第23話 鉄鎖のガラント 前編 ※掲載順修正のため話数変更

 今日もワシは石の機嫌を確かめるべく、貯蔵庫に保管してある計十五個のそれを時間をかけてじっくりと観察する。

 そして今日もまたその時ではないと判断して貯蔵庫を守る総鋼のドアを閉め、自慢の錠をかけてさらに確認した上で、ようやく仲間の待つ食堂へと顔を出す。


「どうだガラント」


「まだだ」


「そうか」


 すでに朝食を準備し待っていたザンデと言葉を交わし、信奉する大地神に感謝を捧げて食事を開始する。

 言葉が少ないとよく人族の若造どもには苦情を言われるが、仲間の内ではこれで十分に伝わる。

 そもそも人族の方が無駄な美辞麗句を並べ立てる嫌いが有りすぎるのだ。ワシらドワーフのようにもっと行動で示すべきだと常々思うが、増長した今の人族に何を伝えても聞く耳を持つまい。

 最近急激にその数を増やし、中には少々見どころのある者もいるにはいるが、やはり寿命が短すぎるのが人族の欠点だ。

 短い生涯で得られたわずかな英知で、世界を征服したつもりなのだろうか?

 そんなものは仮初の栄華に過ぎんというのに……


「どうした?」


 そんなことを考えていたせいか、食事の手が止まっていたワシにザンデが声をかけてきた。


「考え事をしていただけだ。そういえば他の三人はどうした?」


「ジレは山の見回り、ビルレドとベグラは麓の街の冒険者ギルドでひと稼ぎだ。明日には戻ってくると言っていた」


「あまり人族に関わりすぎるなと言っておけ」


「わかった」


 そうザンデに忠告し朝食を片付けた後で、山の中腹にある洞穴を利用してワシ一人で作った住処すみか、その中にある工房の窯の火の様子を見ながら、ワシの噂を聞きつけてこの山にやって来た二人の同族のことを考える。


 確か一番の古株のザンデがなんとなく住み着いたのが百年前でジレが五十年、ビルレドとベグラはここに来てまだ二十年ほどだったか。まだまだ人族に興味津々の頃だな。ワシもそうだったからよくわかる。

 そして、遠からずその陰に隠れた恐ろしさを知ることになるのだろう。それを止める術も、ビルレドとベグラに何を言って聞かせても聞く耳を持たないだろう。……ワシもそうだったからよくわかる。

 それほどビルレドとベグラのような若者、そしてかつてのワシのような者には、人族の多様性が無限の可能性を秘めているようにこの目に映るものだ。

 ドワーフ族の考えも付かぬような道具の数々を生み出し、必要とあらば他の亜人魔族と手を結ぶことすら忌避しない。

 恥知らずと陰口をたたく者も少なくないが、僅かな期間とはいえこれほどの栄華を今の人族が誇っているのも事実なのだ。


 ……いや、かつてではなく、人族への憧憬の念は、今のワシも変わらぬのかもしれん。

 人族のおぞましい一面を知った今でも、未練たらしく人族の街の近くにこうして居を構え、故郷と王から距離を取って生きているのが何よりの証拠だろう。


 無論、ただの夢物語を追っているわけではない。

 多勢を誇る人族の労働力は、ワシらドワーフ族の何百倍もの速度で希少な素材を探し出し、馬車や船を駆使して短い日数で必要な場所に届けてくれる。

 そこで最高級の武具まで人族の手で作れればワシらドワーフ族はとっくの昔に滅んでいたのだろうが、幸か不幸かワシらの作る武具の性能に、人族のそれは遠く及んでいない。

 人族は素材の発見と流通、ワシらドワーフ族はそれらを利用して最高級の武具の製造。

 こうして人族とドワーフ族の利害は一致し、それ以来良好な関係が続いているのだ。


 コンコン


「ガラント、ジレが戻ってきたぞ」


「……わかった」


 ドア越しに知らせてきたザンデの声に我に返る。

 ……窯に宿る火は何日見ていても飽きないが、時折無駄な思考に陥ってしまうのが難点だな。

 どうせジレのことだ、見回りついでに魔物を狩って素材を持ち帰ったのだろうと当たりをつけ、窯の前に下ろしていた腰を上げた。






 翌日も、石の機嫌を確かめ、良ければ武具の制作を開始し、そうでなければいつもの暇つぶしにそれ以外の道具作りに精を出す。そんな一日になるかと思ったが、朝食の後を見計らったように人族の客が一人、ワシの住処に姿を見せた。


「お久しぶりですガラント」


「ふん、ようやくワシの呼び方を覚えたようだな、若造」


「敬称で呼ばれることを嫌うガラントにさん付けをして、屋根の上まで吹き飛ぶほどの威力で殴られたのはもう三十年も前のことですよ。私ももう五十を超えたんですから、その話を持ち出すのは止めてくださいよ」


「三十年など、ワシらにとってはついこの間の出来事だ。人族のことなど知らん」


 こうして居間で向かい合って話す人族の名はケヴィン。

 元冒険者で、それなりの腕と人望、そしてある功績を買われて、今は冒険者ギルドの幹部をしている男だ。

 そして、ワシが冒険者として動くときの唯一の窓口でもある。


「で、そろそろ私の後任のことについて考えてくれましたか?」


「……前にも言ったはずだ。ワシが認めた奴なら、話くらいはいつでもいくらでも聞いてやる。依頼を受けるかどうかは別だがな」


「それで私が連れてきた後輩を全部殴り飛ばしてるってことは、そんなつもりは毛頭ないってことじゃないですか。私ももう年なんですよ。いつまでも山を登る体力があるわけじゃないんですから」


「別にワシは困らん」


「ええそうでしょうとも。困るのは私、というより冒険者ギルドの方ですよ。ナイフ一本が国宝級とまで言われる《ガラントシリーズ》は、全ての冒険者、騎士の憧れの武器ですからね。ガラントとのつながりがなくなったら、冒険者ギルドの面目丸潰れですよ」


「それは人族の都合だな。ワシには関係ない」


「その理屈が分からないお偉方が多すぎるんですよ。……はあ、今でも思いますよ。その昔ガラントが気まぐれにくれた剣の切れ味を王族の前で自慢したりさえしなければ、私もギルド幹部に祭り上げられずにストレスの少ない人生を送れていたんだろうな、って」


「……」


 すっかりギルド幹部らしく苦労を背負い込んでいるように見えるケヴィンにそう言われると、いくらワシでも思うところが無いわけではない。

 なにしろ、ケヴィンが王族の前でワシが鍛え上げた剣を自慢せざるを得ない状況に陥った原因に、ワシが一枚噛んでいるからな。

 ケヴィンが生きている間は頼み事は聞いてやろうとあの時に大地神に誓って以来、この腐れ縁は続いている。


「それで今日は何の用だ?まさかこんな山奥くんだりまで世間話をしに来たわけでもあるまい」


「私としてはそんな理由で友人を訪ねたいんですけどね……あいにくとその通りです。王都のグランドマスター直々の指名依頼です」


 そう言ったケヴィンが懐から出した一通の封筒をすっとワシの方に差し出す。

 その封蝋は、過去に数度だけ見た冒険者ギルドグランドマスターの手紙だと証明するもので間違いない。

「少し待て」とケヴィンに手紙を読む時間を要求して封を切り、中の手紙を都合三度ほど読んで内容を脳裏に刻み込む。


「さすがにグランドマスターを名乗るだけのことはある。ワシらドワーフの扱いをよく心得ている」


「そこに書かれている内容と似たような手紙を、私もグランドマスターからいただきました。そして私が納得した時のみ、その手紙をガラントに渡すように手紙の文末に書かれていました」


 そう言ったケヴィンが、さらにもう一枚の紙を懐から取り出し、テーブルに広げた。

 そこに描かれていたのは一枚の地図。ほんの少し前まで魔族の領域に接していたとある街とその周辺を記したものだ。


「もともとこの辺り、リートノルドの街の先には、魔族の領域ということもあって、良質な鉱脈が手つかずの状態で埋蔵されていると言われていることは、ガラントも知っていると思います」


 ケヴィンの問いかけにワシは頷く。

 一時は、短期的に活動拠点をリートノルドに移して、依頼を受けながら素材を集めようかと検討したほどだ。ある程度の情報収集は行っていたから知っている。


「その後リートノルドの街が壊滅、その近くの森が謎の急拡大を起こしたことでガラントを含めた王国中の人々に多大な悪影響があったわけですが、どんな事態にも必ず良い面もあるものですね」


「それが、森の地下に眠る鉱脈の活性化か」


 手紙の内容を思い出しながら、そう答える。

 ドワーフ族の中でもそれなりに長生きしているワシでも数えるほどしか遭遇したことはないが、何らかの原因で急激に豊かになった土地の地下に極めて良質な鉱脈ができることがある。

 ワシらドワーフはそれを活性化と名付けているのだが、確かにリートノルドの街の状況はそれに当てはまる。

 冒険者ギルド、あるいはその背後に控える者たちがワシに話を持ち掛けるのも頷けるというものだ。


「だがケヴィン、一つだけ確認しておくぞ。ワシがこの依頼を受ける以上は、鉱脈以外には目もくれずに時には木を切り倒し、時には木々を焼き払い、時には地面を掘り返して鉱脈の在り処を探すことになる。もしその時に人族の邪魔が入るとしたら、その時はお前の体面など関係なく暴れ回ることになるぞ」


「その辺りは私を、そしてグランドマスターを信用してもらうしかないですね。そんな事態が起きないようにうまいことやっておきますので、ガラントは政治的なことは気にせずに存分にやってください」


「うむ」


 本人は謙遜するが、やはりギルド幹部になれたのはワシとのコネだけが理由ではないのはこの有能さを見れば明らかだ。

 ワシがケヴィン以外からの依頼を受けないのも、何も腐れ縁だけが理由ではないということでもある。


「では、明日にはここを発って元リートノルドの街がある森へ向かうことにする。採掘用の道具の運搬はギルドに任せるが、ワシらは徒歩で向かうからその分の馬車の手配は要らん。その他諸々の交渉や物資などの全てはお前にすべて任せる」


「はい、いつも通りにガラントたちの道中の手配はこっちでやっておきます。それで、他の方達への相談は……?」


「それもいつも通りだ。付いて来たい奴はそうすればいいし、残りたい奴を連れていくことはない」


「……少しは慣れましたが、実際に冒険者ギルドに登録しているのはガラント一人で、他の方達はただの協力者なんてパーティ構成、人族には考えられないやり方ですよ」


「別に意図して作ったわけではない。ワシも奴らも好きでやっているだけだ」


 冒険者登録しておいた方が素材集めで何かと便利だと思ったワシと、登録すれば指名依頼などで何かと煩わしい思いをするのを嫌った他の四人。それだけの違いなのだ。

 今山を下りているビルレドとベグラも、近くに出る魔物を狩って手に入れた素材を売りに行っているだけで、正式な冒険者として活動しているわけではない。

 もちろん本来はなにかしらの資格が無ければ売却などできないのだが、そこはワシの信用とケヴィンのコネで特例扱いになっている。

 それでもあの二人ほど安定して素材を卸す冒険者はそうそう居ないらしく、ギルドからは密かに感謝されているようだが。


「もちろん今回も、ザンデたちの分まで物資を用意しておきます。ですがガラント、一つだけ気を付けておいてください」


「この指名依頼に参加する、他の三つのパーティのことか?問題なかろう。森の四方から侵入するという策を採る以上、ワシらが途中でかち合うということはないはずだ。もっとも、リートノルドの街に到達した後なら面倒事になるかもしれんがな」


「それもありますけど、心配すべきはガラントを含めた今回のメンバーです。白鷲騎士団の第十六小隊、双頭の蛇、そして銀閃。いずれも王国中に名の通った実力者ばかりです。なにより四つのパーティから成るレイドに銀閃を加えるなんて、冒険者ギルド初の事態ですよ。この指名依頼には、ギルド幹部の私にも知らされない脅威がある、そう見るべきです」


 心配を通り越して、もはや脅すような文言を並べ立ててきたな。

 この男、ワシをリートノルドに行かせたいのか行かせたくないのか分からんではないか。


 ……いや、ワシの性格をよく知っているケヴィンのことだ、行かないという選択肢をワシが持っていないことを承知の上で、注意を促しているだけだろう。


「余計な心配をするな、若造。ワシを誰だと思っている」


「いやははは。ガラントには遠く及びませんが、私も立派な年寄りになった証でしょうね。精々街で無事の帰還を願っていますよ、鉄鎖のガラント。おっと、これも要らぬ心配でしたか」


「いや、せっかくの友の言葉だ。有り難く受け取っておくとしよう」


 さて、久々の冒険者としての活動だ。


 いつぞやのように、一帯の地面全てを掘り返すような真似だけはしない程度に張り切るとするか。

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