第7話 一対千だから卑怯ではないはず、絶対にだ

「それでみすみすそのトレントを見逃したというのか、恥さらしめ!!」


「申し訳ありません!!ですが冒険者を一蹴するトレントに私ごときが何かできるわけでもなく……」


 ここはリートノルドの街の領主であるリートノルド子爵の屋敷。

 その執務室に顔を真っ赤にして怒鳴る口ひげを蓄えた屋敷の主と、反対に真っ青な顔色をしながらも必死に報告する冒険者ギルドの受付嬢の姿があった。


「そもそもなぜ貴様のような身分の低い者が、この私に直接報告に来るのだ?ギルドマスターが自ら来るのが筋だろう!」


「そ、それが……」


「その件はわたくしの方から」


 リートノルド子爵の背後に控えていた腹心の家臣が前に進み出た。


「冒険者ギルドにて異変が起きているとのうわさを聞き付け、配下の者を数名情報収集に当たらせたところ、ギルドの建物が跡形もなく消え、代わりにギルドの倍の高さはある巨大な一本の木が生えているのが確認されました」


「木だと?バカを言うな、冒険者ギルドがあるのは街のど真ん中だぞ?どうやったらそんな芸当ができるというのだ?」


「それが、不可解なことに周囲にはレンガや石材の破片が散乱していたのですが、同じく建材として使われているはずの木材が欠片一つ見つからなかったそうです」


「それこそありえん話だ!その場にいた者全員が幻術にかかっているのではないか?」


「あの……よろしいでしょうか?」


「なんだ貴様、まだいたのか?おい、今すぐこの無礼者を追い出してギルドマスターを連れてこい!」


 主従の会話に割って入ろうとする受付嬢の存在にさらに機嫌を悪くする子爵。

 だが、いつもは無言で主の命令を実行する腹心がなぜか一歩も動かなかった。


「ギルドマスターはいません。この問題に限り、目撃者でもある彼女が最も適任だと私が判断し、ここへ連れてまいりました」


「いない?この非常時に一体どこへ――」


「確認しましたところ、異変が起きた当時、ギルドマスターは幹部全員での会議の最中だったとのことです。機密保持のため完全防音処理の施された会議室を使っていたとのことで、おそらく事態に気づかず、逃げ遅れてそのまま圧死した可能性が高いと思われます。今のところは死体の一部も見つかっていないので行方不明扱いですが」


「……単なる仮説を私に聞かせているのではなかろうな?」


 先ほどとは一転して、静かに部下に糺す子爵。

 だが、初めて拝謁を許された受付嬢から見ても、子爵が怒りを抑え込んで話しているのは明らかだった。


「君、説明を」


「は、はい。トレントという種族はその中では多様な違いがあり、植物を急成長させたり新たに種子を創造することができるも個体もいるそうです。特に千年以上長生きしたトレントになると、死した者に再び命を与えることもできるという伝説が残っています。あくまで伝説ですので、真偽のほどは定かではありませんが――」


 ドンッ


「だから!!この非常事態に私に不確かな情報を聞かせるなと言っておるだろうが!!」


「も、申し訳ございません!しかしそれ以外にこの現象を説明することができないのです!」


 子爵のあまりの剣幕に頭を下げ泣きべそをかきながらも、見事自分の意見を言い切った受付嬢。

 その様子を観察しながら子爵は腹心の顔を見るが、彼もまた小さく頷くだけで受付嬢の言葉を否定しなかった。


「……まあ起きてしまったことは今は後回しだ。わかっていることは、初代以来行ってきた我が魔王探索の使命が森に眠っていた危険なトレントを目覚めさせた結果、冒険者ギルドの建物と指揮系統が壊滅してしまったということだ。それで、そのトレントは本当に南で待っているのか?」


「はい。斥候の報告によると、南の平原で配下と思われる精霊と共に一歩も動かずに、こちらの方角を見ているとのことです。おそらく最後通告とやらは本気なのでしょう」


「そうか、ならばやることは一つだ。我が子爵家の兵、冒険者、それに戦える者達すべてを対象に総動員をかける。そのほかの戦う意思のない者と一般人すべてに、街からの退去の準備をさせろ。例外は許さん、歯向かう者あらば斬れ」


 極端すぎる子爵の命にその場にいた全員が息を呑む。

 その中で一番早く我に返ったのは、長年リートノルド子爵家と苦楽を共にしてきた腹心の家臣だった。


「よろしいのですか?戦いに赴く者達はともかく、一般人まで対象にすると旧に復するのにかかる費用と年月は相当な物になりますが?」


「構わん。この街に定住する際に、住民にはそういう事態もありうると全員誓約書を書かせている。費用なら我が蔵を開けば済む話だ。第一、問題のトレントの実力が未知数である以上、戦力の出し惜しみをするのは愚策だろう。不本意ではあるが、私自らが率いれば冒険者共も表立って文句は言うまい」


「しかし、相手はトレント一匹、やはり総動員というのは過剰戦力では?」


 念を押す様な腹心のもっともな疑問に子爵も分かっているとばかりに頷く。


「最近は冒険者ギルドの統制が上手くいっていないと報告が上がっていただろう。そこに都合よくギルドマスター以下幹部全員が死んだのだ、非常時の訓練にもなるし、ここで商人どもも含めて私への忠誠を確認するいい機会になるだろう。この際だ、近頃は森から手に入る資源も枯渇気味だったから、トレントを排除した後は一気に森から完全に異種族を駆除して、街の拡張に本格的に着手するのも手だとは思わんか?」


 ニヤリと笑う子爵の深慮遠謀に、腹心だけでなく完全に蚊帳の外に置かれていた受付嬢も思わず頭を下げるのだった。






「来ました。左に冒険者、右に統率の取れた部隊――多分領主の直属軍です。中央に護衛に囲まれた派手な鎧を着た中年の男がいます。あれは領主本人かも」


 それから約二時間後、やや雑然としながらも南門を出発するリートノルド子爵の私兵と冒険者の連合軍の気配を風の探知魔法で察知したフランは朴人に報告した。


「そうですか、数はどれほどですか?」


「大まかにしかわかりませんが、千には満たないくらいだと思います」


「確認しますが、彼らは街から逃げ出そうという戦意のない人たちではないんですね?」


「はい、反対側の門から武器を持たない人族が街から脱出する様子が確認できていますから、間違いありません」


「ではフラン、ご苦労様でした。あなたはもう自由です。どこへなりとも行ってかまいませんよ」


「えっ?ボクト様は逃げないんですか!?いくらボクト様でもあの数の人族を相手にするのは無理です!」


「実はね、私を殺しに来る人族の集団のことは、根を通してすでに気づいていたんです。でも自分でも不思議だったんですけど全く怖くない。一万年の眠りから覚めて四人の冒険者に襲われた時も、冒険者ギルドに乗り込んだ時も、わずかほども恐怖心が沸き上がって来なかったことが不思議でしょうがなかったんです。それが今、たくさんの人の殺意に晒されてようやく気付けました。ああ、自分は彼らの力を微塵も恐れていない、彼らがどれだけかかって来ても蹂躙できるだけの力を自分は持ってしまったのだと」


「ボ、ボクト様?」


 出会って間もない朴人の言っていることが、フランにはほとんどわからない。

 ただ一つはっきりしているのは、朴人があの人族の集団に一切容赦するつもりがないということだ。


「私が今も生きているのはボクト様のお陰です。もとよりあの森は私の家、森を守る戦いにボクト様が挑むと言うなら眷属の私は従うだけです」


「そうですか」


 極めて短い返事でフランの意志を受け取った朴人の顔は伺い知れない。


「でしたら、少しだけ後ろに離れていてください」


 パキパキパキ


「これまでと違って、今度は手加減できるほど小規模ではありませんので」






「ぜ、全軍停止!!全軍停止!!」


 突然、連合軍の前を一騎の騎馬が悲鳴のように叫びながら駆け抜けた。


「なんだ!?私はそんな命令は下していないぞ!!誰の指示だ!?」


「だ、旦那様、前に、前に!?」


「うるさいぞ!前がどうしたと……なんだあれは?」


 従者のうわ言のような声に、周囲に怒鳴り散らしていた子爵がようやく前方の丘に目を向けた。


 そこには百年前の森にすら、若い頃にはこの国の各地を旅行した子爵でも見たことのないほどの巨大な樹が聳え立ち、今もなお成長を続けていた。

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