第30話 魔王だって広めないといけないらしいです

「ふっふっふ、今日こそはノーダメージで切り抜けてみせるぞ。さあ来い!どんな攻撃も僕は避け切ってみせ足いいいいぃ!?」


 ドゴォ ゴロゴロゴロゴロゴロゴロ


「うーん、……おや、誰かと思えばあなたでしたか。今、無粋にも無理やり起こそうという輩が近くにいた気がしたのですが、どうやら気のせいだったようですね。いや、夢のせいだったというべきですか」


「ごふっ、や、やるじゃないか朴人君。まさか足技で攻めてくるとは、一本取られたよガク」


「バカなこと言ってないで、さっさと用件を言って、さっさと出て行ってくださいよ。起きてたら起きてたらで面倒なことがあるんですから、寝てる間くらいゆっくりさせてくださいよ」


「君ねえ……僕に会いたいというだけで、人魔貴賤問わず一体どれほどの数の事件が起きたと思って……」


「そうだ、今度から私が起きている間に出てきてくださいよ。私が寝ている間にこうして出てきてるんですから、その逆もできるはずですよね?」


「ダメだから!!それだけはたとえ天地がひっくり返ってもダメだから!!僕が降臨したってだけで世界がどうなっちゃうか分からないんだよ!下手したら今の文明が滅びちゃうからね!朴人君も僕と会っている最中のことを下界でバラしちゃだめだからね!頼んだよ本当に!」


「はあ、別に秘密にしろと言うならそうしますけど。それなら私の前に二度と姿を現さないとか、私の記憶を消すとかすればいいじゃないですか?」


「おっと!それはできないね。朴人君が下界を引っ掻き回す様子を見るのはもはや僕の趣味になってるし、君の記憶を消したらそのことについて語り合えないじゃないか。そんな勿体ないことするわけないよ」


「じゃあとっととその趣味とやらを済ませてくださいよ」


「わかったわかった、僕も君に嫌われたいわけじゃないしね。――でだ、ちょっといい感じじゃないか。君の魔王軍」


「そうですか?私は特に何もやってないですけど」


「魔王っていうのは本来そういうものだよ。『君臨すれども統治せず』ってやつさ。朴人君が力を示せば、その恩恵にあやかろうと有象無象がわんさと寄ってくる。後はその中から適当な奴を眷属にして治めさせればいいよ」


「まあ、私にはもうフランがいますからどうでもいいですけど。ちなみに、その眷属が統治に失敗したらどうなるんですか?天罰とか下るんですか?」


「まさか!下界そのものがどうにかなるならともかく、たかだかその程度で僕も他の連中も干渉したりしないよ。それに、これまでの魔王のほとんどだって大して気にも留めてなかったよ。首を挿げ替えるも、そのまま統治させるも魔王の自由さ」


「はあ、そんなものですか」


「その点、朴人君のところは面白いよ。亜人魔族の種族を一切問わずに受け入れてるところも珍しいけど、まさか人族を領地内に住ませるとはね」


「そんなに珍しいですか?」


「これまでも人族を配下にした魔王は何人かいたけど、みんな人族へのスパイとかゲリラ目的ばっかりだったからね。しかも朴人君が配下にしたのは、人族でも優秀な冒険者たちだ。彼らを利用するどころか家を与えただけでそのまま放置なんて魔王は前代未聞だよ」


「その辺はフランが考えていることですから、私には分かりませんよ」


「その眷属君もかなり特殊な例だよ。下級精霊が眷属化で一気に公爵級魔族だもん。これは、朴人君との魔力の繋がりが他に類を見ないほど強いせいだから、これも他の魔王じゃ模倣できないと思うよ。そんな眷属君だから、よけいに朴人君の意向を尊重して、自分の眷属にした人族にも無茶な命令はしないのさ」


「はあ」


「だけど一点、ちょっともったいないところがあるね。朴人君さ、せっかく僕が前回あげた魔王の証を活用してないじゃないか」


「ああ、そんなこともありましたね。今の今まで忘れてましたけど」


「だろうと思ったよ。眷属君は有効に活用してくれているのにさ。だから、今回だけ特別にちょっと介入させてもらうよ――ああ、朴人君の生活に大した影響はないから安心していいよ」


「嫌です、お断りします」


「ダメだね。君には好き勝手してもいいとは言ったけど、どんな形でもいいから僕達の威光を下界の愚民どもに知らしめる役割だけは全うしてもらわなきゃ困る。これは、朴人君へのちょっとしたペナルティだと思ってくれても構わないよ」


「……まあ、私の睡眠に影響がないというならお受けしますよ」


「おや、珍しく素直だね。てっきり、もうちょっと抵抗するか暴力に訴えるかしてくるかと思ったよ。あ、ちなみにその辺の行動自体を制限することもないから、安心して反逆してくれていいよ」


「いやしませんよそんな面倒なこと。それに、さらにペナルティを課されて睡眠時間がもっと削られるのが一番嫌ですし」


「うんうん、朴人君らしい回答で僕は満足だよ。もっとも、どんな場合でもペナルティなんて課すつもりはないけどね。それくらい、朴人君の行動観察を僕は気に入っているのさ」


「気持ちが悪いですね。さっさと私の夢から出て行ってくれませんか」


「ははははははははは!!いいとも!今回も十分に楽しめたし、そろそろ朴人君の眷属君たちがやって来る頃だ。朴人君の願い通りにしてあげようじゃないか。それじゃ朴人君、ドワーフ王国との戦争を楽しみにしているよ――」






「――ボクト様!ボクトさ……ひっ!?」


「……ん、んう……なんですかフラン。あれほど静かに起こしてくれと言っておいたのに、相変わらず騒がしいですね」


「ボ、ボボボーボボクト様。それは……」


「なんですかフラン、私の顔に何かついてますか?」


「いえ、私はなんとなくというか、ある程度は覚悟していたというか、でも知らずに済むなら一生知らずに済ませたかったというか、やっぱり実際にこの目で見るとなるとそれなりに覚悟がいるといいますか……」


「回りくどいフランですね。別に何を言われても怒りませんから言ってください。寝ぐせですか、目ヤニですか、それともフランと私が入れ替わってたりするんですか?」


「最後のは何なんですか……私の目にはちゃんとボクト様に見えてますけど……じゃなくて!角です角!!」


「つの?」


 そう言われて初めて、いつもよりも重い頭部に違和感を覚えた朴人。なぜか首が前の方に引っ張られるというか、何かが前髪を掻き分けているとかそんな感じだ。


 なので、とりあえず頬のあたりからぺたぺたと手さぐりに触ってみる。


 違和感の正体は割とすぐに分かった。

 額の辺りの二か所からねじくれた突起物が生えていたのだ。


 カン カランカラン


「…………魔王の角」


 そう呟いたのは朴人でもなければフランでもなく、元リートノルドの街への立ち入りを許されている数少ない者たち、顔面蒼白の四人組S級冒険者パーティ、『銀閃』の面々だった。

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