欠片もまだ微塵とも見えておらず、草木もまだ静まり返っているので、丑三つ時ではないだろうかと、トキは推測した。
「おまえたち二人だけだったら、暁どころか黎明すらも『ちゃみつ』を打ち合わせながら、平気で迎えていただろうな」
(仙弥が本気を出していたら、一時間も持たなかっただろう………いや)
「紅凪も色々やる事が山積みであまり眠っていなかったみたいだからな。体力がある俺たちより先にへばるのも無理はない」
「私の所為で要らぬ体力を使ってしまったので、体力のある私たちより先にへばってしまうのもやむを得ません」
体力がある事を殊更強調しながら、甲斐甲斐しく二人して紅凪をふかふかの竹チップの上に横たわらせて、紅凪の毛布に留まらず自分たちの毛布すらかけるという過保護っぷりである。
いい運動をしましたと言わんばかりに安らかな表情を浮かべる紅凪に限らず、トキは仙弥と氷月にも呆れた表情を向けた。
「紅凪莫迦二人はこれからどうするんだ?まだチャンバラごっこを続けるのか?おまえたち二人だけならば静かだからな。いつまでも続けていればいい。ああ。いっその事、いつまで続けられるか挑んでみればいい」
「氷月。どうする?流石にいつまで続けられるかってのは挑戦できないが。正直に言えば、俺はまだ消化不良で、付き合ってもらえるなら助かる」
トキは心中で舌を大きく出した。
(でたでた。紅凪莫迦に氷月莫迦。そして、仙弥莫迦)
「………仙弥殿がよろしければ、お付き合い願えますか。今度は。本気での手合わせをお願いします」
真剣な面立ちでの氷月の申し出に、仙弥はいっそ色香が漂うほど不遜に笑って見せた。
「準備運動は終わったのか?」
「お気遣いありがとうございました」
氷月は深々と頭を下げては、竹チップの上に置いていた『ちゃみつ』を手に取った。仙弥も同様に。どちら共に、黒鉄色の花穂は綺麗に残ったまま。どちら共に、身体に打ち付けられていない証拠。
「仙弥。手加減してやれよ。おまえが本気を出したら、俺の愛娘が自分の不甲斐なさに泣き出してしまうからな」
「泣きません」
「その意気だ。喰らいついてこいよ。氷月」
「はい」
「お熱い事で。妬けてしまうな。氷月。そのチャンバラごっこが終わったら、父である俺の『雪芒』だからな」
氷月は深く頭を下げてのち、先に秘密基地から出て行った仙弥の後に続いたのであった。
「おまえ。勝ち目がないな」
トキは隣に寝かされた紅凪に声をかけた。もしかしたら狸寝入りしているのではないかとも思ったのだが、どうやら外れていたらしい。
よく眠れられるなと呆れながら凝視しては、疲労がうっすらと刻まれている紅凪に一笑を付した。
「ちまちまちまちま。動き回っているからな」
トキは自分の毛布もかけようとしたが、はたと、要らないかと思い直しては、そのまま毛布を自分の身体にかけたまま、少しの間だけ、氷月と仙弥のチャンバラごっこに目を傾けるのであった。
火花はまだ出ていなかった。
(2024.11.26)
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