おうぎを舞いし染の運命 八
怯えていた事が現実になった。
『
『天紅』家にい続ける為に、『雪芒』になったのだ。『雪芒』になり続けようとしたのだ。
『雪芒』でなければ、『天紅』家にはいられなかった。
『
『雪芒』が成功していなかったのだろうか。失敗してしまったのだろうか。一時だけしか、風景を白扇に映し出す事ができなかったのだろうか。また、毛むくじゃらになってしまったのだろうか。
(加治殿を、)
氷月は気が付けば自室から飛び出して、駆け走っていた。
雪晶に理由を尋ねる為でもなければ、ここに置いて下さいと追いすがる為でもない。
(謝罪しないと、)
いつかは、こんな日が来るのではないかと怯えていた。
拾ってもらった恩を返せないまま、追い出されてしまう日を。
(謝罪を。感謝を。雪晶様にしないといけなかったのに。できなかった。頭が。真っ白になってしまって)
こんな日が来ると予想していながら、もしかしたらと、思っていたのだろうか。そうだ。思ってしまったのだ。もう、追い出される事はない。これからは恩を返し続けられると。『雪芒』は成功したのだから。
(
『今迄、自由を奪ってすまなかった。もう、好きに生きなさい』
(意味が。分からない。自由を奪ったなんて。何故、雪晶様が私に謝罪するの?雪晶様が私に謝罪する事なんて、一つも。好きに生きなさい。なんて、そんな、)
仙弥に地を与えられた。
紅凪に光を与えられた。
『雪芒』の依り代として、蒸しぱんを与えられた。
何も持っていない自分が三つも自分のものを、自分だけのものを、尊くて、かけがえのないものを得る事ができた。
生きていたからこそ、生かされてきたからこそ、自分だけでは百年生きたとしても到底得る事ができなかったものを手にする事ができた。
死んでいたら得る事ができなかった。
あの時、雪晶に拾われていなかったら、得る事ができなかった。
(拾われてよかった。死ななくてよかった………心底、そう、思う事が、できない。から。できそこないだったから。できそこないだって、知っていたのに。それが、雪晶様に、紅凪王子に、
堂々巡りだ。あの時から、ずっと。一歩たりとて。
(雪晶様に拾われた時から………違う。多分。拾われる前から。両親に捨てられた時から。この世に生を受けた時からずっと。その場で空踏みをしているだけで。何も、)
「氷月!!」
「………」
氷月は駆け走りながら声が聞こえた方に顔を向けては、街灯に照らされている紅凪を一瞥したのち、横にした顔をすぐに前に戻して、横に並ぶ紅凪から逃げようとした。
暴れ出していた心臓がより一層強く暴れ回る。
見覚えのある顔だった。もう、あんな顔をさせないと強く思っていたのに。
(また、私は、)
小さい頃、紅凪が誘拐された時。氷月が紅凪の身代わりになろうとした時に、紅凪が見せた顔。痛みを露わにしている顔。
聞かれてしまったのだろうか。きっと。そうだ。『天紅』家から追い出された事を。
だから、
「氷月!!待て!!」
『今迄、自由を奪ってすまなかった。もう、好きに生きなさい』
何故か、雪晶のこの言葉が、強く、いついつまでも谺していたのであった。
(2024.11.4)
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