おうぎを舞いし染の運命 二十八




 零の区画、『扇晶城』の『さん』にて。


 『扇の舞』を十二日後に控えて。

 国王である錦秋きんしゅうによって集められた青嵐せいらん雪晶ゆきあき氷月ひづき紗世さよ紅凪こうしは、『扇の舞』を二人一組で踊る相棒と向かい合わせになって立ちながら、錦秋へと視線を向けていた。


「では改めて。不穏な空気が国に満ち満ちている。わしと『雪芒』の長である雪晶、そして王子である青嵐、紅凪、雪晶の養子であった『雪芒』の氷月、官吏に調査した結果、舞を踊ってほしい官吏一番人気の漣紗世。この六人で『扇の舞』を行う。本日より朝も昼も夜も『扇の舞』の特訓をしたい。と、豪語したい処ではあるが。しか~し。各々それぞれ多忙であるゆえ」


 声高々と放つ言葉を区切った錦秋は、数秒間ずつじっくりとっくりと青嵐、氷月、雪晶、紅凪、紗世を注視してのち、峻厳と言葉を紡いだ。


「本日のみ。六人全員での特訓を行う事とする。あとは、各々、自主特訓を行い、当日を迎えてほしい」

「「せめて『扇の舞』前日にも六人全員での特訓を行った方がよろしいのではないですか?」」


 青嵐と紅凪は声を揃えて提案するも、無理とにべもない錦秋の答えが返って来た。


「わしも~、青嵐も~、紅凪も~、雪晶も~、紗世も~、多忙だから~。無理。氷月は忙しくないので、頑張って自主特訓を行う事。この『三の会』を使っていいから。なんなら、泊まり込んでいいから。みんなには言っておくから」

「はい」

「いや、寝泊まりしなくていいからな。氷月」


 氷月は粛然と返事をした。紅凪は隣に立つ氷月に言った。錦秋は首を傾げた。


「国王の権限で氷月を『雪芒』には戻しておいたけども、雪晶の邸である『天紅家』には戻れないから、氷月は寝泊りできる処がないだろう。ゆえに、ここを当分、貴様の邸だと思って好きに過ごせばいい。なあ、元養父の雪晶」

「私はもう関係ありませんので、どこでどう過ごそうと好きにすればいいのではないですか。『天紅家』以外ならばどこでも」


 まったく温度のない声音で以て言った雪晶。氷月に視線を合わせてはいるが、まるで氷月を見ているようには見えなかった。

 一発殴ってやろうかこの最低親父め。紅凪は歯を僅かに剥き出しにして雪晶を睨みつけては、次には氷月を見た。顔が蒼褪めているのは、よくよく食べてもいないし、寝てもいないから。だけが原因ではない。


(やっぱり、無理矢理にでも代理人を立てればよかった。そうだよ。朱希に頼めばよかったんだ。けど。氷月から絶対に『扇の舞』を舞い踊りますって念押しされたしな)


 遠ざけなければならないのだ。『扇の舞』から。

 なのに何故、実行していない。

これまでも、氷月を『扇の舞』から遠ざける事に失敗してきたからと言って、諦めるのか。


(違う。諦めたわけじゃ。ない)


 逃げたくないと、言葉に出して言われたわけではない。

 雪晶から逃げたくない。『雪芒』から逃げたくない。そう、氷月から直接言われたわけではないのだけれど。

 『扇の舞』を舞い踊ると、ともすれば意固地に、ともすれば決死の覚悟で宣言する氷月から、逃げたくないという気持ちが発せられているような気がしただけだ。

 勘違いなのかもしれない。

 本当は逃げ出したくて堪らないのかもしれない。

 逃げ出して、人知れず、露となって消えたかったのかもしれない。


(氷月を、)


 氷月を引き留めていたのは、この地に引き留め続けたのは、自意識過剰ではなく、自分たちだ。氷月はずっと、立ち去りたかったに違いない。それを無理矢理留め続けたのは、自分を含めて三人。


(氷月の願いを叶えてやりたい。氷月の命を守りたい。氷月の心を守りたい。氷月の魂を守りたい。氷月の身体を守りたい)


 どうすればいいのか。

 未だに分からない。分からない事ばかりだった。


「氷月は私の部屋に泊まりにくればいいわ。私は『扇晶城』の『薬学部』に泊まり込んでいるから、一緒に寝泊まりしましょう」


 氷月は斜め向かいに立つ紗世に頭を下げた。


「ありがとうございます。紗世。でも、国王様の厚意に甘えて、ここ『三の会』に寝泊まりしたいです」

「だめよ。氷月を一人にしたら、寝食を忘れて、ずっと起きて、『扇の舞』を舞い踊り続ける。断言できる。本当は私も一緒に。氷月と一緒にいたいけど」

「ありがとうございます。紗世もやる事がたくさんある。私は大丈夫です。ちゃんと寝食を取って、万全の状態で『扇の舞』をやり遂げます。なので、紗世も、ちゃんと寝食を取って、無理はしないで下さい」


 突き放す物言いならば自暴自棄に陥っているのかと不安と心配が増大しただろうが、労わりを多分に含んだ優しい物言いだったので、紗世は口を尖らせてしまった。


「………ちょっと無理はしないと、だめかも」

「では、私の少しの無理も多めに見てくれませんか?」

「………少し、だけなら。少しだけよ。少し。いい?」

「はい」

「安心しろ。紗世。俺が四六時中見ているからな。暇な紅凪の婚約者である俺がな」


 ニヤニヤニヤニヤ。

 含み笑いを浮かべては、部屋の隅っこで見学していたトキがおもむろに近づいては、氷月の肩を組んで自分に近づけ、紅凪、青嵐へと流れるように向けた視線を雪晶に留め、うっそりと挑発的に笑って見せたのであった。











(2024.11.28)



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海桜に雪芒と 藤泉都理 @fujitori

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