第24話 鉄鎖のガラント 中編

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 五人分のフルプレートの重い金属音を響かせながら街道を進む。

 辺りに人族どころか獣一匹見当たらぬのは、やかましい音のせいか、それとも戦意に満ちたワシらの姿を畏れてのことか。


「なんとか間に合いそうだな、ガラント」


「たとえ間に合わぬとしても、ワシらにはどうすることもできんがな」


 そんな会話には適さない状況で、ザンデが声をかけてきた。

 普段は口数が少ないワシらでも、手を動かすどころか歩くほかにすることがない時くらいは無駄話に興じたくもなる。

 こんなふうに取り留めのない会話をしながら、リートノルドの街を飲みこんだ森へ向けて徒歩で移動していた。


「しかしガラントよ、せっかく冒険者ギルドが馬車を用意するというのなら、使わせてもらえばよかったではないか」


「そうだ。いくら向こうから請われたと言っても、あと少し出発が遅ければ、ドワーフは約定を守らぬのかと侮られるところだったのだぞ」


 後ろを歩くビルレドとベグラからそんな文句が聞こえてくる。

 もちろん奴らとて、ワシに考えがあってのことだと理解はしている。要はただの暇つぶしなのだ。

 そのまま黙殺しても良かったのだが、せっかくの話題だ、少し乗せられてやるとするか。


「ではビルレド、お前の今の重量はどれほどになっている?」


「む、重量か。あまり考えたこともなかったな。そうだな、武器に鎧に背負っている荷物に……」


「では、その重量で人族が手配できる馬に乗ればどうなると思う?」


「それはもちろん、一歩進むどころか文字通りその場で潰れるであろうな」


 鈍重、動く的など、何かと揶揄されることの多いドワーフだが、元々大地神の加護を最も強く受けた種族であるため、体格に比した体重が他の種族とはそもそも違い過ぎるのだ。

 そしてドワーフ族の長い歴史の中で試行錯誤した末に導き出された重武装、重装甲の戦い方は、人族が主力とする騎兵という概念をワシらから消し去る結果となった。


「だがガラント、人族には馬の負担を軽減しつつより多くの荷物を運べる馬車があるではないか。冒険者ギルドならば、それくらいの手配は簡単だろう?」


「バカを言うなベグラ」


 ビルレドと共にこの五人の中では若手のベグラが、賢しらに提案してくるが、全く話にならんな。


「ワシら五人と装備荷物一式を輸送しようとしたら、大商隊規模の馬と馬車が必要になるだろうが。今回の指名依頼は隠密作戦の側面もあるのだぞ。わざわざ目立つ形で、敵にワシらの存在を教えるメリットなどどこにもない」


「それに、ある程度の物資はすでに冒険者ギルドに頼んで運んでもらっている。ギルドからの依頼なのだ、利用できる部分は利用すべきだが、あまり度を超すと余計な貸しを作ることになりかねん。分かったか、ビルレド、ベグラ」


「うむ」 「そういうことなら」


 ザンデめ、ワシの足らぬ言葉を補おうとする癖は相変わらずだな。

 まあ、それをこいつが自分の役割だと思っているのなら、あえてやめさせるつもりもないが……


「ガラント、後ろから何か来るぞ」


 その時、最後尾を歩いていたジレが注意を促してきた。

 基本的に、どんな道も徒歩より馬車が優先なのは、人族とその社会に関わる亜人魔族にとっては常識だ。

 ワシを含めた五人全員が道の脇に寄り馬車をやり過ごそうとした時に、ザンデが囁いてきた。


「ガラント、あれは……」


「冒険者ギルドの馬車だな。しかも貴賓用の特別製だ」


 すでにここは、ワシらの住処から件の森まで八割方まで近づいた辺りのはずだ。

 つまりは魔族の領域に接した危険地帯ということでもあり、たとえ冒険者ギルドでも無関係の者がこの先に用事があるとは思いにくい。


「見ろガラント、『銀閃』の紋章を立てているぞ」


 ザンデの言う通り、馬車の側面に一対立てられたたなびく旗に描かれているのは、銀色の剣と翼をモチーフにした紋章。

 間違いない。あの馬車には今回の指名依頼の主力、『銀閃』の一行が乗っている。


「確か、貴賓用馬車は王都のギルド本部専用ではなかったか?なぜ一パーティがそれに乗っているのだ?」


「実績と信用の賜物だろう。ワシらと違って、ギルドの依頼は絶対に断らないらしいからな」


 ビルレドとベグラが好き勝手に言い合っているが、それが奴らの一面に過ぎないことをワシは朧気に知っている。

 ギルドや王国民からの信頼厚いトップクラスの実力を持つ有名パーティ、しかしその裏では……


 ……いかんな、さっきから饒舌に喋りすぎたせいで、心の錠まで緩んできてしまっている。

 所詮は人族の問題、必要のない事柄には首を突っ込まないのが、ワシがこの数百年で学んだ人族との付き合い方だ。


 そんなことを考えているうちに馬車は道の脇に移動したワシらの横を通り、僅かもスピードを緩めることもないまま行ってしまった。


 その時、ワシに向けて一瞬だけ馬車の中から殺気が放たれた気がしたが、黙殺した。


 ……若造が。






 昔からその傾向はあったが、ワシらドワーフ族を人族寄りだと評価する者が最近特に増えてきたように思う。

 確かにワシ自身も鍛えた武具を人族に売るし、ビルレドとベグラなどは時折人族の冒険者に交じって行動を共にすることもあるようだから否定はしない。

 中には完全に人族の社会に溶け込み生活するドワーフもいるようだから、そんな俗説も意外と的を射ているのかもしれん。



 ガシャ ガシャ ガシャ ガシャ ガシャ ガシャ ガシャ ガシャ ガシャ 


 合流地点で待機していた冒険者ギルドから補給と状況説明を受け、リートノルドの街を飲みこんだという森へと足を踏み入れたワシらだったが、遅々として進まぬ金属音交じりの歩みと、退屈しのぎの会話が変わることはなかった。


「なあガラントよ、ギルドの者の説明ではワシらを含めた四つのパーティが同じタイミングで森に入るという話だったな」


 森の悪路と鎧のせいで振り向くのも億劫だが、この声はベグラだろう。


 ……さっき聞いたばかりの話を今蒸し返すのか?


「それがどうした」


「他の奴らはほとんどが人族、ワシら以外にドワーフ族はいないというではないか。ということはだ、ワシらだけが移動速度で圧倒的に後れを取ることになるのではないか?」


「む、それはいかん。いくらドワーフが足が遅いと言っても、それで他の種族に侮られるようなことだけは避けねば!」


 ……ベグラの言いたいことは途中から察していたが、ビルレドまで理解していなかったか。

 こいつら、人族と関わることを黙認すれば少しは奴らとの違いがわかると思って放置していたが、まるで学んでおらんではないか。


「そんなことは百も承知の上で依頼を受けた。もちろん移動速度の対策も考えてある」


「どうするというのだ?まさか、これ以上早く歩けというわけではあるまいな?」


「無理を言うなガラント。これ以上となるともはや走らねばならんではないか。いくらスタミナに自信のあるワシらでも、この上戦いとなると無茶以外の何物でもないぞ」


 バカな、ワシがそこまでの身の程知らずと思っているのか?


 どんな場合も、相手の動きに合わせていては勝てるものも勝てん。

 必要なのは、常に自分の得意な状況で勝負できるように頭を使うことなのだ。


「傾斜のきつい山や谷ならともかく、人族と同じ速度でこの森を移動することはできん。ならばワシらが採るべきは、短時間で長距離を移動する方法ではなく、長時間で長距離を移動する方法しかなかろう」


「どういうことだ?」 「なぞなぞか?」 「……」 「……やれやれ」


 疑問を口にするビルレドとベグラ、わけが分からずに口をつぐむジレ、そして古い付き合いゆえにワシの考えを読んで溜息をつくザンデ。


 四者四様の反応だが、この先そんな余裕も無くなるだろう苦行に全員で付き合ってもらうぞ。


「この先リートノルドの街に到着するまで一切の休息、睡眠はとらん。ワシらは不眠不休で、昼夜問わず、一切歩みを緩めることなく突き進む」






 ケヴィンのやつはワシに指名依頼の話を持ち掛けるまで、一番の問題である森の中の移動についてあれこれと知恵を絞っていたようだったが、ワシの考えを披露すると唖然としていた。

 どうやら頭の片隅にもなかった方法だったようだ。


 ドワーフ族の最大の特徴は何か。


 この問いに対して人族は、馬鹿力だの鍛冶の腕だの細工の見事さだの色々とあげつらうが、ワシの答えは明確に一つ、「無尽蔵のスタミナ」以外に存在しない。

 何十時間何百時間と重い鎚を振るい、熱い窯の側に居続け、緻密な細工を施せる集中力を保ち続けられるのは、その基本となる体力の賜物に過ぎん。

 もちろんワシらとて規則正しい一日を過ごせればそれに越したことはないが、必要とあらば不眠不休で動き続けられるだけの力を、大地神の加護によって得ている。

 その加護を最大限に発揮すれば他のパーティに後れを取ることはないと踏んで、ワシはケヴィンからの指名依頼を受けることにしたのだ。


 ……もっとも、ザンデたちに事前に話せば脱落者が出るかもしれんと思ってわざと黙っていたのも事実だがな。


 そんな強行軍が功を奏したのだろう。

 森に入って丸一日後には周囲に不穏な気配が漂う領域、つまりは敵が住み暮らす真の危険地帯に足を踏み入れることになった。


 キーキー バサササッ


 木々の隙間から聞こえてきたのはおそらく鳥人族の鳴き声。

 それに対して、地上の獣の殺気が体に突き刺さってこない。


 ……思ったよりも地上の気配が少ないな。主力は空の方か?


 ならば、特に警戒する必要は無いな。


 そう判断したワシは、一切歩みを緩めることなく森の中を進み続ける。

 ザンデ達四人も一切の言葉を発することなく続く。

 ワシの判断を信用していることもあるが、そもそも多少の敵の存在が真に敵足りえないと理解しているからだ。


 むしろワシらの行動に面食らって警戒心を強めたのは敵の方だろう。

 空から降り注いでいた殺気にはっきりと迷いが出ているのがここからでもわかる。


 ただ戸惑って手をこまねいていては埒が明かないと思ったのだろう、薄く広く空を覆っていた殺気がワシらの真上に殺到したかと思うと、十人ほどの鳥人族が地上目掛けて鋭い爪を持った鳥の足を構えて急降下してきた。


 カカカカカカカン!!


 ある者は爪を突き立て、ある者は鎧を切り裂き、ある者はなにかしらの魔法を使い、ある者は自慢の足と翼でワシを上空へ連れ去ろうとしたのだろう。

 そのすべてに明確な殺気がこもっていたのだから、少なくともこいつら鳥人族が本気で攻撃してきたのは間違いない。


「バ、バカな……」


 そしてそのすべてがワシが丹精込めて鍛え上げたフルプレートに阻まれて失敗し、ワシを浮かせようと必死に翼を動かして奮闘していた鳥人族もやがて諦めて空へと戻っていった。


 バカめ、そんな軽い攻撃ではワシの鎧に傷一つ付けられんぞ。

 いや、上空へ連れ去ろうという戦法は悪くなかったか。これがビルレドかベグラ、あるいは丸腰の状態のワシなら、戦う手間をとる必要があったかもしれん。


 ……ワシの作った武具も舐められたものだな。


 ザンデたちにも装備させてあるこれらの武具は、ドワーフ族だけが使うことを想定して一から設計した逸品ばかりだ。

 最大の特徴は何といってもその重量。物理、魔法、幻覚、あらゆる攻撃への対策を講じた装甲にした結果、人族を含めた他の種族では装備しても腕一本動かせない代物になってしまった。

 特にワシの装備は特別製だ。今のワシを宙に浮かせたければ、大型の騎獣を十体ほど連れて来い。話はそれからだ。






 とはいえ、自分達の住処を荒らされている鳥人族もさすがに諦めるわけにはいかなかったらしく、その後も奴らの弱点である視界の利かない夜間以外は散発的な襲撃をワシらに仕掛け、そのすべてが徒労に終わる作業を繰り返していた。

 後半の方になるとある程度は学習したらしく、フルプレートの弱点である顔などの装甲で覆われていない箇所を狙って攻撃してきたが、こちらがほんの少し動きを変えるだけで防げる程度の浅知恵だ。結局奴らがワシらの歩みを止めることは一度たりともなかった。


 そんな風に鳥人族のプライドを大いに傷つけたのが影響したのかもしれん。

 先頭を歩くワシの目にある光景が徐々に見えてきた。


「全員止まれ」


 その手前まで来たところでザンデたちにその場所である小さな谷間で停止を指示したのだが、ワシが言うまでもなく全員が停止、というより立ち止まらざるを得ない状況が目の前に広がっていた。


「ふむ、少しは知恵を絞ったではないか」 「……」


 ワシらの目の前、小さな谷を無数の岩や倒木が埋め尽くし、進路を完全にふさいでいた。


「これを登る、というのは……」 「よく見てみろバカ者、これだけ崩れやすい積み上げ方では、フル装備のワシらが登る先から崩壊していくぞ」


 ベグラの言う通り、乱雑に積み上げられた岩と木でできた小山は、これを運んできたと思われる鳥人族の十倍の重量はあるだろうワシらが登ろうとすれば、たちまち崩れ落ちてしまうだろう。


 なにより、


「やはり罠か」


 ザンデが言うまでもなく、足を止めたワシらの背後に次々と鳥人族が空から降りてくるのが見える。

 さすがのワシらも完全に足を止めた状況では無傷というわけにもいかん。


「どうするガラント。回り道をするか?」


「……いや、時間のロスはできるだけ避けたい」


 回り道をした結果他のパーティに後れを取って、ワシが冒険者として何らかの処罰をギルドから受けるだけならまだいい。

 だが、ワシにこの指名依頼を持ってきたケヴィンもまた処罰の対象になることは避けられぬであろう。


「この小山を壊すしかあるまい」


「……」 「む、出番か?」


 ワシの言葉に一歩踏み出したのは、戦槌を背負ったジレとベグラ。

 ハルバートを得物にしているザンデとビルレドも、やる気になってワシを見てきているが、悪いがその期待には応えてやれんな。


「それではやはり時間を取られる。ワシがやる。全員、物陰に隠れて防御態勢で待て」


 その後の一瞬に起きたのは、ザンデたち四人の信じられないという見開かれた眼差しと、ワシの本気を悟ってドワーフらしからぬ全力疾走で谷から脱出する、滑稽とすら言える姿。


「……さて、久々に使うで、不具合などなければいいが」


 そう呟きながら手に持ったのは、鎧の上から斜め掛けにしていた細身で長いチェイン。その一端には傷一つない小さな鉄球がつけられている。


「ミョルニル」


 ドワーフらしく詠唱は一言だけ、しかしその手の先に込めた魔力は膨大。

 そのワシの言葉に応えた鉄色のチェインが白く輝き、その本来の姿へと戻っていく。


 キーー! キーー!


 騒ぐだけで一向に襲ってこない鳥人族を無視したワシの前に現れたのは、この森の大木ほどはあるだろう長さのチェインと、それに付随した馬車の車輪ほどの直径の特大サイズの鉄球。


 そのチェインを無造作につかみ、重量も特大級の鉄球をゆっくりと振り回し始める。


 ォォン   ォオン   ウオォン  ヴオン ブオン! ブオン!!


 徐々に早さと威力を増していく鉄球を止められる者は、もはやワシ自身を含めて誰もいない。

 背後から恐怖に満ちた視線をいくつも感じながら、振り回す鉄球の速度が最高潮に達したと判断したワシは、目の前の岩と木でできた小山目掛けてそっと掴んでいたチェインを離した。


 ――ッガアアアアアアアアンッ!!


 凄まじい爆音と衝撃。

 さすがのワシも正面を見ていられる余裕はなく、左右の腕をクロスして顔面を保護する。

 その一瞬後に聞こえてきたのは、複数の哀れな犠牲者の断末魔。

 その原因は間違いなくワシが放った鉄球、長年の試行錯誤の末に己が武器と決めて作り上げたチェインハンマーであり、その威力に爆散した小山を構成していた岩や木の破片が、空中に留まっていた鳥人族の何人かを直撃したのだろう。

 十分に時間を取って顔面でクロスした腕を下げて辺りを見渡してみると、件の小山は一撃で吹き飛び、鳥人族は地面に墜ちた者たちを除いた全員がこの場から逃げ出していた。


 ……とりあえず障害は排除したが、少し無理をせねば予定の時間までにリートノルドの街まで行けんか……


「何をしている!!さっさと行くぞ」


 まったく、ザンデたちを呼び戻す時間すら惜しいというのに、いつまで物陰に隠れているのだ。


 これでは一人で来た方がマシだったか?

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