第21話 双頭の蛇 中編
『双頭の蛇』のバトルスタイルは変わっていると、よく冒険者仲間からは言われる。
冒険者パーティとしては多目の六人編成ということもあるが、何より指摘されるのはその陣形だ。
「バルカン、そっち行ったぞ!」
「おう任せとけ!ダイン、援護よろしくな!」
「ちょ、ちょっと無茶言わないでくださいよ!ヤリャーシャさんの方が先なんですから!」
「問題ないわよ。少しの間なら支えられるから」
そう声をかけあう三人だが、俺が手を貸すことはない。いや、貸せないと言った方が正しいな。
「ちょっとラルフ、よそ見しないで!こっちだって余裕あるわけじゃないんだから!」
「わかってん、よ!」
叫ぶサティにそう答えながら、俺は勘を頼りに右手に持つ剣で背後の空間を切り裂く。
死角に迫っていた魔物を斬った手ごたえを感じつつ、さらに左手に握ったもう一本の剣で、今度こそ視界に収めた犬の魔物の胴体に深々と斬りつけた。
血しぶきを上げながら転がっていく犬の魔物の致命傷を一瞬の間に確かめ、さらにその後に続いて迫ってきていた二匹目、三匹目を避けて、すれ違いざまに一太刀ずつお見舞いする。
ギャウワウ!!
傷を負った二匹の魔物が鳴き声を上げながら飛び退るが、俺が追い打ちをかける必要はない。
ヒュタッ ザシュ
「やっぱりエサが豊富な場所だと、魔物も手強いわね」
「むしろこっちの方が、僕としては当たり前の強さなんだけどね」
そう声をかけてくるのは、弓を持ったサティと、獣人族固有の
「こっちも終わったぞ」
続いて現れたのは、ハンドアックスにガントレットを装備したバルカン、ボウガン使いのダイン、そしてマルガと同じく接近戦が得意のヤリャーシャの三人だ。
「んじゃ、改めて進路の確認だな」
「事前の予測通り、俺達を襲ってきてるのは今のところ魔物だけ。冒険者ギルドからの情報にあった魔族はまだ確認できてない。その魔物も、今頃は敵をやり過ごすなんて考えたこともない騎士様たちが引き付けてくれてるおかげか、思った以上に遭遇数が少ない」
「このまま進めれば、正直冒険者としてこんなにおいしい依頼は無いわね」
「ああ。だが、そんなわけがないというのがギルドの予測、そして俺の見立てだ。そうだな、マルガ、ヤリャーシャ」
「うん。これを見てくれればわかると思うけど」
そう言いながらマルガが胸ポケットから取り出したのは、何回も折りたたまれた一枚の紙。
そこにはこの森の概略を記した地図が描かれていて、その南端から蛇がのたうったような一本の線が森の中心へ向けて引かれていた。
「この南からの線が、僕らが通ってきた道のりなんだけど、見てわかる通り、まだ全行程の三分の一くらいしか進めていない。まあ、これは最初の予想よりも森の拡大が急速に進んでるせいだから、他のパーティに後れを取っている、なんてことはないと思う」
「魔族の領域にある森だから、最初は植物系のトラップを警戒しながら進んでたけど、どうやら無駄な心配だったみたい。あいつらにとって、この森は生きるための場所なんだから、当然と言えば当然なんだけどね。あたし達からは以上よ」
二人の報告が終わり、サティ、ダイン、バルカンを含めた全員が俺の方を見てくる。
こいつらの役割は戦闘と情報収集、そして『双頭の蛇』の方針を決めるのは俺の役目だからな。
「問題は大きく分けて二つだな。一つはマルガも言っていたように、他のパーティの進み具合だ。警戒や素材採集なんかを全てすっ飛ばして進んでる白鷲騎士団の連中が先行しているのは仕方ないが、それでも囮として役に立ってもらってる以上はあんまり先行され過ぎるのもうまくない。早すぎず遅すぎずの速度で、リートノルドの街に辿り着くのがベストだな」
「その辺は任せてよ」
「リーダーの指示通りに先導するから」
頼もしいことを言ってくれる二人の獣人族の仲間に頷きつつ、俺は話を次に進める。
「もう一つは、ていうか最初からの懸念だったんだが、本番、つまりどの辺りから魔族の襲撃が始まるかってことだな」
「……難しいな」
外見の通り、六人の中で最も冒険者としての経験が豊富なバルカンが、眉間にしわを寄せながら言った。
「正直、ここまでの道中でいくらか魔族と遭遇するだろうなと踏んでたが、見事に肩透かしに遭っちまった。これを偶然の一言で片づけられりゃあ楽なんだが、そんなこと言ってたら命がいくつあっても足りやしねえ」
「リーダー、普通なら採集目的で、森の外周部にも魔族の姿があるはずです。それが無いとなると、この森のどこかに強力な指導力を持った大魔族がいて、他の魔族の統率を行っている可能性があると思います」
小心なところはあるが、その分視野も広いダインもバルカンに賛同する。
「森が予想を超えて大きくなってる、っていうのも不気味よね。……これがギルドからの指名依頼じゃなくて私がリーダーだったら、速攻で撤退を命令するところだわ」
「一言一句同感だ」
珍しくサティと意見が合ったな、と思いながらも俺は改めて仲間に宣言した。
「とはいえ、まだ何も起きていない現状で尻尾巻いて逃げ出したとなると、明日からおまんまの食い上げだ。しかもギルドから一生目を付けられるっていうデザート付きでな。そうなったら二度と冒険者家業に戻れないだろう。進むにしても、退くにしても、なにかしらの確証を持ち帰らないと話にならん。全員、これまで以上に警戒して進むぞ」
俺を除いた『双頭の蛇』の全員が頷いたのを確認して、俺達は再び歩き出した。
夜間の、それも森の中での魔族との遭遇は願い下げだとの全員の意見の一致で早めの夜営を行った次の日の朝、俺は一つの決断をした。
「じゃあ頼んだぞバルカン」
「リーダーこそ気を付けろよ」
そう短い挨拶を交わした後、バルカン、ダイン、ヤリャーシャの三人は先に野営地を離れていった。
「そんなに心配することはないリーダー。ヤリャーシャの匂いはちゃんとわかる」
「……そうだな。俺達も行くか」
状況に応じて六人一組パーティから三人二組パーティに素早く分離できる。
これが俺達『双頭の蛇』の最大の特徴で、業界で良くも悪くも評判になっている変則的スタイルだ。
この邪道ともいえるスタイルの要となっているのが、マルガとヤリャーシャの獣人族の二人の、人族の数千倍にも至るという鋭い嗅覚だ。
幼馴染ということもあって、お互いの微妙な感情の変化までその鼻で嗅ぎ分けるという能力を利用することを思いついた結果、俺達『双頭の蛇』は、他の冒険者では絶対に追い付けないほどに効率的に依頼をこなせるようになった。
今回は、風向き次第で数キロ先まで大丈夫という二人の獣人の能力を使い、索敵範囲を大幅に広げようというのが俺の考えだ。
そして、その策が当たったと言えるかどうかはともかく、木々の間から見える太陽が真上に差し掛かる頃、それまで歩みの変わらなかったマルガの足がふいに止まった。
「リーダー」
マルガのその一言だけで全てを察した俺は、サティをその場に待機させた後で、おもむろに前方にあった木に全速力で駆け寄ると腰から抜刀した自慢の双剣で次々と枝を切り払った。
ゥオオオオォォォウウウ
枝が落ちる音の代わりに辺りに響き渡ったのは、木の
それと当時に、俺が枝を切り払った何の変哲もないはずの木が、もだえ苦しむように蠢きだした。
トレント。
亜人とも魔族ともつかない、人族にとってはまだまだ未知の部分の多い種族の一つで、普段は微動だにすることがないせいで普通の木と見分けが全くつかないことで有名だ。
普段は土や日の光で栄養を摂取することから基本的に無害な種族と言われているが、中には生き物の血を好物とする危険極まりない個体もいるため、数ある亜人魔族の中でも敵性種族として人族の間では知られている。
「やっぱり出やがったか」
全体の行程で言うと、リートノルドの街までちょうど半分の辺り。
ドンピシャの場所で見事に先制攻撃を食らわせたわけだが、俺の内心は最悪に近い部類の未来だなと、苦虫を噛み潰したような思いだった。
未知の部分の多い種族と言ったが、こと敵に回した場合、これほど厄介な相手もいない。
なにしろ、外見通りに極めて植物に近い種族なせいか、心臓や首といったいわゆる急所というものが存在しないのだ。
もちろん普通の木のように斧で幹を切り倒せば一応は無力化できるんだが、当然その下、切り株と根っこは残る。
果たしてこれでトレントを倒せたと言えるのかどうか、ベテラン冒険者の間でも意見は分かれる。
究極的にトレントを殺すとなれば、根っこごと引き抜くか火で燃やしてしまうかなんだろうが、専用の準備と特定の状況でもない限りはそんなことをできるはずがない。
「はっきり言えるだけでも、あと十体はそこら辺にいるよ。どうするリーダー、燃やす?」
「バカ言ってるんじゃないわよマルガ!それじゃ、リートノルドの街まで燃えちゃうじゃない!」
真顔で最終手段を持ちかけるマルガを叱り飛ばすサティ。
もちろん、子供時代を森に住み暮らしてきたマルガも本気で言ってるわけじゃない。
だが、圧倒的な防御力ならぬ耐久力を有するトレントを無力化するとなると、現状『双頭の蛇』が採れる方法は一つしかないのだ。
「仕方ない。ここは全部のトレントを無力化することを優先する。マルガ、バルカン達の方はどうだ?」
「問題ない。あっちはこっちよりも早く戦闘に入っている」
視認できない距離にいるヤリャーシャの状態を感じ取ったマルガの知らせに、俺は安心した。
万が一の時は敵を引き寄せるリスクを無視してでも狼煙を上げるしかないかと思っていたが、さすがはバルカン、俺の考え通りに動いてくれていた。
「よし。改めて言うことでもないが、トレントの厄介さは圧倒的な耐久力と枝の数だけ攻撃できる手数にある。トレントを相手にする時に焦りは禁物だ。サティ、マルガ、ここは依頼のことは一旦忘れて確実に一体ずつ落としていくぞ」
「了解、リーダー」
「そういうことなら矢の出番はないわね。一番槍、もらうわよ!」
いつも通りに自慢の爪を備えた両手で構えを取るマルガとは対照的に、トレント相手には分が悪いとばかりに手にしていた弓を背負ったサティ。
その代わりに彼女が口にしたのは、その道に進んだ者にしか意味を理解できない言葉の羅列、剣や弓矢では決して起こすことのできない奇跡の力、魔法を発動するための詠唱だった。
「大気の断裂よ我が意思に従え、ウインドショット!!」
トレントに向けて突き出されたサティの手のひらから撃ち出された空気の塊はその名の通りに空気の壁を突き破り、見事目標の枝の一つに命中して破砕音を響かせた。
オオオォォォオオオオオオ
「行くぞ!」
苦し気に聞こえるトレントの声に士気の上がったのを自覚しながら、俺達はトレントの集団を倒すべく前進を開始した。
最初の頃は夕方になる前に終わると思っていたトレント退治だったが、この異様な森の影響なのか、評判以上の頑丈さを備えていたトレントたちに予想以上に苦戦してしまった。
その結果、今日のうちに全滅させるのは困難と判断した俺はサティとマルガに早めに撤退を指示、トレントの夜襲が無いように十分に距離を取るなど念入りに対策したうえで、この日の行程を終えることにした。
「ねえリーダー。あのトレントたち、なんかおかしくなかった?」
その夜営の最中のことだった。
マルガが仮眠を取っている最中、例え二人きりでも依頼の間は俺のことを常にリーダー呼びで通しているサティから、火の番の暇つぶしの会話の合間にこう言われて、ある時から燻っていた疑問が俺の中で首をもたげてきたのを感じた。
「……確かに、リートノルドの街に向かう俺達を奴らが迎撃に来たのは間違いないはずなんだが、それがトレントだけってのは腑に落ちないな」
「でしょ?普通は遠距離からの攻撃が得意な妖精族とかエルフとかが一緒にいるはずじゃない。特に妖精は、トレントとは共生関係にあるんだから」
「……妖精はともかく、お前と同族のエルフと戦うってのはあんまり想像したくないな」
「ちょっと、茶化さないでよ」
「悪い悪い。だけど、俺達の他にも三つのパーティが連携してこの森に入り込んでるんだ。大方、そっちに人手を取られてるんじゃないか?」
「それは、そう思うけど……」
「お前の心配事はわかってるよ。あのトレントの集団の中に、ボスっぽい個体がいなかったことだろ?」
「ちゃんとわかってるなら最初に言いなさいよ!」
「もちろん、あえて言わなかった理由はあるさ。居ないお化けを気にしてもしょうがない、ってことだ」
「どういうこと?」
「まだ出てきてない妖精やらトレントのボスやらに気を取られて、逆に足元をすくわれてたらそれこそ世話無いってことだ。別に警戒をしてないわけじゃないからな。気を張りすぎず、緩め過ぎず、いつも通りの俺達でいようってわけだ」
「……そうね。魔族の領域にいるから、ちょっと神経質になりすぎてたみたい」
「多分、明日は『双頭の蛇』にとって指折りの厳しい戦いになると思うが、頼りにしてるぞ、サブリーダー」
「了解よ、リーダー」
結局、心配していたトレントを含めた夜襲は一回もなく夜は明け、万全の体調を整えた俺達は遅れを取り戻すために野営地を出発したのだった。
その直前に、あの時狸寝入りをしてあの会話を聞いていたらしいマルガにからかわれたサティが顔を真っ赤にして猫の獣人の顔面を張り飛ばしたのはご愛嬌というものだろう。
だからこそ余計に、この日の俺達が最悪の地獄を超えた、人が想像できるものをさらに超えた、悪夢としか言いようのない未来に辿り着く羽目になるなんて、想像すらできていなかった。
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