第25話 鉄鎖のガラント 後編

 愚直。


 ワシらドワーフの戦いはその一言に尽きるし、世間の評価も同じ言葉で言い表せるだろう。


 敵の攻撃を鎧や盾で防ぎながら近づき、手にした武器で倒す。


 鳥人族など空を飛んでいる奴にはその辺の石や木、いよいよになると手にした武器を投げることもあるが、基本は接近戦以外の方法は採用しない。

 なぜそんな非効率的なやり方しかできないのかだと?

 当たるかどうかも分からぬ矢や魔法を使うより、自分の足で接近し自分の手で打ち倒す方が性に合っているのだ、としか言いようがない。

 鍛冶が得意になったのも、そんな時代錯誤な戦い方しかできぬワシらに合った武具が必要だっただけで、世間の評価はそのついでのついでなのだ。


 自らが作り上げた鎧であらゆる敵の攻撃もものともせずに進み続ける万夫不当の重戦士。


 それがワシが目指してきたドワーフの理想の姿であり、これまでの半生をかけて到達した答え。

 かつて魔王と互角に渡り合い、五体満足で生き残った経験が何よりの証だろう。


 ではこの先をどう生きる?すでにワシの生は完成したのではないか?と考えたこともあったが、やがて改めた。

 どんな素晴らしい武具とて戦場で使い物にならなければ、武具とは名ばかりの美術品か、鉄屑以下の代物でしかない。使って使って使って、使い潰した先に真の価値が生まれるのだ。

 ならば、ワシが得た答えはまだ半分でしかない。残りの半分を、ワシのこの後の生の全てをかけて証明し続けてこそ真の答えが得られるというものだ。


 もちろん、道半ばで倒れることもあるだろう。ワシの武具か、あるいはこの体を打ち砕く者が現れる可能性もある。

 それはそれで本望だ。ワシの鎧を超える武器があるというなら、例え一目でも見られたなら死んでもいいとさえ思っている。


 ワシの得た答えが正しいのか、それとも世界にはワシの想像を超える武器があるのか。

 真の答えを知ることだけが、ワシの生きるよすがだ。






「ふん、暢気なものだな」


 その、ベグラの吐き捨てるような独り言が耳に届くまで、ワシを含めた全員が気付くことはおろか、違和感の一つすら覚えていなかった。

 それほど、それはこの森の風景に溶け込んでいたのだ。


「見てみろビルレド、あんなところで昼寝している奴がいるぞ」


「なんだあいつは?ここがどこだかわかっているのか?」


 軽口を叩くビルレドとベグラにつられてか、ザンデとジレからも気の抜けた雰囲気が、先頭を歩くワシの背中に伝わってくる。

 酔狂な者もいるものだと心の中で呆れ半分、魔物に食われはしないかという心配半分の思いをわずかな間抱き、先へと歩を進めようとしたところで、



 まるで背筋が凍り付いたように一歩も動けなくなった。



「ちょっと待てビルレド、今なんと言った?」


「なんだガラント……ああ、よそ見したのは悪かったが、別に警戒を解いたわけではないぞ。ただ珍しいこともあるものだと……」


「そうではない!ただ昼寝をしているだけの者がこの森にいると本気で言っているのか!?」


 そうビルレドを叱りつけつつも、未だにソレの方へと振り向けない。

 そうだ、見るまでもなく理解しているのだ。

 全周囲を警戒していたはずのワシが、あえてその方角だけを見ないようにしていたことを。

 そして、一度でも見てしまえば絶対に後戻りできない事態に陥ってしまうという予感があることを。


「そこまで言うのならば、ガラントも見てみればいいではないか。あれほど無害な空気を出している人族など、例え昼寝の最中でも早々おらぬぞ」


 至極もっともな反論をするビルレドと、それに同意するように視線をぶつけてくる仲間たち。

 完全に外堀を埋められた状態で、それでもこれまで感じたことのない迷いの中で、恐る恐るその方角へと振り返った。


「んう、……ふぁ~~~あ。……ああ、ようやく来ましたか。初めまして、愚かな冒険者の皆さん。私の名は朴人。なんでも永眠の魔王だそうですよ?」






「なんだこいつは?」 「……」 「気でも触れているのか?」


「そこの人族。お前はどこから来た?どうやってこの森に入った?ここが魔族の領域だと分かって……」


 嘲るように観察するビルレド、ジレ、ベグラ。

 ザンデだけはなにかしらの情報を得ようとアレに向かってあれこれと質問を始めたが、今回ばかりはビルレドたちの方がマシな行動をしている。


 ワシの本能が言っている。アレは話の通じる相手ではない!


「全員構えろ!!あれは敵だ!」


 全員の答えも聞かず、肩掛けにしていたチェインハンマーを瞬時に手に取り巨大化、遠心力で勢いをつける手間も惜しんで砲丸投げの要領でそのまま投擲。

 ザンデたち四人が驚いた表情でワシを見たのは、広範囲に地面を割り砕く凄まじい破砕音が一帯に響いた後だった。


「何をしているガラント!お前まで気が狂ったか!?」


「目を覚ませ!こんなところにただの人族がおるわけがなかろうが!」


「しかしガラント、あれからはなんの魔力も脅威も感じなかったぞ?それに、いくら人族とドワーフ族が親密だとはいえ、問答無用で殺せば種族間の大問題に……」


「だから目を覚ませと言っている!アレに違和感を感じないこと自体がどれほどの異常なのかを考えろ!ここは人族の街ではない!魔族の領域の森、その奥地なのだぞ!」


「うーーん、これだけの攻撃をまともに喰らったのは、この体になって初めてですね。さすがにちょっと、いや結構びっくりしましたよ」


 その声が聞こえてきたのは、ワシのチェインハンマーの一撃が作り出した土煙の中。

 立っている位置はさっきと全く同じ、平民そのものと言った服装にも乱れはなく、腹の辺りをさすっている以外には、ソレには何の異常も見られなかった。


「バカな……っ!?」


 驚愕の対象をワシからアレへと変えて武器を構えたザンデ。

 他の三人は声すら上げられなかったようだが、それでも戦士の矜持は忘れなかったようで、それぞれが武器を手に取り警戒心を露わにした。


「貴様……」


 最後に、それの元へと飛ばしたチェインハンマーを自分の手元に引き戻しながら、土煙で視界が遮られた中で一体何が起きていたのか考えながら、それでもワシは更なる攻撃を繰り出すために特大の鉄球を頭上で振り回し始めた。


「ん?ひょっとして、丸腰の私に武器を向けて負い目を感じちゃったりしてるんですか?いいんですよウェルカムですよどんとこいですよ」


 ワシらが臨戦態勢を取っているのが逆に攻撃を躊躇っているように見えたのか、ソレは両手を広げながらゆっくりと近づいてきた。


「貴様、それ以上近づくなら容赦せんぞ!」


「だから遠慮しなくていいと言ってるじゃないですか。聞いてますよ、あなた達はドワーフ族なんでしょう?木を切り、草を刈り、森を更地にし、地面を掘り返してわずかな鉱物を得るために自然という自然を破壊する悪の権化。そんなあなた達だからこそ私が自分の力で叩き潰したいとわざわざ待っていたんです。だからどうぞ遠慮なく私を殺しにかかって来てください。その代わり、」



 私も殺しますけどね



 パキパキパキパキパキパキパキパキパキパキパキパキパキパキパキパキバキバキバキバキベキバキバキバキバキベキボキバキバキバキバキバキバキバキバキバキバキバキバキバキバキバキバキバキバキバキバキ


 ワシが認識できていたのは、アレが挙手するように右手を上げたところまで。

 次に現実を認識した時には、アレの存在が豆粒に見えるほどの大木が、その右手から生えていた。


「……トレント、なのか?」


 普段はワシよりもはるかに寡黙なジレが呆然と呟く。

 確かに体が木でできている亜人魔族など、トレントの他には存在しないはずだ。

 だが、ワシが知る最も強いトレントでも、精々この森の大木ほどの全長程度しかない。

 少なくとも、腕一本でそのサイズに匹敵するトレントなど、ワシは寡聞にして知らない。


「魔王、なのか……?」


「だからそう言ってるじゃないですか。じゃあ、死んでください」


「防御態勢!!」


 嵐もかくやというほどの恐ろしい音を立てながら空から落ちてきた大木に対して、ワシが言えたのはその一言だけ。

 あとは自分の命を守るための姿勢を取るだけで精いっぱいだった。






 ドオォン!!   ドオォン!!   ドオォン!!   ドオォン!!


「へえ、思った以上にやりますね」


 予想外という感じと、どこか感心したようなセリフを吐くソレ。

 まるで天から何度も大地が落ちてくるような凄まじい衝撃の中、それでもワシらは誰一人欠けることなく生存していた。


 と言っても、これまでの様に二本の足で立っていられるわけではない。

 二足歩行の生き物にとって最も防御力の高い姿勢、四肢を折りたたんで収納し、背中を丸めた状態でうずくまった状態で大木の連撃を凌いでいたのだ。


「ドワーフの鎧は頑丈だってフランが言ってましたけど、ここまでとは思っていませんでしたよ」


 当然だ!どれだけの重量とサイズがあろうとも所詮は木。ワシが鍛え上げた装甲が敗北するなどあり得ん!

 加えて、その鎧を装備しているのはワシが認めるドワーフ族の戦士達。鎧の頑丈さに劣らぬ肉体の持ち主なのだ。

 最初の一撃には思わず面食らったが、破城鎚を食らっていると思えば例え何百回来ようとも物の数ではない!


 そう、爆音の中でもなぜか聞こえてくるアレの声に、心の中だけで猛然と反論する。


 その点については何の迷いもなく言える。だが一方で……


「ガラント。これでは反撃のしようがないぞ」


 隣で同じ体勢でうずくまっているザンデがわずかな焦りの色を見せながら言う。


 ……その通りだ。


 確かに防御に関しては自信があるが、その一方でこれだけの連撃と大木一本分の間合いがあると、ザンデどころかワシにもなすすべがない。

 仮に弓やボウガンがあったとしても、狙撃しようと腕を出した瞬間に文字通り攻撃手段ごと潰されてしまうだろう。


「耐えろ。アレが疲れ果てるか、木でできている腕が圧し折れるまで耐えてばワシらの勝ちだ。それまでは何としても耐えるのだ」


 ワシの言葉に四人も頷く。


 そうだ、ワシらの長所はどんな攻撃にも耐えきれる防御力。

 たとえ、魔王と名乗った話がたわ言でなかったとしても、アレが音を上げるまで耐えきればいいだけなのだ。






 それから何度叩かれただろうか。


 いつかは終わると高を括っていた大木の連撃は止む気配を一向に見せぬどころか、どんどん打撃は正確に、そして重くなっていった。


 そして、終わりを迎えたのはアレ、ではなく、ワシら五人の中で最も若い二人だった。


「ゴバッ!?」 「ガッ!?ゲッ!?グベッ!?」


「ビルレド!ベグラ!耐えろ、耐えるのだ!!」


 例え鉄壁の城塞でも、修復の暇なく破城鎚を食らい続ければいつかは門が破られ陥落する。

 その城塞の完成度が低ければ低いほど、その期間は短くなるだろう。


 ビルレドとベグラの二人はまさにそれだ。

 次第に姿勢を崩し、やがて地面に斃れ伏したビルレとベグラだった物を見ながら、ワシの頭はそんな仲間を仲間と思わぬ冷酷なことを考えていた。






 次に限界を迎え始めたのはジレだった。


 いくら大木の連撃を耐え続ければいいだけとはいえ、衝撃に対して取るべき姿勢もあれば負荷を軽減する技術も要る。

 いくら頑丈な鎧に無尽蔵の体力があるとはいえ、精神までが無敵というわけではないのだ。

 ビルレドとベグラも、そのわずかな心の隙が一撃ごとに広がり、ある意味で自滅していったのだ。


 だがさすがはジレ、限界を迎えつつもその最期は、若いビルレドとベグラでは思いつかないものだった。


「……ガラント、ザンデ。ワシが一瞬だけ支える。その隙に……!!」


「ジレ!?弱気になるな!!もう少し耐えれば……」


「ジレの思いを無駄にするなザンデ。もはやアレの体力切れを狙える状況ではない。イチかバチかに賭けるしかない……!!」


「……わかった」


 正確に言えば、ワシ一人ならまだまだ耐えられる自信はある。

 だが、勝負に出るとしたらジレが潰れ役を買って出ている今しかない。


 確かに耐えることこそがドワーフの戦士の本領だ。だが、戦わずに負けを認めることなど戦士として絶対にできん!


「ではカウントするぞ。十、九――」


 ジレのカウントに備えて、わずかに姿勢を変えていつでも飛び出せるように身構える。

 道は一つ。突撃するだろうザンデの背に隠れながらチェインハンマーを全力で振り回し、最高速度に達した瞬間にアレにぶつける!


「三、二、一、――行け!!」


 立ち上がり両腕を掲げてワシらの道を切り開いたジレ。

 直後に上から襲ってきた大木によってジレの両腕の骨が折れる音を聞きながら、かつてない早さで立ち上がりチェインハンマーを巨大化――


 させようとしてソレの目を見た時、ワシの心と体は一瞬で凍り付いた。


 一言で言うなら無関心。


 蚊を潰す時に戦意を持つだろうか?蟻を無意識に踏むときに殺意を持っているだろうか?


 そうとしか思えぬほど、アレの目には何の感情もなかった。

 ただ目障りだから、自分の手で叩き潰している。それ以上の意志がどこにもなかった。


 そんなワシの思いなど知る由もなく、ただひたすらにアレに突撃していくザンデ。

 当然だ。ザンデはワシのために捨て石になろうとしているだけで、アレの目など見てはいないのだろう。

 だから、これまで右手しか使っていなかったアレが、同じように左手を大木に一瞬で変化させて横薙ぎに振るったところをザンデは認識することもなく、はるか彼方へと吹き飛んでいった。


「おお、場外ホームランって感じですね。――おや、残ったのはあなた一人ですか?……一人だけ残ったというのも、なにか縁を感じますね」


 何を言っているのだと思って後ろを振り返ると、そこには腕と頭が潰れたジレの無残で哀れな姿があった。


 ……いや、何より哀れなのは、ジレの犠牲が何の役にも立たなかったことか。


「実はですね、フラン、私の眷属なんですけど、適当に人族を捕らえてくださいと命令してあるんですよ。それでですね、一人捕虜を取るなら、二人も三人も同じだと思うわけでして。どうです?あなたも私の捕虜になりませんか?」


 あれこれと言葉を並べ立ててはいるが、両腕の代わりに大木をつけているアレの姿は異形などという言葉では言い表せないほど、自然の摂理を逸脱したモノだ。


 それに抗う?これ以上なお何を耐えろと?たかだか鎧を着たドワーフ程度が何を勘違いしろと?


 ……もう何も言うまい。言う言葉があるとすればもはや一つだけだ。


 そう決心、いや、あきらめたワシは、我が鎧の残骸が散らばる森の中である言葉を目の前の御方に向かって述べ、それまでの生の全てを終えた。

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