第32話 なるほど、敵ですね
一月前に朴人の手によって捕虜となり、説得?の末にフランの配下となった合計三組の冒険者たちだったが、新たな生活を始めるに当たって一つの大きな問題があった。
永眠の森の「どこ」に住むかである。
冒険者たちも把握している通り、永眠の森の大部分は、魔物が跳梁跋扈するという人里に慣れた者にとっては厳しすぎる環境か、あるいは人族によって土地を追われた亜人魔族の集落か、そのどちらかしかない。
当然前者は論外だが、後者にしても、故郷を滅ぼした憎き人族(一部違うが)な上にやっと得た安息の地を奪おうとする悪逆非道の侵略者、という亜人魔族の怒りと憎しみの感情は決して偏ったものとは言えない。
そのことに朴人が眠りについたあとでようやく気づいたフランが悩みに悩みぬいて考えた案が、今のところ朴人とフラン以外に立ち入りを許していない元リートノルドの街改め『市街地』(命名フラン)の無数にある空き家に住ませるというものだった。
どの道、市街地の点検整備を担ってもらうつもりで自分の眷属にしたのだ。フランにとっては一石二鳥の名案だった。
とはいえ、朴人が主に生活圏にしている中央広場付近など、どこでも好き勝手に動き回られるわけにはいかない。
そこでフランは、すでに亜人魔族の役場兼本陣的な使われ方をしている北門前広場以外、東西南の三方向いずれかの門の付近に住むように冒険者たちに命じた。
フランとしては、これで冒険者同士の共同生活で親睦を深めてくれればいいな、くらいの軽い気持ちで彼らの好きに家を選ばせたのだが、その目論見は見事に外れ、『銀閃』の四人は東、『双頭の蛇』のラルフとサティは西、鉄鎖のガラントは南と、ものの見事に離れた場所に居を構えてしまった。
本来なら、ある程度気心の知れた冒険者同士で近くに住んで助け合うべきなのだろうが、もちろん彼らには彼らなりのそうせざるを得ない理由がある。
「プライド、ですか」
「なぜお互いの住む場所を離したのですか?」と、目的地に着くまでの暇つぶし程度の感じで、言うほど関心のなさそうな声色で質問した朴人に対して、クルスが答えた一言がそれだった。
「勘違いしないでくれよ。今更ボクト様の配下が嫌だとか、人族なのに眷属になるのが違和感があるとか、そういう愚痴みたいな話じゃないんだ。全滅したっていう白鷲騎士団の連中はどうだか知らないが、俺もガラントの旦那も『双頭の蛇』の二人も、それなりに名を知られる冒険者だった。場数もそれなりに踏んできたし、依頼のヤバさを嗅ぎ分ける感覚も持ってる。だからこの森を攻略する依頼も俺達ならこなせると思って引き受けた。多分、ガラントの旦那も『双頭の蛇』もそうだったはずだ」
「でも失敗したのなら、大したことなかったのでは?」
「そうだな、俺もそう思う」
敗者に鞭打つような朴人の辛らつな言葉だったが、クルスに感情の揺れが起きた様子はなかったし、後ろを歩く仲間の三人も口を開いたりはしなかった。
理由の半分はこの一月の間にフランが何度も開いた「朴人取り扱い説明会」の賜物、そしてもう半分は、どんな残酷な事実も受け入れて糧にする術を身に付けている『銀閃』のリーダー、クルスだったからだ。
「未だにどうしてこうなったのか腑に落ちてない部分はあるけど、俺達は冒険者として負けた。そして冒険者らしく、人族の敵に回ることを覚悟して生き残る道を選んだ。それは全員納得してる。だけど、四人全員が無傷で済んだ俺達と違って、ガラントの旦那と『双頭の蛇』の二人は仲間を失ってるからな」
「私が彼らの仲間を殺さない方が良かったということですか?」
「だから愚痴じゃないって言ったろ?これから殺し合いを演じようって相手に情けを期待するくらいなら冒険者なんてやるもんじゃないし、そもそも言えた義理じゃない。だからあくまで『俺達』の間の問題なのさ。生き残るために人族の裏切り者になることは納得した。でも、同じ傷を負った者同士で傷を舐め合うのは死んでいった仲間に義理が立たない、ってところだろうさ」
「ふーん、そんなものですか」
「まあ、仲間全員がばっちり生き残ってる俺が言えるのは、推測以外の何物でもないけどな。その辺、ボクト様と立ち位置的に差はないよ。俺ができるのは、精々三人の気持ちの整理がつくまで適度な距離を保ってやることくらいかな」
「なるほど、『銀閃』も含めて、それぞれに事情があることだけは理解しました」
「気持ちは理解できないか」と、諦め半分納得半分の口調でそう答えたクルス。
そんな会話を続けているうちに一行は『市街地』の東門前の一つの建物に辿り着いた。
「ここだ、ボクト様。ここに、俺達が始末した『漆黒の針』の小隊の死体を置いてある」
「すでにあなた達で調べたのですから」と、自ら死体の検分をせずにガラントを待つことにした朴人が南門広場に設置されたベンチで『銀閃』の四人と(正確にはクルスの話を聞き流しながら)しばらく待っていると、精霊らしく道沿いにフラフラと低空飛行してくるフランと、彼女に抱えられたガラントがやって来た。
「遅かったですねフラン。待ちくたびれて、ここで一眠りしてしまおうかと思ってましたよ」
「ゼエ、ゼエ……そ、それは、申し訳、ありません、ボクト様、ゼエ、ゼエ……」
「……フランチェスカ様。御身の力で素早く運んでいただいたことには感謝申し上げたいが、一つだけ言わせてくれ。いくらワシとて、あの高さから落とされたら確実に死ぬ。もし、次の機会があるのなら、確実に改善していただきたい」
朴人の眷属となって強大な魔力を手に入れたフランだが、精霊族という出自には変わりがない。その基礎能力は、こと体力筋力に関して全種族屈指の低さを誇っていて、たとえば精霊族の飛行能力を輸送に利用しようなんて発想に至らないほどである。
だが、朴人の命令とあらばフランはそれをやる。どんなに非合理的であっても絶対にやる。
まあ、いざとなれば非力を補って余りある魔力で何とかすればいいのだが、高高度を飛行中に腕が疲れて思わずガラントを取り落として地面に激突する寸前まで気づかなかったのは、ある意味フランらしいのだが。
もちろん、朴人には知る由もないことだし、この先も知ろうとすらしないだろう。
「それで、ワシに見てほしいものとはなんだ?」
「こっちだ、ガラントの旦那」
そう声をかけて歩き出すクルスとそれに従うガラントの間で一瞬視線が交錯するが、特に感情の色も気まずい雰囲気も見られない。
だが、その平静を保とうとする空気そのものが、逆に不自然さを朴人以外の全員に感じさせ、唯一フランだけが心の中で溜息をついた。
再びさっきの建物まで来た一行の先頭にいたクルスが扉を開けて中に入る。
あとに続くのは、ガラント、朴人、フランの三人。どうやら『銀閃』の残り三人は外で待つように事前に話していたようだ。
そして、その建物の奥、居間と思われる一室は元々あったと思われるテーブルや椅子が隅に片づけられ、その代わりに大きな麻袋に入った何かが四つ、床に転がっていた。
「じゃあ開けるぞ、ガラントの旦那。多分ショックを受けると思うけど、いまのところ旦那の情報だけが頼りなんだ。こればっかりは直に見てもらわないとならない」
「皆まで言うな、若造。ボクト様同席の上、こんな遠くまでワシを呼び出した時点でおおよその見当はついとる。早く見せろ」
「わかった」
ガラントの言葉に迷いなく答えたクルスが麻袋を次々と取り去り、中に収納されていた四つの黒ずくめの鎧のドワーフの死体を晒した。
血の気を失ってもはや動かない同族だったモノを見て一瞬眉を動かしたガラントだったが、宣言通りそれ以上動揺を見せることなく、一つ一つ丁寧に四つの死体を調べ始めた。
やがて一通りの調べを済ませたらしく、ゆっくりと立ち上がったガラントは言った。
「……まず、正直言って驚いた」
「……やっぱり、一人くらい生かしといた方が良かったか?」
朴人の方を一瞥して自分が適役だと思ったクルスが、改めてガラントに質問した。
「そんな生易しい真似ができる相手ではなかったことくらい、実際に戦った貴様が一番よく知っておるだろう、若造。『漆黒の針』は隠密部隊だが、同時に王の影警護を務める戦士の中の戦士でもある。いかに『銀閃』だろうと殺すことすら容易ではない。それが、こいつらの致命傷はただ一つだけ。他にはほとんど傷がない。はっきり言って、どういう戦い方をすればここまで『漆黒の針』を圧倒できるのか知りたいくらいだ」
「まあ、余裕な相手じゃなかった、とだけ言っておくよ」
あくまで戦闘に関してはボカシて言うクルスに、ガラントも追い打ちをかけたりはしない。
冒険者にとって本気の戦い方を同業者に知られるということは、時に命取りになることもあるからだ。
「ワシが驚いたのはそこではない。この黒い鎧は、ドワーフ族の希少な鉱石と技術の粋を集めて作られた特別製。その最大の特徴は仕込まれた持続型魔法により、装着者のあらゆる気配を消し、一切の光を反射しない装甲は昼間のわずかな影にすら溶け込んでその姿を消せる。しかも、『漆黒の針』の活動は夜に限定されておるはずだ」
「……確かに、鎧の機能には驚いた。はっきり言って、地形によっては俺達の方が死体になるかもしれないという思いが戦いの最中によぎったほどだったよ」
「ならばどうやってこいつらを倒した?この鎧の開発には、ワシも昔一枚噛んどる。鎧に弱点があるとすれば開発者の一人として見過ごせん」
ガラントの鍛冶師としてのその問いは呼び出された役割を逸脱するものだったが、朴人は特に咎めない。
ここで話の腰を折って中断させるより、ある程度は好きに喋らせた方が結果的にスムーズに進むと思ったからだろう。
――ただ面倒だったからという可能性も捨てがたいが。
「そりゃ違う。鎧の能力は完璧だった。それは戦った俺が請け負う。お粗末だったのは、それを着たドワーフの方さ、ガラントの旦那」
「バカな、こ奴らは本物の『漆黒の針』だ。筋肉の付き方を見れば一目でわかる。それをお粗末だと?」
「繰り返すが、鎧の機能は完璧だった。鎧からは金属音は聞こえなかったし、それを着たドワーフの姿も見えなかった。だけどな、夜の森のさざめきの中でわずかに、こいつらの足音と痕跡が俺達に位置を知らせちまった。それがこいつらの敗因さ」
「……鎧には装着者の足跡を極力軽減する機能も備わっとるし、『漆黒の針』の戦士は例外なく厳しい訓練が課される。その『漆黒の針』の動きがお粗末だと……?」
ガラントにはとてもそんな風には思えなかったし、クルスに反論の一つでもぶつけてやろうと思って――目の前の人族の若者のある噂を思い出して、止めた。
『銀閃』のリーダーの自己評価は病的なほどに低い。
たとえ冒険者の頂点たるS級冒険者になろうとも、ギルド本部のグランドマスターから特別扱いを受けようとも、彼は絶対に自分の正当な価値を認めようとしないし、仲間に関してもそうだ。
これ以上は堂々巡りにしかならないと思ったところで、ようやくガラントはここに呼び出された本来の理由を思い出し、話を戻した。
「とにかく、ほぼ完璧な形で死体を保存できたのは称賛するしかない。『漆黒の針』は基本的に真っ当な戦いは好まん。普通は見つかった時点で逃げるか、鎧の機能を使って周りを巻き込んで自爆するかの二つに一つだ。そして、こいつらが永眠の森に現れたというだけで、一つの結論を出すことができる」
「一つの結論、ですか?」
その言葉を待っていたのだろう、この建物に入ってから初めて、朴人が口を開いた。
「私が知りたいのはただ一つだけ。このドワーフ達がどういうつもりで森に入ってきたのか、そこに誰かの意志があるのか、それだけです」
「そう。ワシがこれから言う結論はまさにそれだ。この若造もある程度予想がついておったようだが、確かに断言できるのは、かつてドワーフ王国で戦士を経験し、王の側近になったこともあったワシにしかこの場にはおるまい」
「じゃあ旦那、やっぱり……」
「うむ。おそらくはザンデの奴が死にぞこない、その証言がドワーフ王の耳に入ったのだろう。そして偵察、あるいは暗殺を命じて『漆黒の針』を動かした」
「ガラントさん、その暗殺の対象ってだれなんですか?」
「それはもちろん、ザンデを含めたワシらと対峙したボクト様以外に考えられん。とはいえ、ドワーフ王国もまだこちらの情報を大してつかんでおらんだろうし、どこまで本気かはわからぬ。だが『漆黒の針』を動かした以上、永眠の森に対してはっきりと敵意を剥き出しにしたことだけは間違いない」
そこで朴人が放った一言、そこにどんな感情が込められていたのか、フランも含めてその場にいた誰も察することができなかった。
どう見ても「なぞなぞを出されて考えていたところに出題者から答えを言われて納得した」程度の気安さしか感じ取れなかったからだ。
「なるほど、敵ですね」
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