第42話 朴人、言われたので本気出す

 ドワーフの戦士は基本的に盾を持たない。その理由は様々だ。

 ただでさえ遅い足がさらに盾に阻害されるとか、木や革の盾ではドワーフ同士の実践訓練ではすぐにダメになるとか、鉄の盾を持つくらいならその分短いリーチを補う武器を持った方がいいとか。合理的なものから眉唾物まで、中には太古の昔に神々から呪いを受けたせいだなんていう輩もいる。


 もちろん、ドワーフ族は盾の利点を熟知しているし、そうでなければ人族からの注文に応えられるはずもない。

 だが結局のところ、重装甲の鎧で全身を固めて重量級の武器を振り回した方が効率的に戦える、という最大の理由が圧倒的大部分を占めていた。軽装だろうと重装だろうと変わらぬ動きを発揮できる頑丈な体を持つドワーフにとって最も理にかなった戦い方だった。


 もちろん今代のドワーフ王ガーノラッハもその例に漏れないタイプの戦士だったが、やはりそこは王、並の戦士とは格も装備も何もかもが違った。


 先ずその身に纏うのは、銀よりも美しい輝きを持つという伝説の金属、ミスリルで作られたドワーフ王専用の鎧だ。その硬度は鉄の数十倍とも言われるだけでなくほぼすべての魔法を無効化あるいは反射する。


 このように武具の素材としては夢の金属なのだが、重大な欠点が一つ。その硬度に比例する形で非常に重いのだ。

 仮にガーノラッハの装備している鎧を他の者に着せたとしたら、並のドワーフの戦士なら行動不能、人族の騎士なら複雑骨折、そして人族の平民やエルフ族が着れば圧死、と言った結果に終わるだろう。

 通常ミスリルは、鋼に少量混ぜることで強度を飛躍的に上昇させる媒介として使われている(一般的にミスリル装備とはこれを指す)。だが、ガーノラッハの装備は純度100%の混じり物など一切ない本物のミスリル。本来は武具として制作すること自体が狂気の沙汰なのだ。

 その重さを感じさせずに立っているガーノラッハの頑丈さと足腰の強さは、ドワーフの中でも別格だとこの一事で言える。


 さらにその両手に保持するのは、鎧と全く同じ輝きを放つ全く同じ形状の二本の大戦斧。長槍ほどの長さの柄に、盾としても使えるほどの刃幅を誇る。もちろんこちらも純度100%の代物だ。

 王国では、この大戦斧で大型のドラゴンを一刀両断したという伝説まで存在する。


 装備できただけでドワーフの王の証と称えられてしかるべき、ミスリルの鎧と二本の大戦斧。

 それらの重さをまるで感じさせずに仁王立ちで立っているガーノラッハは、まさに全てのドワーフ族の期待と誇りを一身に背負った、神のごとき存在だ。






 造られた武具を自ら試すために建てられた大工房に併設されたコロシアム。

 その物陰に隠れて見守る侍従たちは、神々しいいで立ちの王の勝利を信じて疑わない。


 だがその家臣の期待とは裏腹に、即位して以降初の完全武装で朴人を待っているガーノラッハには一抹の不安があった。


(この王国の秘宝とも言うべきミスリルの大戦斧の力を疑っているわけではない。だが、かつてはワシと肩を並べたほどの戦士だったギルムンドの渾身の打撃が効かぬどころか、その拳を破壊する肉体の持ち主の存在を想像したことなど一度もなかったのもまた、偽りのない真実……まさか、臆しているというのか、このワシが?)


 ガーノラッハが得体のしれない敵と戦うのは、別にこれが初めてというわけではない。

 王国を守るために爵位持ちの魔族とは幾度もやり合ったし、魔王と相まみえたことも何度かある。

 だが、不遜にも魔王と名乗ったあの人族の外見をした何者かの底が、ガーノラッハには想像すらつかなかった。


(しかしやらねばならぬ。他の誰でもないワシがそう決めたのだ)


 戦士としてそう覚悟する一方、王としてはこの事態を何とか回避する手立ては無かったかと思考の海をさまよってしまう。


(そう、発端は我が大叔父、ガラントの消息不明だ。確かに、ガラントが持っていた技術を失うのは何としても避けたかった。だが、いきなり『漆黒の針』を動かした判断は本当に正しかったのか?この目の前の男を刺激しない形を取れたのではないか?柄にもなく焦っていたのは王としてではなく、突如血縁を奪われたかもしれぬ個人的な恨みを晴らしたかっただけだったのでは……)


 考えれば考えるほど無意味な加速を続ける思考と雪だるま式に増大する不安。

 かつてない負のスパイラルの心理に襲われたガーノラッハを救ったのは、王の責務でも戦士の誇りでも民への誓いでもなく、侍従に案内されてコロシアムに現れた不倶戴天の敵の姿だった。


 朴人を見た瞬間に燃え上がるように戦意が復活したガーノラッハは、それまでの怯懦を振り払うように叫んだ。


「全力で来い!!その傲慢ごと叩き潰してくれる!!」








(うわ、こわあ……)


 そんなガーノラッハの心境など知る由もない朴人の最初の感想がこれだった。

 もちろん、ガーノラッハの急上昇したテンションについていけるはずもなく、


「来ぬというならこちらから行くぞ!!」


 そうなれば当然、ドワーフとしてはありえない速度で朴人に迫り両手の大戦斧を振り上げた動きも、視認するのがやっとだった。


「王技!!アースクエイクスラッシャー!!」


 ゴゴオオオウウゥン!!


 振り上げた二本の大戦斧に魔力がみなぎったかと思った次の瞬間、朴人の体に重力の何十倍もの圧力がかかりコロシアムの地面が割れた。

 土煙がコロシアムをたちまち包む中、ガーノラッハの必殺技は止まらない。


「オオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオッ!!」


 大戦斧の一撃一撃が入るたびにガーノラッハと朴人を中心としたクレーターは深さを増していくが、ドワーフの持久力を最大限に生かした無呼吸連続攻撃はこの程度では終わらない。


(一瞬の再生も許さぬ!!たとえ塵以下までバラバラになろうとも、このままワシの呼吸が切れるまで付き合ってもらうぞ!!)


 直接の衝撃に巻き込まれないギリギリの距離で大戦斧を振るい続けるガーノラッハ。

 その姿はまさに白銀の鬼神。一心不乱に大戦斧を振り回し続ける王の姿は、周囲で見守っている侍従たちを震え上がらせた。


(っ、……最後の一撃!!)


 やがて、呼吸が限界に達したガーノラッハは最後に体内に残っている魔力をかき集めて二本の大戦斧に装填、民に不安を与えないために常に己にかけてきた制約を自ら破棄、土煙の中心目掛けてなりふり構わない全力を放った。


 ――――ッカ   ズガガガガガガガガガッアアァァァァァァァァァン!!


 攻撃を終え、全身汗まみれになりながら肩で息をするガーノラッハ。

 侍従たちですらこれほど消耗した王を見るのは初めてで、それだけに敵は跡形もなく消滅したと確信を持って安堵する。


(……っ、いくら何でもやりすぎたか)


 そうガーノラッハが声を出す余裕も無く心の中だけで悪態をつくのも無理はない。

 なにしろ、ガーノラッハが攻撃する前と後で劇的な変化が一つだけ、ガーノラッハの視界にさっきまであったはずのコロシアムの構造物が、必殺技の余波で瓦礫の山と化していた。


(まあいい。壊れたものはまた造り直せばいいだけのことだ。何しろ敵はもう……)


「ん?終わりましたか?じゃあ、今度はこっちが本気を出す番ですね」


 その、記憶に残りにくそうな声に、時が止まったかのように感じるほどのショックを受けるガーノラッハ。だが、おそらくこれから先は一生この声を忘れることは無いだろう。

 なぜなら、魔王さえ滅ぼす自信のある渾身の必殺技をその身に受けても傷一つ負わなかった男の声なのだから。


「おおお、すごいですねあなた、。転生後の私の体が傷ついたのを初めてこの目で見ましたよ」


 未だに呼吸が戻っていないガーノラッハが、朴人の声に辛うじて目を向ける。

 その先にあったのは、朴人の手の甲に残るうっすらとした赤い線。


(……ワシの、ワシの全てをかけた渾身の攻撃の結果が、あれ、だと?)


「いや、本当にすごいことなんですよ。本来の姿ならともかく、圧縮体の今の私の体に痕を残すなんて。まあ、お話はこれくらいにしておきましょう。何しろ戦いの最中ですからね。じゃあ、行きますよ」






 ガーノラッハは知らなかったが、朴人はフランなどに何度かほぼ答えのようなヒントを出していた。


 一万年前から生きているトレント。


 これだけの年月を経たトレントがどうなってしまうのか、、どれだけの成長を遂げてしまうのか、この世界の誰も知らないし知ろうとしたことすらないだろう。

 なにしろ、現存する記録で遡れる最古の文明が約五千年前。それ以前の存在など眼中に無いというよりは認識ができない。

 わかりやすく言えば、超常の存在と言ったところか。それ以上のイメージが湧かないという意味では恐れ多くも神と同一視されるのかもしれない。


 また、朴人が言った「魔王」という言葉にガーノラッハが囚われ過ぎた嫌いも否めない。

 魔王とは、神々よりその力を認められた存在。それ以外の定義は本来存在せず、力の下限を定義したに過ぎない。


 そう、魔王と呼ばれる存在に力の上限は存在しない、同じ魔王でも決して同格というわけではないのだ。


 その証拠が、ドワーフ王ガーノラッハの目の前に立っていた。


 そびえ立っていた。


「ハ、ハハハ……」


 ガーノラッハの視界に映るのは、黒ずんだ壁。そうとしか表現できない。

 上を見上げても見えるのは果てなき壁だけで、どこまで続いているのか全く見えない。


 だがその壁が出現するまでの経緯から想像するに、これは樹だ。それも壁としか認識できないほど巨大な。


 そしてその壁――巨大な樹の柱は二本ある。成長過程から察するに可能性は一つ、朴人の両の足以外に考えられない。


 その片方、朴人の右足らしき樹の柱が大地を離れた。

 その下敷きになっていたガーノラッハの街の建物がどうなってしまったか、考えるまでもないだろう。

 というより、ガーノラッハ達にもそんな余裕はない。


 巨大な樹の柱が移動して生じた風圧がコロシアムを襲ったからだ。


「ぎゃああああああっ!?」 「王よ――――!!」


 周囲にいた侍従たちが次々と空の彼方へ吹き飛ばされていくが、ガーノラッハ自身も二本の大戦斧を地面に突き刺して身を守るので精いっぱいで、とても彼らを助ける余裕などなかった。


 しかし、ガーノラッハはここでさらに、そして最後のミスを犯す。

 頑丈なドワーフの肉体なら、たとえ空高く吹き飛ばされようとも、落下するだけならあるいは命を拾ったかもしれない。


 だが、いかに伝説のミスリルの鎧にその身を守られていたとしても、ちょっとした島と同じ重さの巨大質量がが空から落下してくればひとたまりもない。

なかった。



 この日、『コロシアムのある地表を震源とした』大規模地震によって鉱山都市ガーノラッハは壊滅。

 震源地にいたと思われるドワーフ王ガーノラッハは、辛うじて原形を留めていたミスリルの鎧と大戦斧の付近に飛散していた大量の血のりから死亡と見做された。

 なお、大規模地震によって都市全体で死者行方不明者が多く出たため、いまだにガーノラッハ王の生死について断定はされていない。


 そして、その地表を震源とする大規模地震の目撃者は、一様にこう証言している。


「あれを魔神と呼ばずしてなんと呼べようか。我らが王は、魔神の逆鱗に触れたのだ」

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