第15話 異世界テンプレ魔族版ですね

「やあ、異世界ライフは楽しんでるかい朴人君?」


「……そうですね。ちょいちょい私の睡眠時間の合間に邪魔してくれるあなたさえいなければ、とても快適と答えたでしょうね」


「すごいね君。こういう形で会ったことのある者達は大なり小なり敬意を払ってくれたものだけど、朴人君は本当にブレないね」


「褒めても何も出ませんよ」


「……別に褒めてないんだけどな。自分の夢を自慢とか意味わかんないし。ああ、そんな顔しなくても、用ならちゃんとあるよ。さっそく派手にやっちゃったようだけどね」


「何のことですか?そんな記憶は何一つないのですが」


「うん、確かに記憶はないだろうね。何しろ事態が収拾できたのはつい昨日のことだ。しかも後処理を含めれば事態の真っただ中といえるくらいだし。そうだね、各勢力の活動が沈静化するまであと百日はかかるかもしれないね」


「それが事実だとすれば、それこそ世界を揺るがす大事件に聞こえてきます。本当に私が原因なんですか?」


「そう、それだよ。まさに君のそういうところを指摘しに来たのさ」


「そういうところ、というと?」


「主旨自体は前にも言ったけど、ここはあえて繰り返させてもらうよ。何もしないのも世界を変えるのも朴人君の自由だ。なんなら世界の秩序を根底から覆してもいい。だけど、世界を滅ぼすような真似だけはやめてくれよ」


「……確かに以前、そのようなことを聞いたような気がします」


「ここは僕の箱庭なんだよ。別に全てが壊れたって僕自身には何の痛痒も伝わって来やしないけど、大事に育ててきたペットを外来種に横から掻っ攫われてしまうようなものさ」


「もちろん、そんなことをするつもりはありませんが……」


「そうだろうとも。偶然の産物ではあったけど、世界を面白くしてくれるかもと思って僕自ら連れてきた人材なんだ。念のため釘を刺しておきたかっただけだよ」


「はあ、記憶には留めておきます。それで、このタイミングで出てきたということは、そういうことですか?」


「今度は察しが早くて助かるよ。そのとおり、お目覚めの時間だ。もうすぐ君の眷属君が……おっと、忘れるところだった」


「わ……なんですかいきなり。フラッシュ焚くときは先に言ってくださいよ」


「……君ね、ここは驚いたり怖がったりするところなんだよ?って言ってる自分が空しくなるからこれ以上言わないけどさ……まあ受け取っておきなよ。君が抱えている困りごとが一つ、解消されるはずだからさ」


「それはどういう――」






「……ト様、ボクト様起きてください!」


 そんなフランの声と、ゆさゆさと体を揺さぶられる感覚で強制的に意識が戻されるのを感じる朴人。

 寝ぼけ眼で辺りを見渡した場所は眠る前の記憶と同じ、元リートノルドの街の中央広場の中心だった。


 あの時と違うのは天候くらいか。

 日向ぼっこをするつもりで大胆に石畳に寝そべったのだが、今見ている景色は鈍色にびいろの曇天そのものだった。


「フラン、この前も言ったと思いますけど、私を起こす時はもっと優しく快適に目覚めるように……いや、というより二度と起こさないのがベストなんですけど」


 まだ半覚醒の状態で自分の眷属に焦点を合わせる朴人。

 その姿は以前の森に飲みこまれたリートノルドの街の景色の中で完全に浮いていた絢爛たるドレス姿ではなく、機能性を重視しながらもどこか気品を感じさせるような、例えるならお忍びのご令嬢のように女性らしさを秘めたスカート姿だった。


 壊滅的なセンスの持ち主だったフランに代わって朴人が制作した逸品なのだが、あるのは女性の装いを見るセンスだけで、男女問わず誰もが振り返るような魅力にあふれた美少女を見ても一切心を揺らさない朴人のフラットな眼差しに、心の中だけで小さくため息をついたフランが言葉を返した。


「二度と起こさないって……優しく快適に、ですか。例えばどんなものがお望みなんですか?私の出来る範囲でよければ努力しますよ!」


 一瞬、すごく嫌な顔をしたフランだったが、朴人の言葉の前半部分をまるでなかったかのように黙殺して、後半部分に意識を逸らそうと試みた。


「そうですね。一日一回、ちょっと離れた所から優しい声で一言だけ語り掛けてください。それで私が起きなかったら、次の日、また駄目だったらその次の日、という感じでゆっくりと覚醒を……」


「それ、何千回何万回続けても、ボクト様がピクリとも反応しない未来しか想像できません。却下です」


「では、この森の住人で楽器が得意な者を選りすぐって、少し離れた所で演奏して自然な目覚めを促すというのはどうでしょう。ああ、当たり前ですが、騒がしいのはダメですよ。耳心地のいい優しい音色でちょっと眠気を誘うような……」


「むしろ眠りが深くなっちゃうヤツじゃないですか!?却下!却下です!」


「じゃあそうですね……フランが寝ている私に優しい声で語りかけて、それに反応して私の口から洩れた寝言を命令として実行すると言」


「寝てるじゃないですか!それはもう完全に寝てるじゃないですか!ついに起きることすらしなくなっちゃってますから!もう結構です!これからも必要に迫られたら、私のやり方でボクト様を起こさせていただきますから!」


「その辺りはフランに任せます。これ以上問答する方が面倒ですし。では用件は終わりですね。お疲れ様。そしておやすみなさい」


「はいおやすみなさいませボクト様……わざとですか!わざとなんですか!?大変なことが起きたからボクト様を頼ろうとした私の苦労は完全無視なんですか!?」


「……わかりました。話を聞きますよ。それで、何が起きたんですか?」


 常に睡眠最優先で他人の感情に無頓着な朴人だが、別に現実を無視していいとまでは考えていないし、これでも前世では真面目な人生を送ってきた。

 なにより、鼻水を垂らしながら涙声で着ているシャツの裾を引っ張りながら訴えてくるフランを無視して再び眠りにつくほど朴人も浮世離れはしていなかった。


 ――単にこのままではうるさくて寝られないと思っただけかもしれないが。


「わかってもらえればいいんです!次からはもう少し早く私の話を聞く気になってくださいね!これでもボクト様の命令通りにギリギリまで頑張って私の力で解決しようとしてるんですから!」


 さっきまでの泣き落としがウソだったかのように、早口気味にまくしたてるフラン。

 まるで別人だなとどうでもいい感想を持った朴人だったが、その切羽詰まった状況とやらを聞いても、やはりどうしても緊急事態だとはどうしても思えなかった。


 これは別にフランが悪いわけでも、ましてや朴人が悪いわけでもない。

 強いて言うなら、リートノルドの街で出会った彼らの存在が朴人の印象を決めてしまったことが原因だろう。

 それともう一つ、朴人の前世の記憶、いわゆる異世界テンプレに関する固定概念のせいだと言えた。


 そして、緊張感で体を震わせたフランが緊急事態の内容を朴人に告げた。


「冒険者です!複数の冒険者パーティがこの森を攻略しようと攻めてきたんです!」

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