第34話 ガーノラッハ王国 前編

「従いまして、今年の武具総輸出額は昨年の三割増しになる予定となっております」


「うむ。思った以上の売れ行きだな」


 ここは、鉱物資源が豊富なことで知られるベルゼナル山脈のほぼ中心に位置する、山岳都市ガーノラッハ。

 そのさらに中心にある大工房、その大会議室に十数人のドワーフの姿があった。


 そして総大理石の長テーブルの上座に座る人物こそが、当代のドワーフ王ガーノラッハその人だった。


「どうやら今年も大幅な増益になりそうだな。結構なことだ」


「恐れながら王よ、まだ検討すべき問題が一つ残っております」


「なんだ大臣、言ってみろ」


 口下手なことで知られるドワーフ族だが、仲間と集い、群れを成し、国を興した以上は他の種族とも交流を持たなければならない。

 この場にいるドワーフ達は、戦いや鍛冶よりも知性や弁舌に長けた者達であり、そのドワーフ族の中では希少な才能を官僚として生かしていた。


「武具が売れているということは、それだけ最大の買い手である人族の支払いが増大しているということでもあります」


「回りくどい言い方はよせ。人族の王国の要求はなんだ?」


 人族の要求は今に始まったことではないし、ガーノラッハの耳にもおおよその事情は届いていたが、それでも大臣の言葉を遮ることはしなかった。

 政治の一切は大臣以下官僚の役目で、王は決断するだけ。王の耳に入ってくる諸々の情報は、あくまで事実の確認に留める。

 それがガーノラッハなりの王の姿だった。


「これまでの現金、あるいは鉱物や鋼での支払いだけではなく、新たに領土の割譲という形も取りたいと」


「バカな、我らに平地で暮らせと言うのか」


 山を下りたドワーフ、ということわざがある。


 自ら坑道を掘り、鋼を鍛え、武具を拵え、それを以て戦場に赴く。これらすべてを一人でこなして、初めてドワーフは一人前の戦士と認められる。

 そんなドワーフが何らかの事情で山を下りざるを得なくなった時があるとすれば、それはドワーフとしての全てを失った時に他ならない。

 つまり先ほどのことわざは、生きるしかばねになり果てるという意味で世界に知られているのだ。


「いえ。一度ドワーフ族の領土となったなら、その地下資源まで全てドワーフ族のものだ。好きに掘削してもらって構わないという条件でして……」


「それが愚かだというのだ。まっさらな平地を掘削して鉱脈を見つけ出すことがどれほど難しく危険なことか、人族はまるで分っておらぬではないか。そもそも、一度我らの領土となったものをどう扱おうと我らの勝手。それを高みから見下して『好きに掘削して構わん』とは、人族は何を考えておるのか」


 語り口こそ穏やかなガーノラッハだったが、それだけに舌鋒鋭い言葉はその場にいた大臣と官僚たちを震え上がらせた。


 もちろんガーノラッハ自身の確信犯的発言だ。

 その静かな怒りは、愚かな提案を持ち掛けた人族に半分、もう半分はその愚かな提案をこともあろうにガーノラッハの前で披露することを決めた大臣たちに向けたものだった。


「……もうよい。別の形での支払いに応じるにはやぶさかではない。今度はもう少しマシな提案をして来いと人族の外交官に伝えろ。これよりは軍議の場とす。早々に去れ」


 そう決したガーノラッハは手を払って大臣と官僚を退出させる。

 入れ違いに大会議室に入ってきたのは、二人の大柄のドワーフ。

 一人は上質な布地を使ったと思われる軍服姿だが、もう一人は人族の騎士の倍の厚みはありそうなフルプレートを装備したまま、まるで平服のような身軽さで歩いている。


「王よ、お疲れのようですな。あやつらももう少し王の責務を軽くする努力をすればいいものを」


 ガーノラッハの右隣に座りながら開口一番そう言い放ったのはフルプレートのドワーフ、戦士団長を務めるフギンだ。


「フギン、王も人族に比べて外交の歴史が浅い官僚の苦労を理解されているのだ。あまり畑違いのことに首を突っ込むな」


 ガーノラッハを挟んでフギンの反対側に座ったのが、戦士団以外の王国軍を統べる元帥のギルムンド。王直属で政治に関わりのないフギンと違って、ギルムンドが元帥杖を振るうときはガーノラッハ王国そのものが動く時だ。当然、軍事だけでなく王国に関するあらゆる情報を掌握するのも元帥の勤めだった。


 そしてその権力は、国外における活動にまで及ぶ。表裏問わず。


「それでギルムンド、『漆黒の針』はまだ帰還せぬか」


「王よ、残念ながら」


「まさかとは思ったが、今でも信じられん」


 政治外交を司る大臣や官僚と違って、王国軍に関わる者は例外なく全員が優れた戦士だ。

 その二大巨頭が王国軍元帥と王直属戦士団長。当然ガーノラッハ王国では、戦士としての実力も階級に見合ったものでなければならない。

 そしてその二人に準ずる実力を持つとされているのが、『漆黒の針』の者達なのだ。

 彼らに命じることができるのはドワーフ王か元帥の二人のみ。

 その絶対の信頼を置いていた影の部隊の連絡が途絶えたことは、すなわち任務に失敗し全滅した時以外にあり得ない。

 その事実が、王国最高峰の戦士三人に重くのしかかっていた。


「異常発生してリートノルドの街を飲みこんだ森の正体を掴み、森の中に置き去りになっているガラントの行方を探るだけの任務ではなかったのか?」


「今となっては迂闊だったと言うしかない。もっとも、こんな事態など想定すらしていなかったがな。すべてはワシの責任だ」


 責めている様子のないフギンの言葉だったが、『漆黒の針』に命を下したギルムンドには余計に重く響いた。


「そのザンデという戦士からは、詳しい状況は聞き出せなかったのか?」


 行方不明となったガラントのことを知るきっかけになった唯一の証人に関して聞くガーノラッハだったが、ギルムンドの答えは首を横に振るだけだった。


「残念ながら。国境沿いの街道で倒れているのを発見された時にはすでに瀕死の重傷で、何度か覚醒した時にうわごとのように喋った内容からガラントの置かれた状況を推測したに過ぎませぬ。そのザンデも一昨日に意識を失ったまま息を引き取りましたゆえ……」


「いや、それで『漆黒の針』を投入したというギルムンドの判断を、ワシは支持する。まったく、我が大叔父は国の外に出てまでも王国の悩みの種だな」


 遠い血縁にあるガラントのことをそう評するガーノラッハ。

 実際はギルムンドと同じタイミングでガラント失踪の事実を掴んでいたガーノラッハだったが、大叔父とはいえ王国を出て行ったドワーフを助けようとすれば王としての威信に関わると考えて、あえて手を出さなかったのだ。

 そしてその王の悩みを斟酌した側近のギルムンドが絶対の自信と信頼をもって放ったのが『漆黒の針』だったのだが、事態は予想外の方向へ転がり始めていた。


「だがこれからどうする?正直、損失の大きさを考えると、ここでガラントの捜索を打ち切るのも一つの案だぞ?」


「いや、それはせぬ。王の身内であることを差し引いても、ガラントの培っていた独自の知恵と技術をみすみす捨てるわけにはいかん」


 その昔まだガーノラッハ王国という名が先代の王の名であった頃、訳あって万全の設備の整った王国を去り流浪のドワーフとなったガラントだったが、結果として彼は長年の研鑽により独自の鍛造技術を確立するに至り、彼を慕って国を出る戦士がいるほど『鉄鎖のガラント』の名は王国中に鳴り響いている。

 ガーノラッハ王国の外にありながら名実ともにドワーフ族を代表する戦士であるガラントの安否は、名目の面でも技術の面でも王国にとって是が非でも確認したい事柄だった。


「もはや出し惜しみをしていられる状況ではない。今回は『漆黒の針』残り十七小隊のうちの十小隊で森を捜索させる」


「それはもはや捜索などという生温い話ではないぞ。森の生き物を根絶やしにするつもりか!?」


 このギルムンドの決断に叫び声をあげたフギンだったが、ガーノラッハすら大きく目を見開いた。それほどの思い切った決断だった。


「無論これだけの人数を投入すれば人目につく危険は高まり、その分だけ死人が増える。だが、ガラントの行方が掴めず、その捜索に当たった『漆黒の針』もまた全滅した。ここで打てるだけの手を打っておかねば、王国にとって大きな遺恨を残すことになる。もちろんそのすべての責はワシにある。この件が終わったあと、王からどのような裁可が降りようとも甘んじてお受けするつもりだ」


 言外に死罪になる覚悟はできていると言い放ったギルムンドに、フギンもそれ以上の言葉を言えなくなる。

 そんな重苦しい空気を打ち破ったのはドワーフ王ガーノラッハその人だった。


「何も損害ばかりを出す必要はなかろう。大叔父の安否がどうあれ、それだけの『漆黒の針』を投入するのだ、王国にとってはある程度の地ならしを済ませたとも言える。ならば、その後に森へ向けて本格的に軍を進めれば、人族の冒険者ですら手こずるという森を大した労もなく制圧できるということではないか」


 ガーノラッハのさらに思い切った案に、側近二人は先ほどとは別の意味で声も出ない。

 もっとも優れた戦士がその玉座に座ることが許される王とは、戦略においても他の追随を許さないという何よりの証だった。


「ではギルムンド、即刻『漆黒の針』の準備を済ませ、森へ向かわせろ。フギン、ギルムンドの知らせが来次第、戦士団が即応できるように国境に展開させよ」


「「御意!!」」


 王の威厳に満ち溢れた命に応える側近たち。

 これこそが、世界の覇権を握っている人族ですら友好的に接さざるを得ない強国、ガーノラッハ王国の力の所以ゆえんだった。


「それで王よ、その他の報告なのですが……」


「おお、まだそれが残っていたな。手早く済ませようではないか」


 側近二人を下がらせようとしたガーノラッハがギルムンドの遠慮がちな声に気づき、やや上機嫌に応える。


「いえ、大したことではないのですが、一件だけ国境警備から報告が入っておりまして……」


「構わぬ。申せ」


 国の境目は命の境目。

 国境で異変が起きたら、どんな些細なことでも知らせろと厳命したのはガーノラッハ自身だ。

 当然邪険にすることもなく先を促した王に対して幾分か気分をやわらげたギルムンドは、国境からもたらされた報告を告げた。


「それがその、国境沿いに種を蒔く冴えない風体の男がいたという話でして……」

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