おうぎを舞いし染の運命 二十四
仁の区画、漆黒町、絶滅危惧種『ほの』が地生する森にて。
『ちゃみつ』。
花穂(穂のような形で咲く花)が
氷月の睡眠と食欲不振を案じてそう提案しようとした紅凪であったが、はたと思い止まった。
(眠らない可能性が高い。けど、しょうがないよな。食欲もあんまないみたいだし。身体を横にするだけでも身体は休まるだろうけど。じっとしているのもなあ。心が余計に沈んでいくかもしれねえし。いっそ、思いっきり身体を動かすか、遊ぶか。その後に、ここで昼寝をしようと言えば、身体が疲れていたら眠れるよな。遊びか。何がいいか。身体をいっぱい動かす遊び。鬼ごっこ………俺がずっと鬼だろうな。氷月と仙弥は体力化け物だし、トキは神様だし。いや。無理。じゃあ。探検ごっこ………は、あんまり身体を動かさないよな。他の区画に行けば。まあ。いや無理。そんな体力はない。俺が見ているだけでいい遊びってないんだろうか。最悪、氷月だけがたくさん身体を動かせれば。ただ眠ってないのに身体を動かしていいんだろうか?う~~~ん~~~)
凝視しないように気を付けるべく、仙弥とトキに視線を集中させながらも、不自然にならないように氷月を見ていた紅凪。この後どうするかを、味噌汁を食べ終えた氷月と、すでに食べ終わっていた仙弥とトキにも尋ねようとした時だった。『ちゃみつ』が目に入って来ては、にやりと笑い、その笑顔を仙弥へと固定させたのであった。
「何だ?」
「仙弥と氷月さ。チャンバラごっこしたらどうだ?」
突然の紅凪の提案に僅かに眉根を寄せた仙弥はけれど、紅凪が言わんとする事を察しては、いいなと快活よく答えた。
「無理に言わないが、どうだ?氷月。身体を思いっきり動かせば、睡眠欲も食欲も出てくるかもしれないが」
「仙弥殿がよろしければ、私はチャンバラごっこをします。ただ、仙弥殿の相手としては役者不足だと思います」
「へえ」
仙弥は目を細めて口の端を僅かに上げて、即断した氷月を見た。仙弥に見つめられた氷月は、体感温度が僅かに下がったような気がした。
(違う。下がったような気がしたんじゃない。本当に下がったんだ。仙弥殿の雰囲気が変わったから。厳かで、静かで、沈んで。怖い。だけど。それだけじゃなくて、)
「では、チャンバラごっこが終わったら、氷月は俺に『雪芒』をしろ」
僅かに表情が明るくなったような気がした氷月を見たトキは、鼻の先で一笑に付しては快活な声音で言い放った。
「トキ様。『雪芒』の話は断ったはずですが?」
「ああ。断られたからまた申し込んでいるだけだが?」
「ではまたお断りします」
「だったらまた申し込む。おまえが何度断ろうと、何度も申し込む。もう俺に諦めさせる事を諦めろ。思う存分、チャンバラごっこで大暴れして、鬱屈とした気分を晴らして、俺の依頼を果たせ。『雪芒』として明日、
「………トキ様。申し訳ありません。仙弥殿。お願いします」
「ああ」
トキに小さく頭を下げた氷月は立ち上がると、紅凪に丸々一個残していた煮卵入りのおにぎりを持っていてくださいと頼んで、仙弥と共に秘密基地から出て行ったのであった。
「何でわざわざ『雪芒』に戻そうとするんだよ。氷月は『雪芒』じゃない方がいいだろうが」
「本当にそう思うのか?」
秘密基地から出て行って『ちゃみつ』をへし折っている氷月と仙弥を秘密基地の隙間越しに見つめた紅凪。隣に座るトキにさらに近づいて声を潜めて言えばそう返されて、即座に是と返そうとしたが、どうしてかその言葉が出てこなかった。妙な気迫のあるトキの瞳に気圧されたから、ではなく。
「氷月を守りたいんだろう?よくよく考えろよ。王子様」
トキは紅凪に流し目で以て分かりやすく挑発しては、立ち上がって秘密基地から出て行った。
紅凪は口を一文字に結んでのち、口を小さく動かすと、勢いよく立ち上がって秘密基地から出て行ったのであった。
(2024.11.20)
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