第4話 一対四だから卑怯ではないはず
「おいてめえら構えろ!!」
「おいおい、何言って……おわっ!なんじゃそりゃ!?」
慌てて剣を抜いた男の声に振り返った仲間の一人が、地面につくほど長く伸びた朴人の木の枝へと変質した腕を見て目を見開いた。
「……おい、俺だって万が一にも無実の人間なんて斬りたくねえから確認するけどな、お前、自分はトレントだ、って今言ったんだよな?冗談でもそんなこと言うやつは生かしちゃおけねえ。取り消すなら今のうちだぜ」
「いえ、間違いなく私はトレントですよ。だから私を殺そうとする皆さんをこのまま街に帰すわけにはいきません」
男の最後の忠告も全く響かなかったようで、朴人は淡々と敵対宣言をした。
「……そうか、たまに良いことしてみればこれだよ、自分の運の無さが嫌になるぜ。おいてめえら、やるぞ!」
男の声に、仲間の三人は返事の代わりに剣、槍、弓矢をそれぞれ構えた。
その構えは明らかに荒事に馴れた者達の動きであり、前世でも特に運動が得意というわけでもなかった朴人にとっては恐ろしい相手にしか見えない、はずだった。
「行くぜ、おらあああ!」
森の中のでこぼこの地面を苦にすることもなく走る男は、あっという間に朴人まで迫ると手に持っていた剣をその胸目がけて振り下ろしてきた。
普通なら避けるか、悪くても腕を犠牲にして防ぐかするところである。
だが、朴人の頭の中は一つの考えに囚われていて、動くことすらできなかった。
(なんだろう、ものすごく危険な状況のはずなのに、ちっともあの鋼鉄の剣が危ないと思えない)
そんな隙だらけの朴人の逡巡を知らない男は、僅かなためらいも見せることなくそのまま剣を振りぬいた。
「よし獲った……ぁあ?」
素っ頓狂な声を上げた男の剣は、確かに朴人の体に触れていた。
だが、大抵の生き物の肉を切り裂くことのできるはずの鋼鉄の剣は、朴人が羽織っているマントと朴人の皮膚にわずかに食い込んだだけでその動きを止めていた。
「おいおいおいおい!どういうことだよ!なんで剣の刃が通らねえんだ!?」
見たことも聞いたこともない事態に我を忘れた男は、防御も回避も捨てて朴人の体のあちこちをやたらめったらに斬りつけ始めた。
「おい!てめえらもボケっとしてないで手伝え!」
後ろも振り返らずに叫ぶ男の声に、目の前の光景を理解できずに呆然と突っ立っているだけだった仲間の三人も思い思いの攻撃を加え始めたが、いくら攻撃しても傷どころか朴人の眉一つ動かすことはできなかった。
もちろん朴人にとっても、こんなことになるとは夢にも思っていなかった。
だが、凶器を振るう四人の男たちの恐ろしいはずの姿が、なぜかその辺をはい回るアリ程度の些細な存在に思えてならなかったのだ。
ともあれ、相手は明確な敵意を示してきた。
遅すぎる気もしないではないが、反撃するには十分な理由だろうと朴人は判断した。
「もういいですか?それなら、今度はこっちから行きますよ」
朴人は倍の長さに伸びた木の枝と化した腕を男たち目がけて振り回した。
「うおっ!?気を付けろ!細かく分かれてる枝のせいで、思ったよりも攻撃範囲が広いぞ!」
だが両腕をぶんぶん振り回すだけの朴人の攻撃は、男たちに当たる気配すら見せずに空を切った。
さすが冒険者を名乗るだけあって、異形とはいえ素人の攻撃など簡単に避けられるらしい。
「でもよ、これどうやって攻撃すりゃいいんだよ!」
仲間の一人が叫ぶように、朴人の
「落ち着け!掻い潜るのが駄目なら――」
男はそう呟くと目の前を通過した枝の一つに狙いを定めて
「壊しちまえばいいんだよ!!」
剣を振るって枝の一部を切り飛ばした。
「よおし、それなら俺も」「牽制は任せろ!」
もう一人の剣を持っていた仲間が枝破壊に加わり、槍と弓を持った残りの二人は朴人の体に狙いを定めて動きを封じにかかった。
こうして朴人を攻略する手段を思いついて士気の上がった四人だったが、それゆえに当の朴人に相変わらず全く焦りが見えないことに気づくことができなかった。
(こちらの攻撃は見切られ、徐々に枝を減らされてジリ貧か。それなら)
「破壊できないほど太くて大きな枝にすればいいだけですね」
男達への攻撃を左腕一本に任せた朴人は、剣で斬られて随分と短くなった右腕の枝を再び伸ばし始めた。
パキ パキパキ
「おいっ!あいつまた枝を伸ばし始めたぞ!」
「構うな!俺たちが攻撃する速度の方が速い!こっちの枝を破壊し終えたら俺たちの勝ちだ!」
パキパキパキ ゴリ
「お、おい」「なんだよ、あ、ああああ」
ゴキゴキゴキ バキ
「おいっ!」
「あ!?何だよもう少しで」
「馬鹿野郎上だ!」
朴人を助けた引け目もあってか、一心不乱に攻撃していた男はようやく気付いた。
「これなら避ける隙も無いですよね」
真っすぐに上に伸ばした朴人の右腕が、樹齢何十年も経った巨木のように大きくなっていたことに。
「ちょ、ま」
「えい」
グフォオオオォォォオオオオオオオオオオオオオオオオオオッ
「「「「ぎゃあああぁぁぁああああああぁぁぁアアア!!!!」」」」
出来の悪いCG合成のように第二関節辺りから不自然に結合した朴人の腕が男たちの真上から例えようもないほどの轟音を響かせながら降り注いだ。
次に男が目を覚ました時、なぜか腰に違和感を覚えた。
「あ、起きましたか。おはようございます。といってももう夜ですが」
「ヒイイィィ、バ、バケモノ!?っていうか俺、あの枝を食らったはずじゃ――」
「いやあ、試しに本当の手みたいに動かせるかなと思ってやってみたら、全員傷つけることなく寸止めできましたよ。助かってよかったですね」
月が出ているお陰でかろうじて見える朴人の顔を見て、男はこれまで見てきたどんな魔物とも違う種類の恐怖に駆られた。
「……お前、今、たまたま助けられたから俺たちを助けたって言ったのか?」
「そうですね、自分でも人殺しへの抵抗の無さというか、激変している倫理観に戸惑っているところですけど、まあそこは否定しません。それよりお願いがあるんですよ。その精霊を解放してくれませんか?トレントと名乗った以上はあなた方からまともな情報を得られるとは思えませんし、この世界のことを教えてくれる案内人が欲しいと思いまして」
「そ、それなら勝手に連れていけばいいだろうが!」
「失敬な、私は盗人ではありませんよ。あなたたちがその精霊の所有権を主張する以上は一言断るのが礼儀というものでしょう。あなたが起きてくれて助かりました。待つのも飽きたので、そろそろ強引に起こそうと思っていたところだったんですよ」
(駄目だこいつ、話が通じているようで全く通じてねえ!やっぱりどんな姿でもトレントは所詮トレントっていうことか。だが、このままタダでくれてやるのは俺の冒険者としての信用に関わる。何とか対価を引き出さねえと……)
「いくらだ?いくらでそいつを買い取る?ああ、トレントに金の話をしても仕方ねえか。しかもそんな素っ裸同然のナリに期待する方がアホか。なら、金じゃなくても効果の高い薬草とかでも――」
「そうですね、それなら、あなたたちにとって一番価値の高いものにしましょうか」
男の心の内を知ってか知らずか、朴人は遮るように言葉を続けた。
「あなたたち四人の命と交換、なんてどうですか?」
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