第17話 白鷲騎士団第十五小隊 前編
王国守護の一翼を担う
「つまりラズムッド卿、今回のレイドに貴殿らを加えろと、そういう話か?」
「は、ここは王国の威信を回復するためにも、是非とも行かせていただきたい」
ブルトリウス白鷲騎士団長の鋭い眼差しは拒絶の色を見せていたが、私の決意は揺らがなかった。
「リートノルドの街奪還作戦の前哨戦とも言うべき、今回の冒険者ギルド主導の複数のパーティによるレイド任務は、冒険者ギルドでも指折りの実力者が選ばれていると聞いている。これが探索任務なら我らの出番はないが、今回はリートノルドの街を飲みこんだ謎の森の原因の追究、または排除というのなら、戦闘力に特化した我ら騎士の出番はあると見たのだ」
私の力説に団長はため息をついた。
心情的には私と同じ意見のはずなのだ。なにしろ、リートノルドの街から逃れてきた避難民の中には団長の縁者も含まれていた。
今王国で勢いづいているリートノルドの街奪還派の応援を心の中ではしたいはずなのだ。
だが、王国屈指の騎士団の団長ともなると、心情を押し殺してでも優先すべき立場というものがある。
だからこそ、明確な大義名分さえあれば、団長が私の提案を黙認してくれることは間違いないのだ。
「しかしラズムッド卿、貴殿も承知しているとは思うが、この奪還作戦の裏で糸を引いているのはリートノルドの街から得られるはずだった利益を取り戻そうとしている商人どもだ。表向きは有名冒険者と手厚い支援で陣容が整いつつあるように見えるが、実態は金の力に任せて成功率など無視したハリボテに過ぎん。ここで騎士団が火中の栗を拾う理由などどこにもないのだぞ?」
ほう、しっかりとした反論を聞かせてくる辺り、なんとも堂に入った演技ではないか。
この部屋には団長と私しかいないが、どこで誰が聞き耳を立てているとも限らんからな。
精々、こちらも熱のこもった芝居を本気で演じてやろうではないか。
「何を言うのだ団長?そのような危険な任務だからこそ、こと戦闘においては冒険者のはるか高みに位置する騎士の出番ではないか。それに、今回の任務の最終目標は魔族に奪われた領地の奪還だぞ?まさに騎士の本懐といえる任務、そこに危険を顧みずに命を懸けて魔族と戦う騎士。どうだ団長、まさに平民どもが憧れる騎士物語そのものではないか」
おっと、つい熱が入りすぎて思わず目を瞑ったまま語ってしまった。
しかし騎士の中の騎士である我らが団長なら、これだけの覚悟を持った私の言葉に感動せずにはいられまい。
案の定団長は感極まったらしく、ぎゅっと目頭を押さえるポーズを取ったまま動かない。
どうやら私には騎士以外にも役者の才能もあったらしいと自分の多才さに驚いていると、やがて指先を顔から離した団長が重々しい口調で尋ねてきた。
「貴殿のこの任務にかける思いは分かった。だが、わかっていると思うが、ラズムッド卿の小隊が冒険者ギルドの任務に参加するには一つ大きな問題がある。この任務の発端であるリートノルドの街の壊滅以降、王国の全ての騎士団には王命による待機命令と駐屯都市からの移動が禁じられている。具体的に言うと、我ら白鷲騎士団が王都から出ることは叶わぬということだ」
「無論、そのことについても考えてあるとも」
王からの命を知らぬ騎士がどこにいるバカ者め!!と思わず叫びそうになったが、このような当たり前のことを確かめるのも騎士団長の務めなのだろうと、私は広い心で許すことにする。
もちろんここで言葉にして私の明晰さを示してしまうと、団長に恥をかかせることになるので決して口には出さない。
この場で言うべきは、団長の立場を傷つけずに私の行動を黙認してもらうための策を披露する言葉なのだ。
「我々は騎士であると同時に、国王陛下の恩為に働く貴族でもある。陛下の領土を魔族に侵され義憤に駆られた一部の貴族が、たまたま同じ時期にそれぞれの意思でリートノルド奪還を志願し、たまたま現地で集ったため連携することになった、と帰還後に主張するつもりだ」
私の言葉に、団長が大きく目を見開いた。
どうやら私の崇高な覚悟が想像以上のものだったらしい。
ふむ、団長すら驚かせるほど、私の王国への忠誠心が高いと思うと悪い気はしないな。
「……ラズムッド卿、わかっていると思うが、万が一任務に失敗しておめおめと逃げ戻ってくるようなことがあれば……いや、命令無視の上に騎士の力を独断で使用して任務中に死亡しただけでも、家名断絶は間違いないのだぞ?」
「逆に任務に成功すれば、私と小隊の面々はリートノルドの街奪還の英雄として王国中に名が知れ渡ることになるな」
じっと見てくる団長に対して、ここが勝負どころだと目を逸らさずに見返す。
やがて、団員の熱意に打たれて黙認した騎士団長の演技としては十分だと判断したのだろう、団長は重々しい口ぶりで話し始めた。
「……わかった、各詰め所と門番には私の方で手を回しておく。だが、あくまでも王都を出る所までだ。それ以降の貴殿の行動に私は一切関知しないし、この会話自体もなかったことにする。そのかわり、見事任務を成功させたなら、騎士団でのそれなりのポストを約束しよう」
「感謝する、ブルトリウス団長」
言質は取った。
これ以上騎士団長室に留まるのはあらぬ噂を掻き立てるだけだと判断した私は、早々に退出しようと背を向けた。
「貴殿の武運を祈っているぞ、ラズムッド卿」
「ハハハハハ!!大船に乗った気でいてくれ団長殿。精々、今からリートノルドの街奪還後の計画について練っておくのが得策だぞ!!」
未だに重苦しい態度を崩さない団長に思わず高笑いしながら返答し、すでに準備万端で待機している部下の元へと帰るべく、私は廊下を歩み出した。
その後、バラバラに王都を脱出して近くの村で合流した私達十五小隊は、待ち受けていた冒険者ギルドの職員から任務の詳細を入手、そのまま冒険者ギルドが用意した馬車でリートノルドの街があった魔族の森へと移動を開始したのだった。
「バカが。やはりあのような猪武者に小隊を任せるべきではなかったのだ」
あの愚か者、ラズムッドの縁戚であるとある大貴族からの抗いがたい圧力が原因だったとはいえ、私は今更ながらに自らが下した判断を悔いていた。
対魔族戦線の一大拠点だったリートノルドの街が壊滅して以降、王都でも奪還の機運が貴族を中心に高まっていたことは分かっていたし、その貴族らと切っても切れない関係にある王国騎士団の中からも、王が下した待機命令に従わぬ者が出てくる事態は予測していた。
だが、その先陣を切ったのが我が騎士団の団員、しかも部下の命を預かる身である小隊長のラズムッドになるとは思ってもみなかった。
……部下を持てば、責任感が生まれて慎重になると期待したのだがな。
なまじ戦いになると頼りになる逸材であったし、ある意味では王国への忠誠心が高かっただけに、今回の軽挙妄動は残念というほかない。
騎士団の中でも主力級のラズムッドの部下に生半可な騎士は置けないと思って、実力はあっても性格に難ありの団員で固めたのも、今となっては失敗だったか。
あっという間にラズムッドの信奉者となり小隊の結束力が高まったまでは良かったのだが、今回はその結束力が完全に裏目に出てしまった。
……もちろん、ラズムッドの会話を反故にする気はない。
奴が見事に任務を成功させれば約束通りの地位につけるつもりはあるし、四人の部下に関しても相応の処遇を考えるつもりだ。
だが、私の耳に入ってきている情報は、そんな楽観的な展望を許さない。
一番の問題は、リートノルドの街壊滅の際の状況が未だによくわかっていない点だ。
これはつまり、戦いそのものはわずかな時間で終わった上に、事前に避難した者以外の生存者が未だ見つかっていないことになる。
ということは、リートノルド子爵軍を破った相手は、並の軍など相手にならないほどの戦力を有していることになってしまう。
成功率がゼロだとは言わない。
当然冒険者ギルドもその点をよく理解した上で、腕利きの冒険者パーティをレイドとして組ませたのだろう。
しかし、そんなプロの集団の中に、突然騎士小隊という戦闘以外はずぶの素人である異物が投げ込まれた。
もはや任務を拒否できる段階にはなく、無理やりにでも貴族でもある騎士と行動を共にするしかない。
そうなったとき、彼ら熟練の冒険者たちがラズムッド達を囮にして、第十五小隊に敵戦力を集中させようと目論むだろうことは容易に想像できた。
となれば、たとえ任務自体が成功しようとも……いや、これ以上は考えても仕方が無いな。
この、推測交じりの私の考えをラズムッドに話すべきか、迷わなかったといえば嘘になる。
しかし、良くも悪くも嘘のつけない性格のラズムッドにこれだけの情報を与えて、果たして奴が他者に漏らさずに黙っていられるか、もし口さがない貴族どもにこの情報が悪用されたら、と考え時、私の中で迷いは消えた。
正確には、第十五小隊という戦力と騎士団の存続を天秤にかけただけなのだがな。
……これ以上わかりようのない先の話を考えるのは止めよう。
騎士団長として講じるべき策は、他にもたくさんある。
まずは悪い方の未来が訪れた時のために次の第十五小隊の候補を選定しようと、私は秘書を呼ぶために机の片隅に置いてある呼び鈴を鳴らした。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます