ちに繕う野花 八




 通常時。仙弥の家でもあり勤め先でもある蒸しぱん屋『わ』で使われているのは、小麦粉、砂糖、脱脂粉乳、食塩、膨らまし粉、牛乳であったが、ここ最近、不作になった小麦粉に変わり米粉を使用するにあたって、膨らまし粉、砂糖、食塩、水、油へと他の材料も変更する事となった。


「まず俺が作る。見ててくれ」

「はい」


 雪芒修行場から温泉街に戻った仙弥と氷月。蒸しぱん作りに必要な材料とおにぎりを買っては、宿泊施設の宿泊客用に設けられた台所を借りて夕飯用のおにぎりを食べ、いざ蒸しぱん作りに挑もうとしていた。


 仙弥はまず台に並べた大椀に、米粉、膨らまし粉、砂糖、食塩を適当に入れて、木の匙で混ぜて、水と油を適当に入れて、また混ぜる。木の匙で掬って上から垂れ流した時に水より流れが遅ければ、これで蒸しぱんの種は完成だ。

 次に、中鍋に網目の細かい竹籠を入れてから、水を竹籠に浸からないようになるまで投入。蓋をして強火でグツグツ煮立たせる。

 そして、蒸しぱんの種を適当に円筒形の紙の容器に入れてから、甘薯、干し葡萄、温泉街特製の晩白柚の皮の甘露煮を適当に上に乗せる。

 最後に、弱火にして、中身を零さないように蒸しぱんの材料入りの紙の容器を竹籠に敷き詰めて蓋をする。適当に時間を置いて蓋を外して見て膨らんでいたら、蒸しぱんに火が通っているかを確認する為に中央に真っ直ぐ竹串を差し込み、差し出した時に液体の種がついてなければ、完成だ。


「出来上がったのは後ろの呑兵衛たちに渡す。氷月にはこれから一緒に作った蒸しぱんを渡す。よし、やるか」

「はい」


 酒の肴にと目を付けられてしまったのだろう。

 頑張れよと騒がしい杏梨とトキの歓声を背に、氷月は厳かに返事をした。

 作ると断言したのだ。もう弱気にはなるまい。

 ただ強いて、弱音を挙げるのならば。


(分量だけは知りたかったです)


 適当に。素人には一番敷居が高い要求であるが、仕方あるまい。

 仙弥の作る姿を具に見ていたのだ。大丈夫。


 なんて強がりを心中で呟いたとしても。


「「わたわたしていたのに、蒸しぱんはごわごわだな」」


 完成した蒸しぱんを食べてもらった杏梨とトキの感想に、冷静に作ろうとしたが実際は、わたわたと作っている現実に落ち込んでいた氷月はさらに気分を下降させて、仙弥が作った蒸しぱんと見比べた。

 見た目からして全然違う。ふわふわに膨らんだ蒸しぱんと、ぺちゃんこに潰れた蒸しぱん。種の時よりも嵩が低いのは何故。蒸しているのだから膨張するはずでは。


(材料さんたち、本当に申し訳ありません。それと)


 台所の料理する台とは別に、円形の卓とそれを囲むように置かれた丸太椅子に座りながら、仙弥の蒸しぱんを食べていた氷月は隣で氷月が作った蒸しぱんを満足げに食べる仙弥を見た。仙弥はご馳走様と手を合わせて氷月を見た。いいえ。氷月は恐縮しながら、仙弥の蒸しぱんを噛みしめながら食べた。


「材料を少なめに買ったからな。再挑戦はまた明日にするか?それともこれで終いでいいか?」


 氷月は音を立てないように足を右往左往させてのち、口を開いた。


「お終いで、お願いします」

「そうか。ならいい。楽しかったし、美味かった」


 破顔一笑した仙弥を前に、蒸しぱんを少しずつ取り入れて食べ終えた氷月は肩を縮ませた身体を仙弥に向けて、小さく頭を下げて。真っ直ぐに仙弥を見つめた。胸を張って。


「仙弥殿。ありがとうございます」

「ああ。俺も。ありがとう」


 仙弥は円卓に置いた氷月が作った蒸しぱんに手を伸ばした。氷月もまた自身が作った蒸しぱんに手を伸ばした。

 仙弥が作った蒸しぱんは一度目に作ったのも二度目の作ったのも、もうなかった。主に杏梨とトキが食べたので。

 仙弥の作った蒸しぱんは本当に美味しいなと感慨に耽っていると、仙弥がまた蒸しぱんに手を伸ばそうとしているので、阻止しようとした氷月は残りの蒸しぱんが全部乗った皿を抱えたまま身体の向きを変えて、杏梨とトキに向かって小さく頭を下げた。


「杏梨殿もトキ様もありがとうございます」


 ごわごわして美味しくない、材料の旨味がほとんど抜け落ちていて美味しくないと言いながら、手に取った一個は完食してくれたのだ。

 もったいない精神故だろうが、それでも。


「次はもう少し美味しい蒸しぱんを食べさせろよ」


 赤ら顔の杏梨はお猪口を氷月に差し向けながら言った。氷月は困惑した。


「私はもう作るつもりはないので、杏梨殿に食べてもらう事はできません」

「莫迦。私達だけが食べたなんて知ったら、紅凪が大暴れするだろうが。だから、おまえは最低あと一回は、確実に、作らなければならないんだよ」

「そうだな。紅凪だけ、仲間外れは可哀そうだな」

「鬱陶しくなるな」


 杏梨を援護射撃するように仙弥もトキも立て続けに話した。

 氷月はますます困惑した。

 正直、これっきりでお終いだと本当に思っていたからだ。

 しかし、にんまりとほくそ笑む杏梨を見て、押し通す気だと悟った氷月は反射的に立ち上がり、言っていた。


 絶対に。


「紅凪王子には蒸しぱんに匹敵するものを差し上げるので。それで。納得してもらいます」




 絶対に、言うのだ。

 自分の名を。

 『雪芒』を成功させて。




 遠くから、近くから響いてくる観光客のはしゃぎ声とは裏腹に、シンと静まり返るこの場の中で、氷月は大きく頭を下げて、自身が作った蒸しぱんを抱えたまま走り出した。

 そうして、氷月が居なくなってから、仙弥は目を伏せて、杏梨はお猪口を掲げて、トキは酒を飲んで、笑ったのであった。








(2022.4.27)


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