第60話 まずは魔導派で

「一刻も早く眠りにつけるように、効率よく行きたいですね」


 永眠の魔王朴人の唯一無二の願望を叶えるために『銀閃』の四人が練った計画は、まさに用意周到を極めていた。


 その結果、サーヴェンデルト王国国王、ヨグンゼルト三世の黙認を見事取り付けたが、彼らの暗躍はそれだけにとどまらない。

 時間を有効的に活用するために、協力者に仕立て上げた冒険者ギルドのグランドマスターに更なる小細工を依頼していた。


「……まあ、これまでの無茶ぶりに比べたら大したことはないがな」


 そうグランドマスターが言った通り、依頼された小細工とは彼にとっては十八番と言うべき得意技、噂の流布だった。


 と言っても、騎士派と魔導派の争いを止めようとか、逆に煽ろうとかそんな大それた情報操作ではない。

『銀閃』のリーダー、クルスが頼んだのは、


「どうやら永眠の森の魔族達が大規模な反攻を企てているらしい」


 という、王都の人間では確かめようもないデマ同然の噂だった。


 ただ一つだけ単なる噂と違った点があるとすれば、流布された範囲が大商人や貴族といった上流階級に限定されたことだろう。


 下々の民の噂など知る価値もないが、仲間内で流れたものなら信頼できる。


 そんな漠然とした共通認識が上流階級の間では存在し、なんの根拠もないにもかかわらず噂はサーヴェンデルトの貴族社会を駆け巡った。

 その結果、騎士派と魔導派の主だった貴族が同じ日にそれぞれの本拠地で会合を持つことになったのである。


 もちろん、同じ日に二大派閥の会合が重なるように陰で冒険者ギルドが暗躍したことは言うまでもない。






 玉座の間の暗闘と交渉を無事に終え、後始末のために王宮に残ったグランドマスターと別れて来た道を戻って王宮の通用門を出た朴人と『銀閃』の四人。


「……なあボクト様、俺達の仕事はここまでだと、フランチェスカ様から出発前に言われている。ボクト様はこれから一体どうする気なんだ?」


 この時、クルスの頭の中では一仕事終えた安堵感よりも、この先の予定を一切聞かされていない不安感の方が勝っていた。


 だがやはりと言うべきか、無言で立っている朴人の表情からは何も読み取れない。

 聞くだけ無駄だったかとクルスが諦めようとしたその時、朴人が不意に喋り出した。


「そうですね、やっぱり面倒な方を先に片づけたいですね。クルスさんはどっちが厄介だと思いますか?」


「え?ど、どっちって……」


「だから、騎士派と魔導派のどっちか?ってことですよ」


「そ、そりゃあ、最近の勢いとか資金力とか、あと本部の防備とかで言ったら魔導派の方が……」


「なるほど。じゃあ、まずは魔導派で」


「あ、ちょっとボクト様!?」


 そう言うなりすたすたと歩きだした朴人を追いかけようとする槍使いのランディ。

 だがその肩を掴んで静止したのは、リーダーのクルスだった。


「ボクト様の行動を妨げるような真似はよせ、ランディ。フランチェスカ様にも言われているだろう」


「だ、だがよクルス、王都のことなんて全然知らないボクト様を一人にするのはいくら何でも無茶過ぎるだろうが」


「いいから落ち着け。これからボクト様が行く場所も、その目的もちゃんとわかってるだろ」


「場所?目的?そりゃあ、騎士派と魔導派を潰すって……おいおい、まさか」


「そのまさか以外にあり得ないだろ。ボクト様は『今から』やるつもりなんだよ」


「マ、マジか……ていうか、ボクト様の歩いて行った方向って……」


「ああ。この王宮と、騎士団総本部、魔導師団総本部の三つの建物は、一直線に一本の道路で結ばれている。それに、魔導師団総本部のバカデカい建物がここからでも見えるんだ、いくらボクト様でも迷い様がない」


 そう言い合うクルスとランディ、そしてそのやり取りを見守っていたミーシャとマーティンの四人が見たのは、その高さから今や王宮以上のランドマークとして王都の人々に認知されている建物、魔導師団総本部だった。


「ボクト様は王宮には被害を及ぼさないって言っていたからな、とりあえずグランドマスターは大丈夫だろ、と思っておくしかない。それよりも危険なのは俺達だ」


「……ガーノラッハ王国の惨劇の再来、ってことよね、やっぱり」


 ミーシャが言うまでもなく、ドワーフ族の一大都市である鉱山都市ガーノラッハが壊滅した原因が朴人にあることは、たとえ確たる情報を得ていなくても、数々の状況証拠から『銀閃』の四人にとっては確定事項だった。


「ボクト様がどうやって二つの目標の中間に位置する王宮を無傷で済ますのかは知らんけどな、王宮の通用門そばとはいえ、外にいる奴の安全なんか気にも留めないだろうさ」


「まずはグランドマスターの御宅に戻るのが先ってことですね」


「その通りだマーティン。それに、後でボクト様を捜すにしても、このいかにも冒険者ってナリじゃ、万が一俺達の素性を知っている人間に出くわさないとも限らない。屋敷に戻ったらまずは変装、そんでいつでも王都を出られるように脱出手段の確保だな」


 リーダーの言葉に頷いた三人の仲間を見たクルスは、すぐに待たせていた貴賓用馬車に乗り込んだ。

 その迷いのない行動からは、朴人が失敗する可能性を微塵も考えていない様子が一目瞭然だった。






 サーヴェンデルト王国魔導師団総本部。


 巷では王国騎士団総本部と双璧を為す最重要施設だと言われているが、その職掌は全くと言っていいほど異なる。

 有名なのは所属する魔導士が作り出した魔道具の管理販売貸与などだが、その他にも魔法関連に限定した依頼の斡旋、貴族との会合、一部の優秀な魔導士のための研究施設など、その用途は多岐に渡る。

 そのため、魔導師団総本部を訪れる人も多種多様で、下は平民から魔導士、騎士、貴族、一部の亜人など様々で、騎士団総本部と違って一々訪れる者をチェックするような警備体制は取られていなかった。


 だからこそ、まさにおのぼりさんといった感じでキョロキョロと辺りを見回しながら歩いてばかりだった朴人でも、あっさりと玄関フロアに侵入できたわけだが。


 だが、さすがに中に入ってまでもずっとその調子で通せるほど、魔導師団総本部の警備は甘くなかった。


「おい貴様、見たところ特にここに用事がある風には見えないが、何をしている?ここは田舎者のための観光施設ではないぞ」


 そう言いながら朴人に近づいてきたのは、帯剣したいかにもな装備の衛兵。


(どうやら魔導師団総本部といっても、それなりに武力を行使できる人間がいるらしいな)


 そんなことをぼーっと朴人が考えているのが伝わったのか、衛兵の態度がさっきよりも厳しくなった。


「おい聞いているのか?ここは歴とした王国の施設だ。無断で侵入する輩には、問答無用の武力行使とて認められているのだぞ。分かったなら、さっさと出て行け。俺が優しく言ってやれるうちにな」


 厳しい言葉を使いつつも、穏便に済まそうとする衛兵。

 だがそんな彼の気遣いを、朴人は完璧に無視した。


「いえ、用ならあるのです。今日ここで会議をしているという魔導派の貴族の方々がいると思うのですが、案内してはもらえませんか?」


「貴様、どこでそれを……!?」


「おいどうした?追い出すのなら手伝うが?」


 明らかに動揺した衛兵の異変を感じ取ったのか、玄関フロア中に立っていた衛兵の大半が集まってきた。

 朴人に対峙した最初の衛兵は自分の動揺を鎮めるために数回大きく深呼吸をすると、仲間に向かって言った。


「いや、もはやコイツを逃がすわけにはいかん。どうやら知ってはならないことを知っているらしいからな。一旦地下牢で拘束し、上に報告する。誰か、コイツを地下牢まで連行してくれ。俺は警備部長に直接報告する」


「よしわかった。おい!お前をテロリストの嫌疑で一時拘束する!」


 そう言った一人の言葉に、周りを囲んでいた数人の衛兵が朴人の腕や肩をがっちりと掴んで力づくで動かそうとして、


「それでどうなんですか?貴族のみなさんはまだここにいるんですか?」


「ふん、どの道後で直接ご覧いただくことになるのだからな、特別に教えてやろう。ああいるとも。だからこそ今日は特別警戒をして貴様という不審者を――?」


「ぐああ」 「う、腕が」  「誰か、肩をはめてくれ!」


 微動だにしない朴人の体に無理に力を入れ過ぎて、全員が腕や肩を思い切り痛めていた。


「な、なにが……」


「そうですか、ちゃんといましたか。いえ別に居なくてもやること自体は変わりがなかったんですけど、いるというのなら効果倍増ですね。余計な手間が省けて一石二鳥ですよ。では、」



 サヨウナラ



 朴人のその言葉が、サーヴェンデルト王国魔導師団総本部にいたほぼ全ての人々にとっての、この世との別れのスイッチとなった。


 だが、一番不幸だったのは、その元凶を目の当たりにしてしまった、とある衛兵だろう。


 彼は見た。


 不審な点は多々あったものの、どこからどう見ても人族の冴えない青年にしか見えなかったモノが、全身闇よりもなお深い黒に染まったかと思うと一瞬でその黒が自分の視界を塞いだ瞬間を。


 だが一方で、自分が痛みも感じる間もない一瞬で、朴人がその圧縮体を全開放したことによる圧死したことを認識せずに済んだという事実は、ある種の救いだったのかもしれなかった。



 ――ッドゴゴゴゴゴゴゴオオオオオオッォォォォォォンンンンンン



 こうして、サーヴェンデルト王国魔導師団総本部は、サーヴェンデルト王国の二大派閥、魔導派としても、そして物理的にも壊滅した。

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