おうぎを舞いし染の運命 九
「
体力莫迦の
(なんて、誰が足を止めるかよ!?)
どんどんどんどん、氷月との距離が開いていく現状にも、時に鋭く、時に鈍く全身に駆け走っては増して行く痛みに顔を歪めながらも、時に前のめりになっては、時に足を縺れさせては盛大に転びそうになるのを必死に回避しながらも、必死になって氷月を追いかけ続けた
(俺はまた、何も。できないのかよ。ただ、喚く事しかできないのかよ。俺は氷月を、)
助けたいのか。何から助けたいのか。死から助けたいのか。生から助けたのか。
氷月が望むのならば、もう。
あの時と同様に、誘拐されては氷月が自分の身代わりを申し入れした時と同様に。
目の前で光が点滅する。靄がかかる。苦しい。熱い。痛い。
痛い。ひどく。痛い。
「莫迦氷月!!」
莫迦は自分だ。追いかけるだけでもう虫の息にも拘らず、声を張り上げるなんて正気の沙汰じゃない。そうだ。痛いのに。途轍もなく。痛いのに。もう。ふかふかの布団に飛び込んで休息にありつきたいのに。身体の何処かのほんのちっぽけな処で、沸々と力が沸き上がる。そのちっぽけな力がこんなにも強く身体を突き動かす。駆け走らせる。声を張り上げさせる。
「莫迦氷月!!何で!?何で!?」
あの時から自分は、自分たちは何も変わっていないのだろう。微塵も成長していないのだろう。あの時と同じ言葉を、変わらない言葉を口に出す事しかできない。ぶつける事しかできない。
「何で!?吐き出さねえんだよ!?声に出してくれないんだよ!?全部全部全部っ!!俺に!!」
氷月は止まらない。紅凪も止まらない。距離は大幅に開いて、紅凪の瞳に映る氷月の姿は最早豆粒ほどの小ささになってしまった。けれどまだ見えていると失望しない。ばかりか。紅凪には氷月の行先に見当がついては、泣きたくなってしまった。
森だった。幼い頃に紅凪と仙弥が作った秘密基地がある森。紅凪が誘拐された森。
今はもう薬の原材料であり、絶滅危惧種に認定された『ほの』が地生しており、『ほの』を保護する為に国有化されて専門家以外は入る事が禁止されてしまった為に、秘密基地は元より足を踏み入れる事はできない森。
(幼い頃。俺と仙弥が氷月を強引に秘密基地に連れて行っても、氷月は秘密基地には入らなかった。秘密基地から離れた場所で、遠巻きに見つめていただけだった)
強引にでも。
ふと、思った。
強引にでも氷月を秘密基地に入れていれば、何かが変わってのだろうか。
氷月は打ち明けてくれていたのだろうか。
ふと、そんな詮無い事を考えてしまった。
(あの時に時を戻せたら。なんて、)
(2024.11.5)
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