ちに繕う野花 十
疫病、食糧難、異常気象、戦争、虫や動物の暴走、原因不明のナニカ。
一つの災厄が新たな災厄を呼び、時には総てを引き起こす。
そうして或る一つの大陸中に災厄が広まって数年経った或る日。
数十ある小国の内の一つの『扇晶国』の国王。
神の加護を受けた扇で以てして、数か月で災厄を薙ぎ払う。
それでも、痛ましい現実が各々を蝕む中、奮起した八か国の小国、加護と幸福を受けんと国王に跪く。
どうか、私たちの国をあなたの国と統合させて下さい、と。
こうして小国九か国が集まって、今の『扇晶国』となった。
小国九か国は『扇晶国』に統合された後、それぞれの国名を『道名』と改め、昔の境界線をそのままにそれぞれの王族が統治しており、統合する以前、小国だった頃の『扇晶国』の領土を王都と決められた。
むかしむかしのおはなし。
いいや、昔語りとするにはまだそう時間は経っていないとか。仔細を知る者が少なくなっただけだとか。傷はまだ癒えていないとか。そう口にする者も少なからずいる時代。
弦歌六六七年。
何故、口にする者が少なからずいるのか。
それは、生活困難にさせるほどではなく、微々たるものだが、災厄が頻発しているからだ。
少しずつ少しずつ、病が広がり始めている。
少しずつ少しずつ、食べ物が育たなくなり始めている。
少しずつ少しずつ、微弱な地震や大雨、竜巻の発生頻度が多くなり始めている。
少しずつ少しずつ、虫や動物が人間の住むところに出現しては悪さをし始めている。
少しずつ少しずつ、人々の記憶に影を落とし始めている。経験した覚えのない災厄が記憶に割り込んでくる。
これは予兆ではないか。
また、災厄が、たくさんの災厄が一斉に発生しては、私たちの暮らしを壊すのではないか。
少しずつ少しずつ。人々の生活にも影を落とし始めている。
いいや。
一人の人間が言った。
いいや違う。
ここは現実ではないと荒唐無稽な事を言い出した。
『雪芒』の連中は私たちの記憶の中に入り込める。
『雪芒』の連中は自分たちの異能を使って、私たちに虚構の災厄の記憶を植えつけて行っているのだ。
少しずつ少しずつ、『雪芒』の連中はそうして私たちに災厄の記憶を植えつけ、芽吹かせて、開花させてようとしているのだ。
私たちを絶望のどん底に陥れては、私たちに囁きかけるのだ。
『雪芒』が救済すると。
そう。『雪芒』はこの国を手中に収めんと動き出した。
いや、もしかしたら、『雪晶国』の昔語りすら、『雪芒』が創り出した虚構の物語なのかもしれない。 尊い『雪晶国』物語を、私たちを絶望に陥れる道具としてしまったのだ。
いいや。いいや。今見ている光景すらすでに、『雪芒』が創り出した記憶なのかもしれない。
私たちの本当の世界では、災厄など一つたりともないのかもしれない。
ああ、なんと嘆かわしい。腹立たしい。
ゆるすまじ。『雪芒』をゆるすまじ。
『雪芒』を信じるな。『雪芒』をこれ以上私たちの記憶の中に入り込ませるな。
この国で『雪芒』を自由にさせるな拘束しろ。『雪芒』をこの国から追い出せ。
一人の人間が荒唐無稽な事を言い出した。
最初はみんな、一人の人間の言葉を嘲笑しては、背を向けて歩き出した。
けれど、それがああ、どうした事だろう。
一人の人間の荒唐無稽な言葉を信じ始める人間がほら、こんなにも。
どうした事だろう。どうした事だろうか。
どうして、国中のあちらこちらに信じる者がいるのだろうか。
一人の人間は、一人の人間の元に集まった人々へと拍手喝采を贈った。
そうだみんな、『雪芒』を追い出して、私たちの楽園を取り戻そう。
参の区画、黄檗町。雪芒の修行場にて。
蝋燭が横壁に灯されている地下階段をひたすら下りた先に出る、半円状の広い空間の中央で座を正した
その灰色の枯れた植物の花や葉、枝、茎、根の色や形、質感、温度を細かに想像し、種に戻せ。期間は五日。
もう三日は過ぎてしまったので、今日を含めて、残り二日。
いくら植物本を読んだとて、まだ何も思いついていないと、絶望の淵に立たされていた事だろう。
氷月は少しだけ力を抜いて身体を丸めてのち、また背筋を伸ばして目元に力を入れ、頭の中に直接語りかけてくる声に、揺らぎない声音で答えたのであった。
(2024.10.23)
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