第16話 冒険者に報いを

 冒険者が攻めてきた。


 その説明だけではピンと来ていない朴人を見たフランは、「とりあえず案内します」と言って、手を引くようにして中央広場から連れ出した。

 そして向かった先は、以前に多くの亜人魔族が移住を求めて集まっていたリートノルドの街の入口広場だった。


「なるほど、確かに緊急事態といった雰囲気ですね」


 そう朴人が漏らすほどに、入口広場は物々しい空気で溢れていた。

 広場中に天幕が張られ、その隙間を縫うようにエルフや獣人が行き交う様子は、確かに只ならぬものを感じさせた。

 朴人は知らなかったが、それはこの世界で言うところの「戦場の空気」と呼ばれるものだった。


「こっちですボクト様」


 そう言ったフランが案内したひときわ大きな天幕に朴人が入ると、そこには長テーブルに向かい合って並んだエルフ、双子の妖精、ハーピー、トレント、そして見覚えのない熊の獣人が直立不動で二人を迎えた。


「ボクト様はその席に座ってください」


 フランに言われるがままに一番奥に鎮座していた立派な木製の椅子に朴人が座ると、連動するように他の亜人魔族たちも一斉に座った。

 どうやら朴人とフランのために立って待っていたらしい。


「では報告をお願いします。まずはこちらの状況から、イーニャさん」


「はっ」


 フランの言葉に応えたのは、彼女の隣の席にいたエルフの女性だった。

 もちろん、朴人の記憶からはさっぱり消えていたが。


「現在の永眠の森の戦力は、エルフ族約300、妖精族約450、鳥人族約250、トレント族約100、その他の種族で構成された義勇兵が約400、計1500となっております。そして非戦闘員が約3000ほど、このうち限定的に戦力化できる準戦闘員が約1000ほどおります。これは、我らがボクト様の許しを頂いてからの五十日間で増加した住人を含めた数字です」


(へえ。ということは、少なくとも前回よりは長い睡眠を取れたということなんだ……あ、あくび出そう)


 前世の記憶に引っ張られた結果、無意識のうちにあくびを噛み殺そうとする朴人。

 そんなわけで完全に上の空の朴人とは無関係に、報告は進んでいく。


「最大で2500まで招集できるということですね。では各方面の状況を」


「はっ。この本部から最も近い位置にいるのが北の冒険者パーティで、本部までの道のりの攻略は最短であと二日と思われます。次が西のパーティで三日、最も余裕があるのが東と南のパーティで、五日ほどの余裕があると思われます」


「ちょっといいですか。四つの方角から攻められていることは分かりましたが、どうしてそこまで本部到達の日数に違いが出たのですか?」


 手を挙げながらそう言った朴人に他意はない。

 ただ疑問に思ったことに答えてほしかっただけだったのだが、ただそれだけでエルフのニーニャの顔色がさっと青ざめ、朴人の目からもはっきりわかるほどブルブルと震え出してしまった。


「……ニーニャさん。返答を」


「は、はひ。かか、かしこまりました」


 美人が台無しになるほど恐怖で顔を引きつらせたイーニャだったが、なんとか返事をした。

 どうやら朴人が寝ていた五十日の間に、フランと森の亜人魔族との間にはそれなりの関係を築けたらしい。

 当初の目論見通りにフランが役割を果たしている、そんな風に朴人が内心ほくそ笑んでいるとは露とも知らずに、イーニャの硬い声が天幕に響く。


「原因は、ひとえに四つのパーティが微妙にタイミングをずらした形でこの永眠の森に侵入してきたことにあります。もちろん森周辺の監視を地上と空の両方から行っていたのですが、奴らはこちらの目を何らかの方法で欺いたと思われます」


「ボクト様、まだ確定はできませんが、これらの事実を合わせて考えると辿り着く結論は一つしかありません。この四つの冒険者パーティは示し合わせた上でこの永眠の森に侵入してきている、つまり人族による侵略、その第一陣と見るべきです」


 イーニャの説明を補完する形で推測を言うフラン。

 その危機感を整った顔立ちに募らせた面持ちは、正に真剣そのものだった。


(少なくとも、『今までのは全部冗談でしたー!!』なんてオチにはなりそうもないかな)


「……とりあえず話を最後まで聞かせてもらいましょう。フラン」


「了解ですボクト様。では次、現段階で判明している四つのパーティの情報を。東西南北の順でお願いします」


「「はいはーい!!」」


 そうそれまでの重い雰囲気を吹き飛ばすような元気さで立ち上がったのは、双子の妖精。


「東の冒険者パーティは全部で四人だよ。全員が人族で、戦士が二人に魔導士と回復術師が一人づつのバランス型のパーティかな」


「戦い方も見た目通り普通なんだけど、全体的に動き出しが早くて連携が上手いっていうか、とにかく隙がないの。でもなんとかアタシ達妖精族の幻惑魔法で抑えられているけどね!」


 最後に余計な付け加えまでして、自分達の成果をアピールする双子の妖精。

 ボクトに対してまるで怯えていないその態度は、さっきのエルフのイーニャとは大違いだ。


 ――もっとも、その努力が朴人に刺さるかどうかは全くの別問題だが。


 双子の妖精へ向けていた顔を、無言で正面に戻した朴人を見たフランが次を促し、担当していると思しきハーピーが説明を始めた。


「私達が受け持っている西のパーティですが、数は五人、全員が重武装のドワーフ族です」


「ドワーフ族?亜人族が人族の冒険者と一緒にこの森を攻めに来ているのですか?」


「は、はい」


 エルフのイーニャほどではないがやはり怯えた目をしたハーピーだったが、三番目という時間的余裕のお陰か、やや緊張しながらも朴人の疑問に答え始めた。


「ドワーフ族は鉄と土に生きる種族でして、強力な武具の制作で有名なこともあって、古くから人族寄りの亜人なのです。なので、利害が一致する時は同盟を結ぶことも珍しくなく、今回も何らかの条件と引き換えに永眠の森の侵攻に力を貸したと思われます……」


「なるほど。強力な武具の制作が得意なら、自分達が作った武具の扱いもまた得意なわけですよね。それで、南と東よりも侵攻されているというわけですね?」


「そ、それもあるのですが……ハーピーを含めた私達鳥人族ではドワーフの作る防具の防御力を突破できる者が少なく、元々相性が悪い上に鳥人族の持ち味である空からの攻撃が難しく……」


「それは言い訳ですか、テリスさん?」


 フランのそれはごく普通のトーンのさりげない一言だったが、受け取った側のハーピーの変化は劇的なものだった。


「も、申し訳ありません!決してボクト様を非難するつもりでは……!!」


「それくらいわかってます。それにあなた達で決めた布陣を承認したのは私です。剣や弓だけじゃなく魔法まで跳ね返すドワーフの対魔鋼の鎧にはどの種族が行っても苦戦することがわかってました。それよりも、テリスさんは必要のない発言をしないように気を付けてくださいね」


「……はい、失礼しました」


 意気消沈した様子で報告を終えたハーピーに代わって話し始めたのは、この中で外見だけは最年長に見える老トレントだった。


「ワシらが守護する南は侵攻こそ緩やかなものじゃが、その分こちらの被害も大きくてな。それは素早い動きが苦手なトレントというせいもあるのじゃが、相手が人族三人に亜人系三人という混合パーティというのが一番の原因じゃろうな。こちらの手の内をある程度読んだ上で的確に対処して来ておるから、厄介なことこの上ない。しかも、南の冒険者パーティは永眠の森の攻略よりも、むしろワシらの殲滅を狙っておる節すらある。正直、強力な援軍が欲しいというのが本音じゃのう」


「……援軍はボクト様と相談の上で判断します。では最後に、北の状況を」


「は、はい!お初にお目にかかります!オラ、いえワタシはこちらの皆さんの種族に当てはまらない亜人魔族の人達で作られた義勇兵部隊の隊長をやらせていただいてございますズズーという獣人でして……」


 そう言って立ち上がったのは、本家本元と見分けがつかないほどそっくりな熊の獣人。

 ボクトへの恐怖で終始震えっぱなしだったエルフのイーニャとは違って、圧迫面接を受けている新卒のようなド緊張ぶりを見せながら、ズズーと名乗った熊獣人は一気にまくしたてた。


「ズズーさん、自己紹介はそのくらいにしてください」


「すすすすすみませんフラン様!!オ、オラたちが戦っている冒険者どもだけんども、いや冒険者じゃなかんべか……でも皆さんが冒険者って言ってるからなあ……」


「ズズーさん、どっちでもいいですから、早く報告を」


「すみませんフラン様!」


「……謝罪は結構ですし、ボクト様への敬意を忘れなければズズーさんが話しやすいように話してくれて構いません」


「そ、そうですか?んだば。あいつら五人はとても冒険者とは言えないだ。なにしろ森の中とは思えない金ぴかの鎧を全身に着込んで、重そうな剣やら槍やら盾やらを棒切れのように振り回してるだ。オラもこの目で見るのは初めてだども、あれはきっと人族の城からやって来た騎士だっぺよ」


「それでズズーさん、被害の方は?」


「うん……はっきり言ってひどいもんだ。あいつら、森が傷つくのもお構いなしに武器を振り回して魔法をぶっ放すだ。おかげでオラ達はあいつらの相手と森を守ることを一緒にやらないとならねえだ。これまではなんとか被害を抑えてきただども、いつ森が燃えてもおかしくないだ」


 ピクリ


「これからボクト様と二人で今後の方針を立てます。皆さんは一旦退出してください」


 朴人のそのわずかな変化に気づいたのはフランだけだった。

 それはこの会議の前にあらかたの状況を把握していたからだったし、フランが知る朴人の性格ならどこで反応するかあらかじめ予測できていたからだ。


 だからこそ、これ以上を大きくしないためにも、そしてその結果もたらされるだろう亜人魔族の恐怖を少しでも軽減するためにも、フランは最善の策として全員を天幕から追い出した。


 朴人が一言呟いたのはその直後。

 あまりにもタイミングが良すぎたが、それは彼らがこの場に残っていたとしても構わずに口走っただろうと、フランは確信していた。


「許せませんね」


「そ、そうですよね」


「八つ裂きにしても飽き足らないくらいです」


「そそっ、そうですよね」


「亜人魔族だろうが人族だろうが、生きるための恵みを与えているのは森です。自然です。その自然をないがしろにするような輩は、一秒たりともこの世に生かしておく必要はありません。フランもそう思いますよね?」


「思います!ものすごく思います!」


「今回は私も戦いに参加します。フランも加われば相手の戦力を上回ることができるでしょう。そして、ただ勝てばいいというわけではありません。森を侵した四つの冒険者パーティはもちろんですが、他の全ての冒険者が震えあがるような結果を出さなければなりません」


「すべてボクト様の言う通りです!」


「さすがフランは分かっていますね。ですが、そのためには目的に応じた作戦が必要です」


「それを私が考える、ということですか?」


「いえ、実は報告を聞きながら大まかな作戦を考えました。フランにはこれを聞いてもらって、適度に修正してほしいのです」


「わ、わかりました」


 その朴人考案の作戦を聞き終えた時、フランは自分の主の正気を疑った。

 フランの知る限り、いやおそらくこの世界の歴史においてもそんな作戦を採用した魔王(あくまで朴人の自称だが)は未だかつていないと思われたからだ。


 だが、主の命令は絶対。

 少なくともそう自分に絶対の誓約を課しているフランにとって、朴人の作戦を否定する理由はどこにもなかった。


 自分にできることは作戦の成功率を上げることだけ。

 そう思いながら、フランは作戦の細かな問題を解消するために口を開き始めた。

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