第54話 クルスは一石二鳥の意味が分からなかった

「魔王だと!?マ、マルスニウス様、このようなホラを吹く者を陛下に謁見させるなど、正気の沙汰ではないぞ!衛兵、マルスニウス様はお疲れのご様子、即刻下がらせよ!」


「待ってもらおうか侍従長殿、御言葉を返すようだが、あの禍々しいオーラを放つ頭部の角は明らかな魔王の証。対魔族研究にかけては第一級と誰もが認める、冒険者ギルドのグランドマスターの名に懸けて断言する」


「そのグランドマスターに乱心の疑いがあると言っておるのだ!ええいもはや問答無用、誰か、あの者達を即刻追い出せ!」


 ……やれやれ、グランドマスターの顔を立てるために一応任せてはみたけど、やっぱりこうなるか。

 まあ当然だけどな。いくらグランドマスターの言葉とはいえ、たった一人の証言で信じてもらえるわけがない。

 だって魔王だぜ?そこらの兄ちゃんに恐怖の象徴って?って聞いたら十中八九魔王って答えるくらいの存在だぜ?

 そんな魔王が人族の王様の眼前に現れたって事実を受け入れられないのは、当然の反応過ぎてあくびが出てくるくらいだ。


 おっと、そうこうしているうちに、我らが魔王様の機嫌が悪くなってきた。


 ちらりとランディ、ミーシャ、マーティンの方を見て、心の準備はOKか確認。

 万が一の時にはボクト様を抱えて王都から脱出せにゃならんからな。グランドマスターは……まあ、元とはいえ王族だし、最悪処刑ってことにはならんだろうからいいか。

 あのおっさんだってやり手だからな、洗脳されていたとかなんとか理由をでっち上げてうまく切り抜けるだろうさ。


 頼もしい三人の仲間から諾とアイコンタクトをもらった俺は、侍従長と問答しながら冷や汗を掻き始めたグランドマスターを助けるために動き出す。


 せっかく覚悟決めて俺達のてさ……味方になってくれたんだ、俺も一肌脱がないとな。






 話は数日前、断崖絶壁の峡谷に一瞬にして橋を架けたボクト様の力を見せつけた直後に遡る。


 しばらく絶句したままのグランドマスターだったが、やがてある程度は頭の中の整理がついたらしく、橋の方を見ながらおもむろに口を開いた。


「……魔王であるかどうかはともかく、そこの男がお前達『銀閃』でも歯が立たない相手だということは理解した。そして、こうしてノコノコとお前達の前に姿を見せた時点で、俺の命が風前の灯火だとってこともな」


「ん?やけにあっさり認めるんですね。ひょっとして実はまだ半信半疑だったりします?なんなら、ボクト様に『魔王の角』を見せてもらいます?」


 喋ってくれたのはありがたいが、はっきり言ってグランドマスターらしくない言葉だ。

 これだけの驚天動地の現象だ、以前の俺ならまずは幻惑魔法を疑う。それはグランドマスターだって同じ意見のはずだ。

 ややヤケクソ気味な口調とはいえ、交渉こそが本分の冒険者ギルドのトップにしては、肩透かしもいいところだ。


「……冒険者ギルドの幹部以上には、幻惑魔法などの対精神干渉系魔法の魔道具を体内に埋め込んであるんだ。グランドマスターともなれば万が一にも洗脳されるわけにもいかんからな、平幹部なんかとは桁違いの質と数の魔道具が全身に施されているのさ」


「……当然、その中にはこの場から脱出するための手段もあるんでしょうね」


「そんなくだらないことを聞くなよ、クルス。そこの魔導士の嬢ちゃんがずっと俺の魔道具が発動した時のために無効化しようと身構えているのはわかってんだ。しかも、その嬢ちゃんに万が一のことがないように、槍使いの護衛まで付けてある。さすがだよ『銀閃』。まさに、アリの這い出る隙もない、ってやつだ」


「いや、当然の用心でしょう」


 普段なら同行させてるはずのグランドマスターの護衛がこの場に居ないのは、別に不思議なことじゃない。

 ギルドの人間にすら秘密でここに来るためには、部下の手を経る必要がある護衛の手配ができるはずがない。おそらく貴賓用馬車の御者を手配するだけでも相当苦労したはずだ。

 だが、一見乱暴な言動の多いように見えて、実は今の言葉のように責任感の強いグランドマスターが、ただ『銀閃』生還の知らせに目がくらんで何の用心もしていないとは考えにくかった。

 そして、そんな俺の考えは以心伝心三人の仲間にも伝わり、何でもない風を装いながらゆっくりとグランドマスターを囲むように移動した、それだけのことだ。


「その当然の用心を相手に気づかせることなく実行できる冒険者が、どれだけ貴重だと思ってやがるんだ、まったくよ。でだ、お前ら、俺に何をさせたいんだ?」


 どうやら腹をくくったらしいグランドマスターの鋭い眼光が俺に突き刺さってくる。

 絶体絶命の状況でもその眼ができるアンタの方が凄いよ、という言葉を辛うじて飲みこむ。


「言った通りですよ。サーヴェンデルト王国国王、ヨグンゼルト三世に、ボクト様がリートノルドの街の正当な主だと認めさせたいんです。子爵家の家督云々はその方便ですね」


「……いやいやいや、待て待て待て。突っ込みどころが多すぎて理解しきれんが、まさか魔王を人族の貴族にしろと言ってるのか?いくら何でもそんな無茶が通るわけねえだろうが」


「別にそんなことは一言も言ってないですよ。だって、ボクト様の人族の擬態、完璧だったでしょう?」


「うっ……」


 俺に論破されて絶句しているグランドマスターには悪いが、俺もボクト様をリートノルド子爵の腹違いの弟に据える方法は悪手だと思ってる。

 だって、貴族の礼儀作法どころか人族としてまともな受け答えすらできるか怪しいボクト様なんだぜ?不安を覚えない方がどうかしてるんだが、他に適任がいなかったんだ、しょうがないじゃないか。

 俺達冒険者組はギルドを始めとした方々に面が割れている。変装すればその場は誤魔化せるかもしれんが、なにしろ貴族の後継者をでっち上げようって話だ、万が一正体がバレたらごめんなさいで済む話じゃあない。

 永眠の森に住む亜人魔族は……言うまでもないよな。

 中にはエルフやドワーフとかの比較的人族に近い種族もいるが、百歩譲ってリートノルド子爵に亜人の隠し子がいたとしても、それを貴族として認めてくれというのは要求として無茶が過ぎるってもんだ。


 まあ、ごちゃごちゃと理由を並べ立てた結果、外見だけは完璧に人族に擬態できるボクト様が消去法で選ばれたってわけだ。

 といっても、実は重要な理由はもう一つある。

 ある意味では本物の後継者を擁立するよりも難しい問題なんだが、その点ボクト様なら何の心配もいらないんだよな。

 逆に、やりすぎないかどうかの心配の方が肝心だったりして……


「そもそも貴族なんて、血筋がどうこう、本物か偽物かっていうよりも、周りに認められてなんぼの世界でしょう。極論を言えば、国王陛下さえ認めてしまえばリートノルド子爵を名乗ること自体は可能じゃないですか」


「クルスお前……そりゃ本当の極論じゃねえか。……まあ、そう言う例が無かったと言い切れないところが、王族の端くれとしてつらいところなんだけどな」


 苦笑しながらそう言うグランドマスターだったが、一度言葉を切った途端にその表情が引き締まった。


「お前らの要求、引き受けてやってもいい。だが、二つほど聞いておかんといかんことがある」


 ……うーん、どうにも目に険がありすぎるな。

 このおっさん、いったい何を聞くつもりか知らんが、俺の返答次第じゃ交渉決裂させる気満々だな。

 こんなことになるなら、事前に人質の一つや二つ取っておくべきだったか……いや、それはそれで感づかれて王都から出てこなくなる可能性大だな。


 ……はあ、とりあえず聞いてみるか。案ずるより産むが易しとも言うしな。


「なんでしょう?俺がわかる範囲なら何でも答えますけど」


「まず一つ、リートノルド子爵の後継者に名乗りを上げたんだ、当然、アレは持ってきてるよな?」


「当然、持ってきてますよ」


 はあ、心配して損した。


 と思いながら、俺は首から提げていた紐を服の内側から引っ張り出し、その先についていた小袋からソレを取り出した。


「これのことでしょう?色、材質、形状、あの時聞いてたものと一致するはずです」


「……まだ協定は結ばれてないからな。じかに触るのは遠慮するが、ほぼ間違いない、確かにリートノルド子爵家当主の証の印章だ」


 こっちもほぼ確信はしていたが、この手の中にある印章にグランドマスターのお墨付きをもらって、ちょっとホッとする。


「しかし、その印章は亜人魔族にも簡単に見つけられない場所に隠してあったはずだ。一体どうやって見つけ出したんだ?」


「これを探し出した時点では、まだボクト様に遭遇してなかったんでね。普通にリートノルドの街に入って、普通に探しましたよ」


「……なるほどな、やはり俺の人選は間違ってなかったってことだ。もっとも、あの森の戦力評価を大きく見誤っていた以上、やはり冒険者ギルドは取り返しのつかない失態を演じたのは間違いないか……」


 いや、あんなもの、誰がどんな予測を立てようが的中させられたもんじゃないって。

 という言葉は飲みこんでおく。下手な追従を言える空気じゃないし、今の俺の立場的にも言っちゃいけないセリフの一つだろうからな。


 とにかく、話を進めよう。


「で、もう一つの聞きたいことってのは?」


「まあ、一つ目の方は前置き、というかこっちの大本命に比べたらさっきのはおまけ程度の価値しかないんだがな」


 俺達の苦労の結晶である印章をおまけ扱いとは、ずいぶんな言い草だ。


 だけどそれだけに、グランドマスターが二つ目の質問としてなにを言おうとしているのか、予測がついてしまった。

 貴族の家督問題より大事な質問、それはつまり、


「クルス、お前らはいったいどこまでやるつもりなんだ?いや、単刀直入に聞こう、まさか陛下を害するつもりじゃねえだろうな?」


 ……二つ目に関してもそこまで気にする必要はなかったかもな。


「一応俺もその答えは知ってるんですけど、ここは本人の口から直接聞いた方がいいでしょうね。ボクト様、そういうことらしいですよ」


 グランドマスターにそう応じた俺は、峡谷と空の境目のの断崖絶壁に足を下ろしてぶらぶらさせているボクト様に声をかけた。


 ていうか危ないな、あんなことして落ちたらどうする気……いや、案外平気の平左で普通に登って帰ってくるかもしれん。


「んーーー、どうしましょうかね。最低限、王国の形さえ残っていればいいんですけど……」


 そんな俺の杞憂かもしれない心配をよそに俺の言葉でこっちに顔を向けたボクト様は、何か考える素振りを見せた。


 ……いやあれ、素振りっていうか、まさに今この瞬間、王国をどうしようか考えてるんじゃないか?


 どうする?何か言って思考誘導するべきか?それで街一つ、下手をしたら国一つの運命が決まるかもしれないのに?

 無理無理、そんな責任、俺には負えないって。


 そんな俺と同意見だったかどうかは知らないが、横にいるグランドマスターも滝のような汗を額から流しながら、じっとボクト様を見守っていた。


「……決めました。やっぱり王様と住民がいてこその王国ですよね。だから王宮と市街地は丸ごと残します」


 ボクト様のその言葉に、グランドマスターが明らかにほっとした顔を見せた。

 ……まあ、俺もなんだけどね。

 いくら魔王の手先になったって言ったって、別に人族に恨みがあるわけじゃないから、古巣が破壊されないと知って安心しないわけがない。


 ……その次のボクト様の言葉は、ある意味で前言とのギャップが凄すぎたんだがな。


「だから、それ以外の施設、王都の軍事拠点を徹底的に潰しましょう。森へのちょっかいをやめさせられて、私の目標も達成できる。一石二鳥ですね」


 もちろん俺には何が一石二鳥なのか、この時も事が終わった後も、全く意味が分からなかった。

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