第43話 そして朴人は安楽椅子に深く沈みこむ

「さてと、これからどうしたものか」


 行きの「地中」ではなく、大混乱に乗じて鉱山都市ガーノラッハから悠々と徒歩で脱出することに成功した朴人。

 一万年もの間、土に埋まって眠り続けていた経験のある朴人だが、ただ埋まっているのと地中を自分の手で掘り進めて長距離を移動するのとではさすがに勝手が違い過ぎた。

 そこで多少の荒事は仕方ないと、(朴人の感覚では)コソコソしながら門をうかがってみたのだが、ドワーフ王ガーノラッハの居館でもある大工房が破壊されたとあって、多くの警備の衛兵で守られているはずの門がもぬけの殻だったのだ。


「さすがに不用心にもほどがあるというか」


 破壊した張本人である朴人にそんなことを呟かれては衛兵の面子も丸潰れだが、現にみすみす犯人を逃がしてしまっているのだから仕方ない。

 もっとも、見事朴人の脱出を阻止しようとしたとして、さらなる大惨事が引き起こされていたかもしれないと考えると、衛兵たちの愚行も英断と言えなくもないが。


「でも、これからどうしたものか……」


 先ほどと同じような言葉を呟く朴人だが、その心中にはもっと具体的な問題が描かれていた。


 もちろん朴人の目的は永眠の森に帰り着くことなのだが、そこへ至るための道、ガーノラッハ王国の国境沿いには大勢のドワーフ軍と戦士団が留まっている。

 大抵のことには無関心か無視するかの朴人だが、さすがにここまで大きな障害とあっては少しは考える。


「正直、今は暴れるって気分じゃないし」


 そう言いながら、先ほどの大工房での一件を振り返る。

 朴人の現在の形態、「圧縮体」は、睡眠時や日常生活に支障をきたさないために、前世の頃の体を一万年という長い年月をかけて「無意識のうちになんとなく」再現した代物なのだが、本来の朴人はトレントなのだ。当然真の姿も人族のそれとはまったく異なる。


 ガーノラッハの願いにこたえる形で、転生して初めてトレントとしての姿を開放したわけだが、そのサイズは正直言って朴人の想像をはるかに超えていた。


「まさか迂闊に歩けないほど大きくなっていたとはね」


 まさに真の姿の「初めの一歩」だけで、朴人の本気を願った当のガーノラッハを踏みつぶすことになってしまったわけだが、その事実が朴人の戦意を掻き消してしまっていた。


「となると、あとはどうやって国境を越えるか、なんだけど……」


 このまま徒歩、はありえない。

 いくら普通の人族に擬態しているとはいえ、今のドワーフ軍が朴人を見逃してくれる可能性はゼロだ。正体がバレるかどうかはともかく、長期間拘束されることだけは間違いない。


「かと言って、地面に潜るのもなあ……」


 ちょっとした好奇心で地中行を試してみはしたが、岩石や断層に何度も行く手を阻まれて回り道を強いられたので、二度と御免だという気分になっている。

 安全性で言えば地中行が一番なのだが、面倒を嫌う朴人はこの選択肢もあり得なかった。


「あとは、迂回するしかないけど……」


「普通の方法」としてはこれが最善、というかこれしかないはずなのだが、朴人はまたも考える。

 それもそのはず、転生して一万年以上の年月を生きる朴人だが、その生のほとんどを睡眠で過ごし、残ったわずかな覚醒時も永眠の森からほとんど出ることがなかったため、土地勘というものがまるでないのだ。当然、長期間の旅もこれが初めてで、しかも事前に『銀閃』やガラントから聞いていたルートを地図を頼りになぞっていっただけだったので、いまだ旅の経験があるとは言い難かった。

 こんな状況で未知の迂回ルートを模索しようと思うほど、朴人は努力家ではなかった。


「はあ、なんだかもうめんどくさくなってきた……」


 いっそのこと普通に国境まで行ってドワーフ軍を蹴散らすか、なんて物騒な考えが再び朴人の脳裏にちらつき始めた、その時だった。


「……ん?」


 国境へ向けて歩き続ける朴人の視界、地平線に沿って何かが蠢いている。

 最初の頃ははっきりしなかったが、歩いていくうちにそれが鋼の鎧に身を包んだ軍の一団だとわかった。


「だとすると、可能性は一つしかないかな」


 まだはっきりと見えたわけではないが、朴人はドワーフ軍だと勝手に断定する。


「……正直、乱戦になるのが一番面倒だな」


 ここにいるのは朴人一人、そばにはフランも亜人魔族もいない。


「やっぱりこれが一番かな」


 そう呟きながら、朴人は右手を持ち上げ巨大な樹へと変化させていく。

 それを見た前方のドワーフ軍からどよめきが伝わってくるが、今の朴人に交渉という選択肢はない。そんな高等スキルを持ち合わせていない朴人にとって、あとで殴るくらいなら今殴った方が面倒が少ないからだ。


「そろそろいいかな」


 この距離でもドワーフ軍を薙ぎ払えるサイズまで右腕の樹が成長しかかったころ、朴人の耳に聞き覚えがあるような声が、急拡大する緑の人影と共に前の方から届いた。


「ストップ!!ストップですボクト様!!私です!!フランですーーーーーー!!」






「はあ……さすがの私も、一巻の終わりかと思いましたよ」


「まあいいじゃないですか。結局は何事もなかったんですから」


 盛大にため息をつくフランにこともなげに応じる朴人。


「そんなわけがなかろう。ワシもアレを食らうのは二度と御免だが、あの大樹を見ただけでドワーフ軍の混乱は相当なものだったのだからな」


 そう突っ込みを入れているのはドワーフのガラント。そして、


「……ボクト様、まずはワシらへの攻撃を留まってくれたこと、感謝する」


 ガーノラッハ王国戦士団長、フギンがこの場にいた。


 ここは朴人とドワーフ軍が接触した地点から程近い、とあるドワーフ族の村。

 その内の一軒をフギンの名で借り受けて、こうして四者で今後のことを話し合うことになったのだ。


「じゃあフラン、始めてください」


「はいはい、わかりました。まったく、ボクト様は眷属使いが荒すぎますよ」


 そう文句を垂れつつも、フランは律義に場を仕切って朴人不在の間の一部始終を説明し始めた。


 朴人が作り出した特別製の「森」が見事ドワーフ軍を阻んだこと、すでに永眠の森に入り込んでいた『漆黒の針』十個小隊は『銀閃』とガラントの活躍によって完全降伏したことなどが簡単に説明された。


「そして、先に進めずに国境で往生していたフギンさん達を、ガラントさんが説得してくれたんです」


「ワシ一人では無理だっただろうがな、フランチェスカ様と人質となった『漆黒の針』がおったのでな、フギンを納得させるのはそう難しくは無かった」


「ボクト様がここにいるということがどういうことか、街の方からの鳥便でおおよその事情は把握しております。ボクト様が無条件降伏しろと仰るのであれば、戦士団長として甘んじてお受けしましょう」


「……フラン、わかっていますね?」


 頭を下げながら殊勝な物言いで朴人の言葉を待つフギンだったが、当の本人は嫌そうな顔でフランを見ていた。

 悲しいかな、フギンの誠意は全く伝わっていなかった。


「……やっぱりそうなりますよね。ええっとフギンさん、ボクト様はガーノラッハ王国の臣従を望んでいるわけではありません。ただ、これ以上永眠の森に手を出さないこと、そして人族に協力しないことを誓ってくれればいいですよ」


「し、しかしそれではあまりにも……」


「そのかわり、フギンさんの裁量でしっかりとドワーフ族を纏めてくださいね。もし、一人でもドワーフ族が暴走するようなことがあれば、その時は……」


「……わかりました。王国の民に限らず、全てのドワーフ族がボクト様のご意思に抗わぬように努めます」


「次の王の選定のこともある。鉱山都市ガーノラッハにはしばらくワシが留まろう。先王の大叔父の肩書が、血の気の多い若いドワーフを抑えるのに少しは役に立つであろうからな」


「おお、鉄鎖のガラントが助力してくれるとなれば、ワシとしても大いに助かる。この通りだ!」


 ややめんどくさそうに提案したガラントに、フギンが再び勢いよく頭を下げた。


 これで、朴人の行く手を阻む障害は無くなり、心置きなく永眠の森へ帰れる運びとなった。






 その翌日の、永眠の森の中央部に位置する市街地。


 その内の大きめの邸宅の居間に、よさげな安楽椅子をどこからか持ってきてもたれかかる朴人と、側で小言を言うフランの姿があった。


「あのーボクト様、まだ森の中の事後処理とか報告とかが山のように溜まっているんですけど……」


「そういうのはすべてフランに任せます。今回は私も働きましたから、その分の疲れを癒したいのです」


「今回は今までと違います!私一人では処理しきれないほどの仕事が溜まっているんです!」


「なら人手を増やせばいいでしょう?」


「ちゃんと私の権限の一部を担ってくれる爵位持ちが一人もいないじゃないですか!いくら眷属を作っても、爵位持ちじゃないと任せられないレベルの仕事だってあるんですよ!?」


「じゃあ命じます。我が眷属フランチェスカに『男爵』の任命権を与えます」


「いやいや、そんな口先だけでどうにかなるわけないじゃないですか!そういう重要な契約はしかるべき儀式を行わないと……な、なんですかこの光は!?光ってる!私、今光ってる!?」


「はい、これでフランに男爵任命権が付与されました。なんとなくできるかなと思ってやってみましたけど、案外何とかなるものですね」


「適当!?ボクト様の適当はスケールが大きすぎです!!」


「じゃああとは任せましたよ、フラン。私は寝ます」


「あ、ちょ、ボクト様!?待てコラこの腐れ外道――」


 そんなフランの声を夢うつつに聞きながら、朴人の意識は安楽椅子の奥底に沈んでいった。

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