第6話 冒険者ギルドでやってみた

 冒険者ギルド。

 少なくともこの世界では、街中から殺到する様々な依頼を、冒険者と呼ばれるギルドに登録した者達に、定めたランクに見合った仕事を割り振って、諸問題を解決する組織として認知されている。

 要するに何でも屋だ。

 だがそれ以上に、このリートノルド子爵が支配するリートノルドの街の冒険者ギルドには、周囲の森を切り開くため森に住む魔物や精霊など異種族を排除し、百年前の啓示で明らかになった最古の魔王探索の為の前線基地としての使命があった。


 だが、どんな強固な組織も百年も経てば良くも悪くも変化することは避けられない。

 過酷な大自然の中で時には自ら剣を振るい、家臣や移住者から絶大な人気を誇った初代から代を重ね、今では王国でも中規模の街へと発展したリートノルドの街のトップであるリートノルド子爵家は、現在四代目がその責務を引き継いでいた。

 当代への民の評価は、良く言えば質実剛健、悪く言えば守銭奴。

 先祖が森を切り開く際に、常に資金不足に悩まされた苦労話を聞かされたせいか、街のあらゆる金の流れに監視の目を光らせ、儲け話の匂いには人一倍敏感だと定評があった。

 そんな領主の影響を受けたのか、街の各組織も魔王探索の任務そっちのけで採取や狩りに勤しむ様になり、もはや目的と手段をはき違えているのではないかとさえ言われるほどだった。


 朴人と成り行きで眷属となったフラン、そしてガタガタ震えっぱなしの四人の冒険者の目の前にある冒険者ギルドもそんな利益最優先組織の一つ、というより金儲け主義の急先鋒だった。


「おい!いつになったら俺たちを自由にしてくれるんだよ!」


「心配しなくてもちゃんとあとで解放しますよ。ただ、あなたたちがいてくれた方が何かの役に立つかもしれませんから、もう少し付き合ってもらいますよ。だから、その腰にあるツルを外そうとしないでくださいね。何かのはずみでキュッ、なんてこともあるかもしれませんから」


 騒ぎ立てることもできないので小声で怒鳴るという器用な真似をしてくる男に対して、淡々と脅しをかける朴人。


「お、俺はそんなことして……おいっ!?あいつを刺激するようなマネはよせとあれほど――!!」


 緊張の糸が切れたのか、とうとう冒険者ギルドの前で揉めだす男たち。


「では、あまり目立たないようにしながらそこで待っていてくださいね。必要があれば呼びに戻りますので。ああそうだ、このツルは私からある程度離れたら自動的に締まるようにもなってますので、下手に動かない方がいいですよ」


 揉みあいを演じながら徐々に遠ざかろうとしていた四人がその場で凍り付いたのを見届けもせずに、今やだれもが振り返るほどの美少女へと変貌したフランを従えて、朴人はギルドの門をくぐるのだった。






「冒険者ギルドへようこそ。本日はどのようなご用件ですか?と言いたいところなのですが、ギルド内ではマントの着用はご遠慮願っております。この場で外して頂けませんか?」


「わかりました、フラン、持っていてください」


 そうギルドの受付嬢に言われて傍らの少女にマントを渡した朴人。

 そこへ集まるギルド内の空気は、全裸男の変態ぶりに驚く人々の目、ではなかった。


 実は朴人によって眷属化され強力な力を手に入れたフランが、朴人の突飛すぎる格好に気付いて、街に入る直前で魔力と植物を使って、人族の世界でも通用する衣服を作り着せていたのである。

 そのおかげで、数種類の緑で上品にコーディネートされた朴人のファッションは、少々人々の目を引く程度の、応対したギルドの受付嬢からは普通よりやや上等な一般人と認識されるようになっていた。


「はい、結構です。それでは改めてお伺いしますが、どのようなご用件ですか?お見受けしたところ冒険者ではなさそうですので、ご依頼かと推察しましたが」


 控えめながら光沢を放つ朴人の服を見てそれなりの家の者だと判断した受付嬢は丁寧な言葉づかいで尋ねる。


「いえ、依頼ではないですね。私はトレントのボクトという者です」


「トレント様ですか?(そんな家この街にあったかしら?)それでどのような用件で?」


「お話があるので、至急ギルドの一番偉い方に取り次いでもらいたいのですが」


「……少々お待ちください」


 一瞬だけ怪訝な顔を見せた受付嬢は、それでも営業スマイルは崩さずに奥へと消えていった。


「ご、ご主人様、ギルドマスターに会って何をなさろうとしているのですか?あの様子ではおそらく会えはしないと思うのすが……」


 同じ敬語でもはっきりとした違いを見せるフラン。


「おやフラン、急にどうしたんですか?今まで通りボクトと呼んでくれていいんですよ?せめてご主人様というのだけはやめてほしいんですが」


「いえ、眷属としていただいた以上、主従の礼儀を弁えるのは当然です。……ではボクト様と呼ばせてもらいます」


「まあいいでしょう。質問の答えですが、フランと同じです」


「同じ、ですか?」


「私なりの礼儀ですよ。たとえどのような形でも、不意打ちというのは私の主義に反するんです。中学生の頃に、昼休みに寝ていた時にクラスメイトにいきなり起こされた経験から、この先不意打ちだけは死んでもするまいと心に決めたものです」


「チュ、チュウガクセイですか。よくわかりませんが、わかりました」


 朴人とフランがそんなやり取りをしていると、奥から受付嬢が戻ってきた。

 さっきと違うのは、両脇にギルド職員と思われる屈強な男二人を従えていることだ。


「申し訳ありませんが、

 ギルドマスターは多忙につきお会いになれないそうです。この者たちが外までお送りしますのでどうぞお引き取りください」


 アポもなしにギルドマスターに会いに来た朴人は、どうやら受付嬢から不審者とみなされたようで、口調こそ丁寧だが明らかに警戒されてしまった。


「そうですか。なら伝言をお願いします」


「それならお伝えしましょう。さあどうぞ」


 二人の男が朴人の腕を掴もうとしたが、直前で受付嬢が目顔で止めた。


「いやなに、単なる最後通告ですよ。


 今すぐ私の庭から全員出て行け


 この言葉をギルドマスターから街のトップに伝えてください」


「っ!?あなたたち!!」


 朴人の言葉に即応して、受付嬢が二人の屈強なギルド職員に目の前の男を取り押さえるよう叫んだ。

 だが、二人に逃げるように指示するべきだったと悔やんだのは、ギルドの警備兵の二人が吹き飛んだわずか数瞬後だった。


「……え?あれ?」


「乱暴ですねえ。ここでやるつもりはこっちにはなかったのですが」


「なっ!?あなた、その腕は!?」


「あれ?言ったではないですか、私はトレントだと」


 二人の男を吹き飛ばした朴人の腕は丸太のように太く、というより完全に丸太並みの太さを持つ枝に一瞬で変化していた。


「お、おいあれ!」


「人族、じゃないのか!?」


「誰か、早く治癒術師を、ていうかそこら辺にいる冒険者全員呼んで来い!!」


 ギルドの壁にめり込んだ男たちと異形の姿になった朴人を見て、周囲の冒険者たちがようやく騒ぎ始めた。


「……あなたたち、ここがどこだかわかっているのですか?リートノルドの街の中心、それも腕に覚えのある人たちが集まる冒険者ギルドの建物内ですよ。生きて帰れるとは思わないことですね。今投降すればせめて楽に死なせてあげられますよ?」


 朴人とフランの周りを徐々に包囲する冒険者たち。

 フランも覚悟を決めた顔で身構える。


 だがその中心にいる男、トレントの朴人の考えは他の誰とも違っていた。


「街の中心?建物の中?どうやらわかっていないのはあなたたちの方のようですね」


 一つ溜息をついた朴人は、この場にいる者全員に確実に伝わるように宣告した。


「ここは私の胃袋の中ですよ」


 メキ


 最初に異変に気付いたのは入り口に陣取っていた若い冒険者の男だった。


「なあ、この入り口の柱、こんなに太かったっけ?」


「こんな時に何変なこと、いや、こんなんじゃなかったはず、っていうかどんどん太くなってるぞ!?」


 ミシメシメキ


「おい、あっという間に倍の太さになってねえか?」


「こっちの柱も、そこなカウンターもだ!?この中の木でできた物全部がデカくなってやがる!?」


「……これ、このまま建物の中にいたらヤバくねえか?」


「……早くここから出るんだ!!」


 一人の冒険者のその一言によって、朴人のことなどそっちのけで入り口に殺到し始めた冒険者たち。

 中には朴人を倒せば治まるかもとばかりに斬りかかっていた冒険者も数名いたが、外にいるはずの四人の男たちと同様に、かすり傷一つ負わせられずに凶器と化した朴人の極太の枝の腕に殴り飛ばされた。


「あなたも早く脱出した方がいいですよ。ああ、でも一方的に追い出すのもフェアじゃないですね。ではこうしましょう。今から三時間後に私はこの街の門、方角はどっちでしたっけ?「南門です」そう南門、そのあたりで待っていますので、私を倒そうという気概と死ぬ覚悟を持った人たち全員でかかって来てください。そのほかの人は全員ここから立ち去ってくださいね。残っていた人は私を倒そうとする人たちと同じとみなしますので。……もうすぐこの建物にある全ての木材は一本の木として融合しますから、本当に逃げた方がいいですよ?では失礼」


 入り口ではなく近くの壁をその腕でぶち抜いて去っていく朴人とフラン。

 しばらくその様子を見守っていた受付嬢はハッと我に返ると、ギルドマスターの安否を確認することなく朴人が空けた穴から一目散に脱出するのであった。

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