第18話 白鷲騎士団第十五小隊 中編

 冒険者ギルド主導の『リートノルド奪還作戦』。

 その第一陣である四つのパーティによるレイド攻略、その始まりにおいて、私の率いる白鷲騎士団第十五小隊はギルドとの約束通りに足並みを揃えて同じタイミングで行軍を開始、それからちょうど一日が経過していた。


「しかし隊長、我ら騎士が平民の指示になど従う道理などないのでは?」


「そう言うなヨハン。この森までの移動や物資では全面的に支援を受けているのだ。貢物を受け取ったからにはそれ相応の見返りを平民に渡さねば、それこそ騎士の名折れではないか」


「なるほど、高貴な者の義務というやつですな」


 そう納得したのは、私の右腕で第十五小隊の副官のヨハンだ。

 主に私の補佐として普段は小隊の指揮を執っているが、魔法抜きの稽古なら私とほぼ互角の練達の騎士だ。

 こうして私に話しかけている間も、隙と見て襲い掛かっていた小型の獣人を振り向きもせずに斬り飛ばしていた。


「それにしても隊長、冒険者のやつら、俺達に先を越されてることを知ったら腰抜かして驚くんじゃねえか?」


「モーゼスの言う通りだ。あいつらはこの作戦の重要さをいまいち理解してなかったみたいだからな。どうせちんたらしてるに違いないぜ」


 ヨハンの後に続いのは、前衛を任せているモーゼスとボルゲン。

 二人とも私の親戚で騎士なのだが、今のように上官に対しての口の利き方など素行の悪さが災いして、複数の騎士団をたらいまわしにされた挙句、私の小隊に配属された厄介者たちだ。

 血縁のある私とて噂通りの騎士なら願い下げだったが、この二人はその欠点を補って余りある実力の持ち主だ。

 多少の問題なら私と実家の力で揉み消せると判断して、今も第十五小隊で面倒を見ている。

 もちろん、その見返りとしてこのような敵地では先陣を切ってもらうのだが。


「それが冒険者の限界なのだ、モーゼス、ボルゲン。この森は魔族に支配されているため、高価な薬草を始めとした希少な素材が山ほど眠っている可能性がある。使命ある騎士である我らと違って、冒険者は報酬と任務中の役得が狙いなのだ」


「……だが、それが冒険者の限界であり……我らが奴らに先んじられる理由でもある……」


 最後に、この五人にしか聞こえない、ぼそぼそとした声で独り言のように呟いたのが、小隊で唯一の槍使いであるノーデンス。

 小隊の中でも一番の長身なのだが、目まで隠れる長髪に青白い肌、筋肉がついているとは思えないほどの細身のシルエット。

 さらには極度の人見知りのせいで、『死神』と陰で呼ばれる王国騎士一番の嫌われ者だ。

 このノーデンスを引き取ることを考えた時には副官のヨハンですら疑問を呈したほどだったのだが、実際の戦いではその長身を生かした広い間合いで素早く仲間を助けるやり方で、今では第十五小隊の要とも言える逸材となった。


 ……ただし一つだけ、倒した相手を串刺しにして愉悦に浸る癖だけは直してほしいものだが。


「ノーデンス、ここは敵陣で今は警戒中だ。それを早く捨てろ」


「……ククク、了解」


「全員集合。改めて方針を確認する」


 ノーデンスがさっきまで妖精族だったものを地面に投げ捨てたのを確認してから、私は周囲を警戒していた部下たちを集めた。


「いいか、われら十五小隊の最大の目的はリートノルドの街の奪還だ。そのためには最低でもリートノルドの街まで至り、この森の敵戦力をある程度把握する必要がある。そして、我らと他の冒険者パーティとではそもそも目的が違う。おそらく冒険者ギルドはこの森の資源をあわよくば独占しようと目論んでるかもしれんが、そのような些事に我らが付き合う必要はどこにもない」


 そこで私は一旦言葉を切り、周囲を取り囲む森を見渡した。


「我らにとって重要なのは、リートノルドの街にいかに早くたどり着けるか、その一点だけだ。そのためには一切の障害を排除して構わん。雑草は焼き払え。木々は切り倒せ。魔物は狩れ。そして、向かってくるのなら魔族はもちろん亜人だとしても容赦することなく斬れ!我らこそ栄光ある白鷲騎士団の精鋭!我らこそが正義だ!」


「了解しました」 「さすが隊長!」 「わかりやすくていいぜ!」 「……ククククク」


「では進むぞ!目標は翌日の日没までにリートノルドの街に到達だ!」


 こうして私は小隊の士気と行軍速度を上げながら、森の奥へと突き進んでいった。






 小隊長という地位にまで来ると、騎士と冒険者の最大の違いは何かと問われることがよくある。

 先ほどは使命感の差を挙げたが、こと実力となると同じ人族同士という厳然たる事実がある以上、私個人としてはそれほどの差は無いと感じている。

 だが、同じ素質に同じ回数の実戦を潜った騎士と冒険者が一対一で戦えば、まず騎士の方が勝つ。

 それはいくつかの過去の事例でも証明されている。


 なぜか。


 それは百の議論を重ねるより、実際にその眼で両者を見比べた方が実感できるだろう。

 そう、装備が違い過ぎるのだ。


 冒険者でもベテランにもなれば、それなりの金をかけて装備を揃え、生存率を少しでも上げようとするだろう。

 だが、所詮は素人の知識。例え冒険者の世界の多少のノウハウがあったとしても高が知れている。


 だが騎士は違う。種々雑多な任務をこなす冒険者と違って、騎士の役目には常に命の危険が伴う。

 なにより、騎士には貴族しかなれない。

 王国を守るためには、剣と魔法の才に優れた血統が必要不可欠なのだ。

 それだけの逸材が騎士となるのだ。当然その装備は王国の威信をかけた逸品でなければならない。

 さすがに並の騎士に至るまで特注品というわけにはいかないが、王国の技術の粋を集めて作られた武具一式は、売れば一財産になるほどの費用が掛かっている(仮に売れば間違いなく死刑だろうが)。


 つまり何が言いたいかと言うと、王国騎士の武器鎧はそれ自体が高価な魔道具であり、それらを装備した騎士一人で並の魔族十体分の戦力と言われるほど強くなるのだ。

 そして我ら十五小隊の連携力をもってすれば、千人の魔族の軍隊と互角に渡り合える自信がある。

 たとえ視界不良な森の中でも百や二百の魔族に一斉に襲い掛かられても、簡単に退けられる確信があった。


 実際に、野営中に襲ってきた雑多な魔族の奇襲部隊には十分に対応できていたし、夜が明けてからはこちらの有利で戦いが進んでいたはずだ。


 だから、この任務への参加を決めた時から、主力である私に代わって全体を見る役割のヨハンが悲鳴にも似た叫び声をあげたこの時まで、私の頭の中に撤退の二文字が浮かぶなど想像すらしていなかった。


「モーゼス!?」


 最初に犠牲になったのは、陣形の右側を担当していたモーゼスだった。

 いかに頑丈な騎士の鎧と言っても可動部分には隙間もあるし、防御にも限界はある。

 そしてどんな実力者も、四方八方から襲ってくる魔法で加速された百の矢をさばき切ることなど不可能だ。


 ドサッ


 百本の矢はそのほとんどが鎧に弾かれあちこちに散らばったが、残りは全て倒れたモーゼスの体に突き刺さっていた。

 そして、その内の一本がモーゼスの右目を貫通していることから、絶命は明らかだった。


「モーゼス!!うおおお、てめえら!!」


「よせボルゲン!それより少しの間私達を守れ!」


「っ!?ふ、副官!?」


 相棒を殺されたボルゲンの気持ちは痛いほどわかっていたし、私も激情に任せて矢を射た敵を皆殺しにしてやりたかった。

 だが、流れ矢をその太ももに受けたヨハンを視界に収めた時、私の頭は氷水に突っ込まれたように一気に冷えた。


「大丈夫です隊長……はやく追撃を」


「喋るなヨハン!!……くそっ!思ったより傷が深い……!!」


 ヨハンの太ももに深く突き立った矢を素早く引き抜き、騎士団では使える者の少ない中級回復魔法で血止めを試みる。

 だが、矢に毒でも縫ってあったのか、傷の治りが遅い。


「隊長、ここは私を見捨てて先に進んでください」


「バカを言うな。小隊の指揮を実際に取っているのはお前だ。ここでお前を見捨てるということは、小隊が全滅する危険を抱えたまま進むことになるのだぞ」


「それは仕方ありません。私を含めた全員が最も危惧すべきは、隊長の名誉が地に落ちることです。何より、隊長お一人でもリートノルドの街に到達することは可能です。さあ、先に進んでください」


「そうだぜ隊長!」 「……それが最善」


 ヨハンの考えを支持して私を進ませようとするボルゲンとノーデンス。


 しかし、隊員を一人失い、副官まで重傷を負った時点で私の考えは決まっていた。


「……撤退する。道は私とノーデンスで切り拓く。ボルゲンはヨハンを補助しろ。なんとしても全員で帰還するぞ」

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