第3話 眠りを妨げるのならしょうがない

 顔だけ地上に出てきた朴人を見てしばらくパニックになっていた中年の男だったが、ようやく落ち着いたのか話しかけてきた。


「お、お前生きてるよな?ゾンビとか悪霊とかじゃないよな?」


「違いますよ、トレントという種族らしいですけど」


「トレント?ギャハハハ!笑わせてくれるぜ。そんな人間そっくりのトレントなんて見たことも聞いたこともないぞ!」


「え?人間そっくり?」


 男に言われて朴人は改めて自分の体を見ようとしたが、首から下は未だにすっぽり土に覆われていて確認する方法がないことに気づいた。

 その時、木々の向こうから男と似た年格好の三人の男がやってくるのが朴人の視界に映った。


「おい何やってんだ、そろそろ行くぞ」


「悪い悪い、ちょっとびっくりするもんを見つけたんで時間を食っちまった。ちょっと掘るのを手伝ってくれねえか?」


「なんだ何を見つけ、ヒイィィ!生首!?」


「おいおいそんなわけ生首!?」


「生!?……」


 次々と朴人を見ては驚きの声を上げる男たち。

 四人目に至っては驚いている途中で白目をむいて気絶してしまった。


「いやいや、ちゃんと生きてるみたいだぞ。こんな辺鄙な場所で会ったのも何かの縁だから、助けてやろうと思ってな」


「いやお前、どう考えてもおかしいだろ。こんな森の奥深くに埋まってる人間なんてヤバい事情があるに決まってるだろ?」


「ああ、確かに考えてみれば変だな。……おいお前、なんでこんなとこに埋まってるんだ?」


「それがちょっと寝ていたらいつの間にかに一万年ほど経っていたそうなんです」


 特にここから引き揚げてほしいわけでもないが、かといって特に嘘をつく理由も見当たらなかったので、ありのままを話してしまった朴人。

 だが朴人の予想に反して、男は同情するような憐みの目で地面から顔だけ出しているトレントの目を見つめてきた。


「……そうか、どうやらここにお前を埋めていった連中にしこたま頭を殴られたらしいな。可哀そうに、なんで自分がこんな目に遭ったのかもわからずに死ぬなんてあんまりじゃねえか」


「おいおい!マジでそいつを助けるつもりかよ!俺は面倒事は御免だぜ!?第一俺もお前も善人ぶるような人生送って来てねえだろうが!?」


「そうだぜ!これでも俺たちは表向きは真っ当な冒険者で通ってるんだから変に裏の組織に勘繰られるようなマネだけは避けなきゃならねえ。そいつがどっかの組織に楯突いた奴だったらシャレじゃ済まねえぞ!?」


「いいじゃねえかたまになら。なんだかこいつの顔を見てると、ケンカ別れしてそれっきり会ってない弟のことを思い出しちまったんだよ。街に帰ったらビール一杯おごるから、頼む!」


 仲間の反対を押し切ってまで朴人のことを助けようとする男だったが、当の朴人からは助けてくれという言葉一つ発していないことに気づかずに、男は一人で盛り上がっていた。


「まったく、しょうがねえな」


「おいお前、なにかやべぇことやってここに埋められたんじゃねえだろうな?」


「いえ、全然違いますけど」


「……俺もこんな奴の言葉を真に受けちまうなんて、焼きが回ったもんだぜ。おい起きろ!いつまで気絶してやがるんだ!」


 どうやら最初に朴人を助けようとした男の仲間二人もなんだかんだ言って似たようなお人好しだったらしく、気絶していた四人目と共に男を手伝って手掘りで朴人を地中から引き揚げた。

 一方当の朴人だが、別に助けてもらわなくても自力で脱出できる自信はあったのだが、なぜか勝手に盛り上がっている男たちの気分に水を差すのも気が引けたし、助けてくれるというならあえて拒絶する理由もないので、されるがままになっていた。


 とはいえスコップなどの道具もない森の中、朴人を掘り出す作業はそれなりの労力を要し、男達の妙なテンションもガッツリ下がり切るくらいの時間がかかった。


「どうもありがとうございました。おかげで出ることができました」


「はあ、はあ、はあ、……そ、それはなによりだぜ。俺も途中からなんでこんなことやってんだっけかって思っちまうくらい疲れたけど、とにかく無事そうで何よりだよ。もう少し俺が見つけるのが遅かったらお前、死んでたかもしれないんだぜ。精々恩に着てくれよ」


「あ、はい」


 別に一万年地中にいても無事だったので、少なくとも一日やそこらではどうにもならなかったと思います、と疲れ切った目の前の男たちに言うのも何だったので、朴人はただ頷くだけに留めた。


「ていうかお前、掘ってる最中から薄々気づいてたけどなんで全裸なんだ……いや、いい、皆まで言うな、相当ひでえ目にあったのは見ればわかる。今思い出さなくてもいいんだぜ」


 コワモテの瞳にキラリと光るものすら見せながら朴人の両肩を叩く男。


「とりあえず俺のマントを貸してやるからこれでも羽織っとけ」


 男から投げ渡された古びたマントを持った朴人は、一万年眠ってから初めて、ようやく自分の体を観察することができた。


 土で汚れた足に薄く毛が生えた脛、ちらりと覗くヘソや血の通った手のひらなどを見る限りでは、どう見ても人間そのものであってとてもトレントには見えない。

 だが、試しに手のひらに意識を集中してみると、地上に出る前と同じく植物の芽が出てきた。

 どうやら人間に戻ったというわけでもなさそうだ。


「おい、呆けてないでそろそろ行くぞ。いい加減出発しないと日暮れまでに街に帰れねえ」


「あ、はい」


 薄暗い森のせいで時間の感覚がわからない朴人だが、とりあえず男についていく。

 先行したのか、いつの間にかに他の三人はいなくなっていた。


「でもお前はつくづく運がいいな。ここんところ稼ぎが少なかったから昨日までの俺なら間違いなく奴隷として売っぱらってただろうからな」


「へえ。ということは、今日は収穫があったということですね」


「お、おう。俺が言うのもなんだがお前、自分が奴隷目的で売られそうだったことにビビらないのか?……その反応の薄さだとビビってねえな。まあいいや、ほれ、あれが俺たちの今日の獲物だ」


 男が指さした先には置いてある荷物を整理している他の三人がいたが、その中に一際目立つ金属製の小さな檻があった。

 ただの檻ではないことは朴人からも一目でわかった。中に緑色の髪の幼女がうずくまっていたからである。


「あれは人間ですか?だとすると奴隷目的の誘拐ですか」


「まあ、俺たちも仕事がなくて追い詰められたらそんな裏仕事もするがな、こいつは真っ当な仕事の方だ。こいつは人間様なんかじゃねえ、精霊なんだよ」


 荷物のところまでたどり着いた男が檻を小突くと、中の幼女が「ヒッ」と小さく悲鳴を上げた。


「精霊がお金になるんですか?」


「正確には、こいつらを駆除したら報奨金がもらえる、だな。お前、この森が文字通り金のなる木だって知って……なさそうだな。とにかく、この近くの街の代々の領主さまがこの森の高価な薬草やら資源やらをご所望でな、そういうのを専門にしてる冒険者が森に入ったんだが、それを邪魔してきたのがこの森の精霊たちだ」


 男は忌々しそうな顔を見せると、さっきよりも強めに檻を蹴った。


 そのせいで、朴人の表情がわずかに険しくなったのを、男は見逃してしまった。


「なぜ邪魔をしてきたのですか?」


「さあな、俺が生まれるよりもずっと前からの話だから、最初の経緯を知ってる奴なんてほとんどいねえよ。俺が知ってるのは、この森にいる人間以外の精霊やら魔物やらを駆除したら割のいい稼ぎになるってことだけさ」


「へえ、それは例えばトレントなんてものも当然駆除の対象なんでしょうね?」


「バカなこと言ってんじゃねえよ。あいつらが森を守るためだったら人間を皆殺しにするくらい平気でやるってことくらいガキでも知ってるぜ」


「そうですか。なら、私が多少暴れてもそれほどおかしなことではないんですね」


「おいおいジョークにしては笑えねえな、それじゃまるで――」


 パキ パキパキ ゴキ


 朴人らしくない言葉に苦笑しながら振り向いた男は、自分の目を疑った。

 さっきまでこんな森の奥深くに埋められた哀れな人間だと思っていた男の両腕が木の枝そのものに変わっていて、今もなお成長中だったからだ。


「て、てててててめえは!?」


「改めましてこんにちは。トレントです」

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