第65話 エドワルド=ラーゼンの策謀 中編

 ここは繁栄期にあるサーヴェンデルト王国の中にありながら、街と街の間にぽっかりと空いた空白地帯となっている、とある平原。


 魔物が跳梁跋扈する危険地帯を除けばやや手狭になりつつある王国の土地事情だが、それでもこの平原が開発計画から遠ざけられているのは、この何もない土地がかつて人族と魔族の一大決戦の地に選ばれ、両者の血と怨念で彩られたからに他ならない。

 今でも通りかかる旅人からは怨霊の住まう呪われた地と呼ばれ、野宿する者もいない。また、平原に生息する植物はなぜか痩せた草ばかりで木の一本も生えないことからも、不吉な噂が常に絶えないのであった。


 しかし、そんな土地だからこそ、この歴史的会談の場にはふさわしいと、エドワルド=ラーゼン侯爵が騎士派、魔導派両派閥が難色を示す中を半ば強引に押し切った結果、普段は人もまばらな平原を埋め尽くすほどの軍勢が左右真っ二つに分かれて、その中心に立つ六つの騎馬を注視していた。


「こうして直接顔を合わせるのは何年ぶりかな、カイゼン公、アドリアル候、ミュデル辺境伯」


 そう話題を振った、白鷲騎士団を後見するラーゼン家らしく白の騎士鎧を纏って騎乗したエドワルドに向かい合うのは、こちらも騎乗した豪華絢爛な鎧姿の三人の男達。

 いずれもエドワルドと同じく大貴族の当主であることは一目瞭然だが、その年の頃まで似通っていた。


「この六人で、という意味ならば、それこそ若き日の王都留学時代にまで遡らねばなるまいな」


「そしてそのまま一生一堂に会することはないと思っていたのだがな」


「あの頃の恨みの数々が蘇ってくるようだ」


「なにを言う。それはお互い様のことではないか」


「魔導士系の教師を抱き込んで大規模な点数操作をやってくれたこと、今でも忘れてはおらんぞ」


 周囲を囲むそれぞれの派閥の兵達から見れば、協定を結んだ大貴族同士の談笑風景。しかしその中身は先祖代々の恨みつらみも相まって、今にもつかみ合いの喧嘩に発展しそうな不穏な言葉の応酬だった。


「それ以上挑発するのは止めてもらおうか、ユルト公。フレンシス辺境伯もだ。我々には時がないことを忘れたわけではあるまい」


「ふん、ラーゼン候は余裕のないことだな」


 そんな魔導派の重鎮の一人、ミュデル辺境伯の悪態があったものの、双方ともに矛を収めたのを確認したエドワルドは早速とばかりに切り出した。


「では、改めて協定の内容と今後の方針の確認だ。ユルト公」


「う、うむ。


 一 協定発効中は一切の騎士派と魔導派の争いを禁止する


 二 協定発効期間は王国内の王宮派の影響力を排除するまで


 三 協定中の全権はユルト公、ラーゼン候、フレンシス辺境伯、カイゼン公、アドリアル候、ミュデル辺境伯の六人による合議で決定するが、最終的な指揮権は六人の中から選ばれた代表に委ねるものとする


 これで相違ないか?」


 ユルト公爵が述べた協定案に即答で頷く他の五人。

 すでに協定案自体は、発案者のエドワルドから他の五人に知らされて事前に内諾を得ていたのだから、当然の成り行きだ。

 だが、それでも礼式を重んじるのが貴族の倣い。この集結までの期間に集められるだけ集めた両派閥の全軍の前で協定締結を披露してこそ正式に始動するのだと、六人の思惑が一致してのこの会談だった。


 そうして集結した兵の数、なんと総勢約十万。

 しかし、サーヴェンデルト有志連合軍と名付けられたこの十万の軍勢の向かう先を知る者は、王国きっての大貴族であるエドワルドら六人だけという、極めて歪な指揮系統となっていた。


「しかし、これだけの軍勢を、いくら魔族の領域とはいえ一つの森程度にぶつけるなど、少々やり過ぎではないか?」


騎士派そちらさえ良ければ、魔導派われらだけでその『永眠の森』とやらを攻め落としても良かったのだぞ?まあ、この十万の軍勢の半分でも過剰戦力と言わざるを得んがな」


「まあよいではないか、アドリアル候、ミュデル辺境伯。これだけの規模の軍を我らだけでも興せると、王宮派への良い喧伝になったのも事実だ。それに、抜け駆けせぬように互いの監視も必要であるからな」


「む……」 「た、確かに……」


 カイゼン公爵の言葉で、ようやく両派閥の軍が一堂に会した意味を悟ったアドリアル侯爵とミュデル辺境伯。

 それを作り笑いを浮かべながら見ていたエドワルドは内心でせせら笑っていた。


(ふん、先祖の遺産でその地位に座っているだけでろくに頭も使わんアドリアルとミュデルは論外だが、できて当然の配慮を賢しらにわめくカイゼンも大したことはないな。やはり派閥の力を無くした貴族など大抵はこんなものか。まあ、立っているものは親でも使えと言うからな……)


「さすがはカイゼン公。私としては追い詰められたこの状況で戦力の出し惜しみをしては、元とはいえ騎士の名折れと愚考した程度のことでしたが、なるほど、そう言われてみれば用心に越したことはないですな」


「いやいや、我らとてラーゼン候の提案が無ければ、正しく現状を認識できていなかったかもしれぬ。それについては大いに感謝しているとも」


 そんな内心などおくびにも出さずに追従するエドワルドを見て、魔導派の三人は謙遜しつつも機嫌が良くなった素振りを隠さなかった。


 ――もっとも、エドワルドの本性を知っているユルト公爵とフレンシス辺境伯の顔は若干青ざめていたが。


「それでラーゼン候、今後の方針なのだが、変更はないのだな?」


「ええ。会談後は速やかに軍を進め、永眠の森の北半分を騎士派が、そして南半分を魔導派で完全包囲していただき、同時に攻撃を開始します」


「まずは魔導士隊の攻撃魔法による絨毯爆撃。そこであぶり出された森の亜人魔族を包囲した兵で殲滅。そして自然消火を待った後、最後に焼け野原となった森の中を騎士部隊で突撃。生き残りを残らず狩る、という段取りだったな?」


「これだけの大軍に定石以外の戦術は必要ありますまい。それに我らはあくまで即席の軍。いかに各軍の練度が高くとも、見栄を張って高度な連携を取ろうとするのは愚将のそしりを免れますまい。むしろ、功名に逸って抜け駆けし、包囲を崩すような愚か者が出れば――いや、これを魔導派の皆様に言うのは無礼でしたかな?」


「あ、ああ。そんな愚か者はおらぬとも」 


「ま、まあ、それでも麾下の兵には、よくよく言って聞かせてはおくかな……」


 エドワルドの一刺しに露骨に反応したのは、アドリアル候爵、ミュデル辺境伯の二人。

 それに対して再びの作り笑いを浮かべるに留めたエドワルドは、カイゼン公爵に向けて言った。


「とにもかくにも、この戦いは王宮から正式な命令が我らの元に届くまでが勝負です。先代たちの不正の証拠を王宮派に掴まれれば、いかに我らといえど家名断絶の沙汰も覚悟せねばなりません。そうなる前に永眠の森に住まうという魔神の首を獲り、不正を吹き飛ばすほどの武功で王宮派の声を掻き消す必要があるのです」


「……この際、かの森に本当に魔神がいるかどうかは関係ない。要は、王国騎士や冒険者ども、果てはガーノラッハ王国ですら手も足も出なかった永眠の森を我らの手で滅ぼせば、この強引な筋書きも通せるということだな?」


「仰る通りです、カイゼン公」


「うむ。ならば長年の恩讐を越え、今一度我らの力を取り戻すために進もうではないか!」


 カイゼン公爵の大声を契機にするとあらかじめ決められていたのだろう、魔導派の軍が一斉に足を踏み鳴らし雄たけびを上げ始めた。

 それにつられて騎士派の軍も雄たけびを上げる中、エドワルドは両隣にいた幼馴染に向けてそっと囁いた。


「おそらく、私達が揃うのもひとまずここが最後になる。二人とも、後のことはわかっているな?」


「あ、ああ。永眠の森の壊滅が確実となった時点で、すぐさま包囲を解き離脱する」


「し、真の目標は王都。勝ち戦の勢いを借りて、王都周辺に密かに伏せた残りの兵と合流しながら王都圏に突入。王宮派を皆殺しにして陛下を戴いた後、王都に火を放つ」


「そして新たな王都は我ら騎士派の領内となる。わかっているのならばそれでいい。二人とも、くれぐれも私からの合図を見逃すなよ?」


「わ、わかっている」 「も、もちろんだ」


 同盟軍のど真ん中で裏切りとクーデターの相談をするエドワルドの狂気にユルト公爵とフレンシス辺境伯は終始怯えっぱなしだったが、歓声に支配された平原でその会話を聞いている者など誰もいなかった。

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