第28話 銀閃 後編

 そんなわけで、研究と訓練を重ねて確立した俺の戦術はこの魔族の領域の森でも上手くハマって順調に行程を消化していたのだが、全体の半分の地点まで進んだところで見た光景に、俺達『銀閃』は突然の停止を余儀なくされていた。


「マジかよ……」


「ちょっと、なによこれ……」


「なあマーティン、これ、お前の聖術障壁で防げたりは……」


「しませんよ、クルス。ていうか、僕達の能力を隅々までリーダーとして知ってるはずだし、わかってて聞いてるますよね?」


 ソレらがいるはるか遠くの茂みの陰で、そんな現実逃避気味な軽口を言い合う。

 普通なら緊張感が足りないとリーダーとして怒るべきところなんだろう。

 だが、この時ばかりはそれこそが無駄な労力だと断言できる。


 だって……


「なあクルス、妖精族って、まるで待ち伏せしてるようにあんな風に一か所に留まっているような奴らだったか?」


「聞いたことある……わけないだろ。例外なく気まぐれで気分屋しかいない種族なんだぞ。ていうか、アレは完全に待ち伏せて幻惑魔法にハメる気満々だろ」


「どうするの?まさか正面突破なんて言い出さないわよね?」


「そんなことを言いだす奴は冒険者どころか生物として失格だな。まともにアイツらに立ち向かったが最後、良くて妖精の気まぐれが終わるまで遭難、悪けりゃその辺の動物のエサか植物の肥料だな」


「じゃあミーシャの魔法で狙撃っていうのは?確か幻惑魔法っていうのは相手を視認しないとかからないものでしたよね?」


「いい案だマーティン。ただし数えきれないほどの妖精が群れているこの状況じゃ無けりゃな。ミーシャ一人で遠距離から攻撃して倒せるのは精々数匹、あとは狙撃地点が他の妖精にバレて俺達全員仲良く森の肥やしになるオチだ」


 俺の返しに全員が沈黙する。

 だが、それは決して万策尽きたと言った空気ではなく、やらなきゃいけない作業を先送りにしようと無駄なあがきをしている感じのそれだった。


「……なあクルス、本当にやるのか?俺、あのやり方は冒険者らしくなくて、どうしても好きになれないんだが」


 被害者その一であるランディがそう愚痴をこぼす。


 ……いやいやいや、それじゃまるで俺がやる気満々みたいな感じに見えるじゃん。そりゃ、俺だって、あんな後味悪いやり方、やらなくて済むものならやらずに済ませたいよ。


 ――そうです。被害者その二、ていうかそのやり方を考案した元凶は、リーダーの俺です。


 当然、似た者同士の以心伝心で、俺の気持ちはランディに通じている。


「……そうだな。所詮は冒険者なんて人がやりたくもないことをやらされる稼業だからな。こっちの犠牲が無くて済む方法があるなら、えり好みしてる場合じゃないよな」


 そう愚痴交じりに賛成するランディに、しかし俺は礼も言わなければ謝罪の言葉も言わない。

 リーダーこそ俺が務めているが、『銀閃』のメンバー四人の間に上下関係は存在しない。全員のパフォーマンスをフルに発揮できる形を模索した結果が、今の『銀閃』だ。不平不満という概念は、俺達の中ではすでに過去の遺物と化している。


「じゃあさっそく始めるぞ。まずは材料集めからだ」






 行動を開始したのは翌日の夜からだった。

 材料集めとミーシャとマーティンが待つ野営地選びなど、準備に丸一日費やしたのはかなり痛い。しかも、目の前の妖精族の群れを排除しなければこの先へは一歩も進めないのだ。


 焦る気持ちを無理やり押さえつけながら、俺はひたすら待ち続ける。

 その甲斐あって、事前に妖精族の群れの警戒網のギリギリ外に背中に羽を持つ小人二匹が浮遊してくるのが見えた。


 体の小ささに似合わない強力な幻惑魔法を使う妖精族だが、最大にして唯一の欠点がその気まぐれな性格だ。

 亜人魔族の中でも特に兵士としての適性が低く、同族同士でも協調性に欠けて勝手な行動を取りがちだが、それが却って明確な脅威とならない要因にもなっているので、妖精族が今日まで生き延びている理由と言われている。

 だから本来、集団で、しかも一つ処に留まって待ち伏せするなんて現象自体が信じられないことなんだが、実際に目の前で起きていることを否定するほど俺達『銀閃』は愚かじゃない。


 集団だろうが待ち伏せだろうがやりようはある。

 奴らの欠点を突けばいいだけだからな。


 妖精族特有の淡い光を体から放ちながら、二匹の妖精が楽しそうに会話しながら飛び回る。

 幻惑魔法に目が行きがちだが、奴らはその飛行能力のお陰で回避力も高い。

 また、気まぐれな性格が逆にその動きを予測しづらいものにしていて、一口で矢や魔法で狙撃と言っても、体の小ささもあってその難易度は鳥や獣の比じゃない。


 だが、動きが読めないなら読めるようにしてやればいい。

 いくら気まぐれだと言っても、欲望に逆らえる奴なんてこの世には居ないからな。


 やがて、俺が仕掛けた花の蜜の匂いに気づいた二匹の妖精がふらふらとこっちへ近づいてくる。

 同時にその会話も俺の耳に飛び込んでくるが、決してその内容は記憶しない――相手は殺すべき敵だ。敵なら、その輪郭は朧気であればそれに越したことはない。それ以外の情報は要らない。


 そして俺が木の幹に塗りたくった蜜に誘われた二匹が幹に取り付いたその時、葉っぱと植物の匂いで擬態していた俺が背後に近づき、手にしていたナイフでその背中を一度づつ貫いた。


 ドサ ドサ


 俺は淡い光を発しなくなった二つのソレを近くにあらかじめ掘ってあった穴に投棄、素早く静かに埋めた後、再び警戒網の外に出てくるだろう獲物を待ち伏せるために移動を開始した。






「俺が七匹、ランディが五匹か」


「一日の戦果としてはまずまずだな」


 翌朝、ミーシャとマーティンが待つ野営地に戻り、俺とランディが互いの報告を済ませた後、今後の予定を確認する。


「それでクルス、今日も地道に妖精狩りか?」


「いや、今夜はもっと大胆に行く。そうだな、目標は全体の三割。奴らの総数が大体百五十くらいだったから、今夜で三十くらいはいっておきたい」


「おいおい、さすがにその数を一夜でってのは……」


「その代わりに後始末の手間を省く。仲間の死体に気を取られた奴をさらに叩くって戦法だ」


「そりゃ、そうすれば俺とお前の二人でなんとか行けるだろうけどな。でも、そこまでやったら相手も本気で俺達を捜しに来るだろ?」


「そこがねらい目だ。敵が大きく動くということは、少数の俺達にとっては絶好の隙になる」


「そこでさらに敵を叩くってのか?だがさすがの妖精だってそこまでいけば簡単には……」


「何言ってんだランディ?本気になった多数の相手と戦うわけないだろ。俺達は妖精族が一斉に移動を開始したその瞬間を狙ってすり抜ける。それだけだ」


「あ……あーー、そういうことか。まともな軍隊にゃ通じない手だが、確かに戦術なんて考えることもしない妖精族相手ならイケるな」


 ようやく俺の考えを理解したランディが何度も頷きながら言う。


 当たり前だろ。何が悲しくて、戦うしか能がない騎士の真似事をせにゃならんのだ。

 俺達は依頼さえ完璧に達成できればそれでいい。後はどう恨みを買うことなくやれるか、くらいだな。


「そういうわけだミーシャ、マーティン、予定通りこの夜営地も明日の朝には完全に撤収できるように準備を頼んだぞ」


「それはわかってるけど……」 「僕たち二人だけじゃ妖精族の群れをすり抜けるなんて芸当は無理だよ」


 そう二人が不安を口にする。

 当然、後衛のミーシャとマーティンだけじゃ無理な話だ。そのこともちゃんと俺の頭に入ってる。


「脱出路を確保した後で俺が迎えに来るから安心しろ。で、ランディ、お前には――」


「わかってるよ。妖精共の注意を引き付けて、頃合いを見計らって脱出、三人に合流、だろ?」


 しょうがないといった感じで囮役を引き受けてくれたランディに俺は頷く。


 今回は人手が必要だったから俺も妖精狩りに加わったが、本来単独行動と囮役はランディの独壇場だ。

 むしろランディが本気になれば、俺程度じゃ足手まといがオチだ。


「じゃ、そういうわけで、まずは夕方まで交代で見張りをしながら休息だ」


 そう締めくくって、パーティ会議を終える。


 ……まずは目の前の敵をどうにかしてから。その先のことはその後だ。






 結果として、俺が立てた作戦はうまくいった。

 多くの仲間を暗殺された残りの妖精族約百は翌朝から目の色を変えて辺りを捜索しだしたが、その時点で俺とミーシャ、マーティンの三人は奴らの警戒網の裏にすり抜けていた。

 さらに一人残ったランディが妖精族を散々に引っ掻き回したうえで俺達に合流。完全に混乱をきたした妖精族が事実に気づくのは、俺達『銀閃』が安全圏に抜け出た後になるのは確実だった。


 だが、その頃の俺達は、後ろのことなんか気にしていられないくらいの異常事態に見舞われていた。






「おいクルス、どうするんだよ?」


「進むの?戻るの?」


「いや、戻るっていったって、後ろには怒り狂ってるだろう妖精族が待ち構えているんだよね?」


 ランディ、ミーシャ、マーティンも口々に不安を口にするが、今はそんなことに構っていられない。

 一番不安を感じているのは俺なんだから。


 ……どういうことだ?


 いくら捜しても、いくら目立つ行動をとっても、後ろに置き去りにした妖精族に続く敵の第二陣の姿が一向に見えてこない。


 すでにリートノルドの街までの行程は八割方終えている。ここで俺達を阻止しないと、森のほぼ中心部に位置するリートノルドの街を防衛するのは難しくなる。

 だが、妖精族どころか、敵の影も形もない。

 いや、まったくいないわけじゃない。だが、襲ってくるのは亜人魔族の支配下にあるとはとても思えない魔物ばかり。野生の本能のままに襲ってきているとしか思えないから、罠の可能性も見当たらない。


 じゃあ、俺達『銀閃』を止めるのを諦めた?


 それもあり得ない。

 確かに俺達以外の三つのパーティは実力者ばかりだ。


 白鷲騎士団第十六小隊


 双頭の蛇


 鉄鎖のガラント 


 いずれもやりようによっては単独でこの森を攻略できるパーティばかりだ。それらにある程度の敵戦力が集まっている可能性はある。

 だからって、俺達『銀閃』を無視するなんて選択肢があるか?

『敵』は、リートノルドの街に集まる人族が目障りで森に飲みこませたんじゃないのか?

 そして自分達の本拠地にするために、わざわざ中心部に来るようにしたんじゃないのか?


 ……いや、もし、もし、それらすべての前提が間違っていたんだとしたら……


「どうするんだリーダー!!まさかこのままこの場で魔物を狩り続ける、なんてのがお前の指示じゃないだろうな!?」


 これまで聞いたこともないような、ランディの厳しい声に、はっと我に返る。


 ……そうだ、何が一番悪いって、ここで無駄に時間を浪費することが一番事態を悪化させる。


 もしものことをいくら考えても答えは出ない。

 今俺達の目の前にあるのは、進むか退くか、その二択だけだ。

 そして退いた先には怒り狂った妖精族の集団。どんなに猪突猛進な騎士だって、絶対に迂回するヤバい相手だ。


 なら――


「行こう。前に敵がいないと、俺達全員が確認したんだ。今は自分達の判断を信じて進むしか道はない」


 リーダーの俺の言葉に全員が頷く。


 だが、優しい木漏れ日が照らす森の中を進むことがこれほど恐ろしいと感じたことも今までなかった。


 それでも俺達は進んだ。


 広大な森の中で俺達にしか見えない真っ暗な一本道を進んでしまった。






「着いちまったな」


「ああ」


 呟くランディにそう返した俺達の足元に見えるのは、道という道に敷き詰められているリートノルドの街の中央広場の石畳。


 そして俺がその手に握っているのは、この街の元主、リートノルド子爵が所持していたリートノルド家当主の証である印章。

 事前にグランドマスターやから聞いていた通りにリートノルド子爵の屋敷のとある場所から見つかった。

 特に隠し場所から移動されていることもなければ、罠が仕掛けられていることもなかった。


 ……いや、罠なんてあるはずもない。

 なぜなら、俺達の前に敵が現れなくなってからこの段階に至るまで、野性の魔物以外と戦うことはついに一度もなかったからだ。


「……それで、これからどうするの?」


「……たしか、予定では他のパーティを待って合流。帰り道は一塊になって、力技で森を脱出するって手はずだったよね?」


 不安げに聞いてくるミーシャとマーティンに、俺はただ頷く。


 だが、俺には予感があった。


 ひょっとして、俺達以外の三つのパーティはとっくの昔に全滅してるんじゃないか?

 そして、俺達『銀閃』が今もこうして無事なのは、今現在も敵の罠に嵌まっている最中じゃないのか?


 依頼の最中にいけないと分かってはいるが、それでも考えても仕方のない不安ばかりが俺の頭を支配する。


 だが、そんな意味のない時間もそう長くは続かなかった。


「おいクルス!あれ!」


「あっちからも来るわよ!」


「あれはまさか……!?」


 口々に叫ぶ仲間の声に反応して、俺はその二つの方向を見る。


 右の道から近づいてくるのは、『双頭の蛇』のリーダーのラルフとサブリーダーのサティ。


 左の道から近づいてくるのは、鉄鎖のガラント。


 三人共に、目立つことを徹底的に嫌う俺達の顔は知らないだろうが、王国中に鳴り響く有名冒険者の顔だ、こっちはよく覚えている。


 だがおかしい。


「おーいこっちだ!」


 そう叫ぶランディの方を強く掴んで制止する。

 一瞬だけ信じられないという表情を見せたランディだったが、すぐに俺の意図を察して槍を構える。


 そうだ。あり得ない。


 なんで白鷲騎士団第十六小隊はこの場にいないんだ?


 なんで二人と一人きりなんだ?他の仲間はどうしたんだ?


 なんで、ラルフ、サティ、ガラントの三人全員が敗北者のような表情でこっちに歩いてきてるんだ?


「待ってましたよ。S級冒険者パーティ、ぎ、ぎぎぎ」


「銀閃ですよ、ボクト様」


「そうそう、『銀閃』の皆さん」


 やっぱり俺の勘は間違ってなかった。


 ラルフとサティの背後に現れたのは、人族ではあり得ないと思えるほどの新緑の輝きを持つ少女。


 そして、ガラントの後ろには、どこからどう見ても普通の平民にしか見えない、「ボクト様」と呼ばれた冴えない男。


 ……いやいや、この状況で「普通」なんてありえないって。

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