第5話 さあ、みんなで街へ行こう

「お、俺たちの命だと!?さっきは油断したが俺だって冒険者の端くれだ、お前から逃げるだけならわけねえんだ!」


「そう言われると思って用意しておきました。自分の腰のあたりをさわってみてください」


 朴人から指さされた男が自分の腰に手を当てると、巻いた覚えのない植物のツルが何重にも巻き付いていた。


「それと同じものがそこの木に巻き付いています。よく見ててくださいね」


 そう朴人が次に指さした方向の先、何の変哲もない木がいきなりミシミシと音を立て始め、物の十秒ほどで幹の中ほどから轟音を立てながら倒れた。

 その折れた箇所には男に巻きつけられたものと同じツルが、男の腰の物よりも小さな輪っかとなって落ちていた。


「安心してください。私の言うことを聞いてる限りはあんなことはしませんから。まあそれでも死にたいというなら止めはしません。お仲間を起こしてみんなで相談してください」


 顔面を蒼白にして絶句しながらもなんとか頷いた男は、傍で倒れていた仲間を次々と揺り起こすと、携帯サイズの檻の中の精霊と折れた木を指さしながら説明、というより説得を始めた。


 数分後、地べたに座って手のひらに生やした植物のツルを動かして遊んでいた朴人の元に、顔色が悪いままの男がやってきた。

 その腕には精霊が入った檻が抱えられていた。


「全員一致でお前の、いや、あんたの要求を呑むことにした。精霊も渡す、持って行ってくれ」


「そうですか。それはよかった。じゃあ行きましょうか」


「ちょ、ちょっと待った。あんた、今行きましょうかって言ったのか?俺たちを解放してくれるんじゃないのか?」


 一瞬だけ獲物を奪われた恨みで顔を歪ませた男だったが、朴人のセリフに違和感を感じて思わず訊いた。


「ええ、だってあなたたちをこのまま帰しても、近いうちに別の冒険者が私を殺しに来るんでしょう?だったらこっちから出向いた方が、話が早く済むじゃないですか」


「あ、あんた、ま、まさか――」


 驚愕の顔の男に平然と話す朴人。

 繰り返された光景だが男から見ても、今度の朴人の発言は常軌を逸していた。


「案内してもらいましょうか、あなたたちの街の冒険者ギルドとやらに」






「おい、どうするよ」


「どうするもなにも――」


 ここは男たちが拠点とする街へと続く街道の一つ。

 朴人に夜通し歩かされた四人は疲れ切った顔を見せながらも、この先自分たちがどうなってしまうのかという考えが頭から離れずにそれどころではなかった。


「なあ、本当にこのまま逃げるのはダメなのか?今なら十分距離も空いてるしいけるんじゃないか?」


「バカやろう、俺の話を聞いてなかったのか?俺たちの腰には簡単に木の幹を圧し折る力があるツルが巻かれてるんだぞ?俺たちが逃げる素振りでも見せようものなら、あいつの指先一つで簡単に殺られちまうんだ。いいか、もうここまでくれば、あいつにとって道案内なんて必要ないんだ。一人でもバカをやった時に残りの三人が同じ目に遭わないなんて保証はどこにもねえ、だから絶対に逃げようなんて思うんじゃねえぞ。とにかく今は大人しく従って、逃げるチャンスを探るんだ」


 自分たちの生殺与奪の権利を握っている朴人の前で騒ぐわけにもいかず、必死に怒りを押し殺して仲間の説得を試みる男。

 実際にツルが気を圧し折った現場を見たわけではない仲間の三人も、男の鬼気迫る迫力に頷かざるを得なかった。






 一方、そんなことはつゆ知らずに男たちの後方を歩く朴人。

 その傍らには檻から解放された精霊が、どういう原理かフワフワと宙を浮きながら従っていた。

 恐ろしい目に遭ったせいか、森を出るまでは沈黙を貫いていた精霊だったが、森を抜けることで心境の変化があったらしく朴人に話しかけてきた。


「あの、この度は助けていただいてありがとうございました」


 見た目も声も幼女そのものなのに、やけに大人びた口調で精霊は礼を言った。


「ん、ああ、話が通じるんですね。よかった。実は私の言葉が分からなくて何も言わないのかなと、不安になっていたところだったんですよ」


「……何を言っているのかよくわかりませんが、少なくともこの世界で言葉の通じない知性のある存在に、私は出会ったことなんてありませんよ?」


 不思議なものを見る目をしながら答える精霊。


「この世界ではそうなんですね。あ、私の名前は朴人といいます。さっき起きたばかりでまだこの世界のことがよくわかっていないんですよ。だから何かと教えてもらえたら助かります」


「いえいえ、こちらこそ助けていただかなかったら、私はいなくなった仲間のように近いうちに人族の手で殺されていたでしょう。本当にありがとうございます。私はフランといいます。どうかフランと呼び捨てにして、私の残る時間の許す限り、何なりと聞いてください、ボクトさん」


「フランですね、こちらこそよろしくお願いします」


 知性を感じさせるフランの受け答えに、これなら話も通じやすそうだと、自分の行動の結果に密かに満足する朴人。


「早速ですけど、あまり時間もないので、これから向かう街について知っていることだけでいいので、簡単に教えてくれませんか?」


「そうですね、私も街に行ったことまではないので、大したことは知りませんが……」


 フランはそう前置きした上で知っていることを朴人に話した。


 もともとこの辺り一帯はすべて亜人魔族の住まう森だったのだが、ある時から徐々に人族が住み着くようになって、木々を切り開き村を作り始めたのが約五百年前。

 それから数百年は大自然の過酷さに人族が負け、村が滅んだり再興したりを何度か繰り返していたので、森の魔物や精霊たちも特に気にも留めていなかった。


 それが百年前辺りから武装した大勢の人族が森へ足を踏み入れ、どんな犠牲もいとわずにすさまじい勢いで街を作り始めたのだという。

 特に近年は森そのものを滅ぼす勢いで次々と亜人魔族が殺され、フラン自身も遠くない先に人族に捕まるか殺されることを覚悟していたという。


「今ではあれだけ大きかった森も残りわずかになり、そこすら人族にいいように荒らされるだけの場所になってしまいました。たぶんこの辺りで最後の精霊となっているはずの私が死んでしまえば、あの森は急速に力を失い、あっという間に枯れ果ててしまうでしょう」


「ふうん」


「…………え?な、なんでそんなにボクトさんは冷静なんですか?あの森がなくなるとボクトさんも無事では済まないんですよ?」


「いやぁ、多分大丈夫だろうなって思っただけですよ。カンですけど」


「いやカンって……」


 フランとしても別に同情を誘うつもりはなかったが、同じ沈みゆく船に乗っているはずの朴人のあまりの反応の薄さにドン引きしてしまった。


「そんなどうでもいいことより、なんで人族はそこまで森に執着したんですか?たった百年でそこまでのことをしてのけたということは、何か事情があったと思うんですが」


「……さすがに、人族よりもはるかに寿命が多い私たち精霊族にとっても、百年は短くない年月ですけど……はあ、ボクトさんに言ってもしょうがなさそうですね」


「いやだなあ、フランの話の内容くらい分かりますよ。どうでもいいだけです」


「ア、アハハハ……」


 あんまりな朴人の受け答えに何か言いたげなフランだったが、一つ溜息をついただけで朴人の質問に答えた。


「……百年前に啓示があったのです。それも人族だけでなくこの世界に生きるすべての種族に対して」


「へえ、啓示ですか」


「百年後、今存在する七人の魔王をはるかに凌駕する最古の魔王、永眠の魔王が覚醒し、この世界を蹂躙するだろうという天からの予言が、予言者、巫女、悪魔など様々な手段を用いて世界中に知らされたのです」


「ああ、それ多分私のことですよ」


「はいそうですね。どうせボクトさんは私の話なんてろくに聞いてくれませんからね」


「まあ、言葉だけで信じてくれとは言いませんよ。その内わかるときが来るでしょうし」


 普通ならなんとか言葉を尽くして説明するところなのだろうが、トレントに転生したせいか前世では最低限はあったはずの常識が、朴人の中から蒸発してしまっていた。


「す、すみませんボクトさん、その内という時間は、私には、うくっ、来ないようです……」


 突然、朴人の目の前で苦しそうな声を出し始めたフランの小さな体が少しづつ透けてきた。


「これは……」


「この体はあくまで活動するための依り代。本来の私はもっと成熟した肉体を持っていたのですが、本体の生命力が尽きようとしているようです。今なら、私の体の中心にある枯れかけの本体が見えるはずです。ボクトさんに助けていただいた恩をほとんど返せずに死ぬのはイヤです。でも、これも自然の摂理とあきらめるしかないですね……」


 悔しそうな感情を声に乗せつつも、痛々しくも笑って見せるフラン。

 その眼には微かに光るものが滲んでいて、少しづつ透けていくフランの姿は儚さで満ちていた。


 そんなことはさておいた朴人は、何の感慨も情緒も見せずにフランに尋ねた。


「フランはまだ死にたくないんですか?」


「もちろんですよ!ボクトさんへの恩もそうですけど、人族に無慈悲に殺されていった仲間の無念を思うと……」


「じゃあ私に寄生すればいいんじゃないですか?えいっ」


 声を震わせながら叫ぶフランを再び無視した朴人は、フランの本体を無造作に掴むと自分の腕に押し当てた。


「え?ちょ、ちょっとボクトさん?一体何を、きゃ、きゃあああぁぁぁ!?」


 植物を生やすことができるならその逆もできるはず、そんな適当としか言いようのない朴人のカンに巻き込まれたフランの本体は、溶けるように朴人の体に依り代ごと吸収されてしまった。


「あとはフランの本体に力を集めて、えいっ」


 そして、なにやら呟いていた朴人の手のひらから一つの種子が出てきたかと思うと、いきなり宙に浮かび上がって眩い白い光を放った。

 しばらく辺りを照らした光は次第にその輝きを小さくしていき、最後にその中心に二十歳前と思われる絶世の美少女を形作った。


「きゃああ、あ、あれ?私はボクトさんに吸収されて死んだはずじゃ?」


「気分はどうですか、フラン。一応これで、すぐに死ぬことはなくなったと思うんですけど」


「こ、この体は一体?これじゃ全盛期の私、いや、それ以上の魔力が体中を駆け巡っている?」


 何が起きたのか理解できずに、自分の体を撫でまわすフラン。

 変化したのはみずみずしい体だけでなく、幼女の時の在り来たりな服から、まるで貴族の令嬢かと見間違うほどに光沢を放つ、鮮やかな深緑のドレスを纏っていた。


「詳しくは自分でも説明できないんですけど、いったん弱ったフランの本体を体内に吸収した後で、私の魔力のほんの一部を込めてから再構築して、種子として再生したんですよ」


「そ、それじゃあ私は――」


「はい、寿命も力も増大したはずです。体内に吸収した時点でどうやらフランは私の眷属になってしまったようですが、まあ死ぬよりはいいかなと思ったので」


「……いえ、何の文句もないというか、全盛期の何倍も強くなってるというか、むしろ大精霊並みの力を手に入れたようなので、これなら私でも人族を追い払えるかなと思ったりしてるんですけど。でもこれほどの力を簡単に分け与えられるボクトさんはまさか……」


「おや、あそこに見えるのは街ですか。おしゃべりはこのくらいにしましょうか」






「おい、いま後ろでとんでもないことが起きてた気がするのは俺だけか?」


「シッ!!ちょっと黙ってろ!!俺たちは脅迫されて気が動転していて何も覚えてない、そういうことにしとくんだ!!」

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