第41話 結局力づくになる

「ああ、壊れちゃいましたね」


「貴様あああああっ!!」


 街を破壊されて激高するガーノラッハとは対照的に、文字通り街を薙ぎ払った右腕を人族のそれに戻しながら、こともなげに自分が起こした大惨事にコメントした朴人だったが、その実内心ではガーノラッハが考える以上の思考を走らせていた。

 ただ単に、表情に出ない程度にしか感情が揺れていなかっただけで、たとえば唯一の眷属であるフランがこの事実を知れば「あのボクト様が!?」と驚愕したことだろう。


(……予想外の出来事だけど、これはこれで帳尻が合うかもな)


 今すぐにでも殴り掛かりたい激情を抑えている風のガーノラッハに視線を戻した朴人。

 さも予定通りといった顔つきで行き当たりばったりの思い付きを、目の前で拳を震わせるドワーフ王に告げた。


「さて、これで本当の交渉に入れますね」


「何を言うか!?貴様は我が街ばかりか民まで虐殺したのだぞ!今更交渉の余地などない!我が力の全てを使って貴様を滅ぼし尽くしてくれる!」


(うん、全くの事実だね)


 心の中ではガーノラッハの言葉に一々納得しつつも、朴人はせっかく思いついたのだからと演技を続ける。


「おや?何か勘違いしていませんか?あれはあくまでデモンストレーション、あなたに私の力を知ってもらうためにやっただけのことですよ」


「だから民まで犠牲にしたというのか!?そんな論理が通るわけがなかろう!」


「いやいや、先に殴ったじゃないですか。あなたの国の元帥さんが」


「なっ……!?」


 同じ驚愕の声でも、ガーノラッハの今回の声には失態を思い出した感情が含まれていた。

 もはや朴人をこのまま逃がすつもりはないガーノラッハだが、建前上は交渉はまだ続いている。そして外交上の礼儀で言えば、ギルムンドが朴人を殴った件は宣戦布告を叩きつけたに等しい。

 殴られたから殴り返した、という朴人の論理が正当に成立してしまうのだ。


(しかも、この男は自らを魔王と名乗っている。万が一それが本当なら、あの場でギルムンドの首を落として謝罪しても事が収まらないほどの一大事件だ。それこそ、どんな理不尽な要求をされても飲まざるを得ないほどの……)


「これでお互いの立場と現状ははっきりしたと思います。簡潔に言いましょう、あなた達ドワーフ族が私の森に二度と手を出さないとこの場で誓ってくれれば、私もこのまま帰ります。もちろん私の眷属にも金輪際手は出させません」


(相互不可侵条約、というわけか……)


 いったん怒りを抑え込んだガーノラッハは素早く頭を巡らせる。

 その双肩に王国の未来という重圧を感じながら。


(この場合、この男が本当に森の支配者であるかないかは、この際関係はないだろう。問題は、この凄まじい破壊の力を有する男が、王国の中枢に入り込んでしまっているという厳しすぎる現実だ。その上、軍と戦士団の大半は国境に張り付いている。それでも残してある戦力で大抵の脅威に対応できると考えたのだが……)


 朴人がぶち抜いた大工房の堅牢な天井、そこから覗く青空を見ながら己の失策を悔やむガーノラッハ。

 実際に軍が万全の状態ならどうにかなったかはガーノラッハ自身も疑問符を付けざるを得ないが、それでも取れる選択肢が増えていたことだけは間違いない。


 そしてもう一つ、朴人の提案に厳しい条件が付けられていることをガーノラッハは聞き逃していなかった。


(「この場で誓ってくれれば」と言ったな。……つまり、この男は明日以降まで長引かせるつもりは毛頭ないと宣言しているようなものだ。そして、官僚どころか側近のフギン、ギルムンドすらいない状況。ワシ一人で即断即決せねばならんということだ。これはもはや交渉ではなく最後通告ではないか……!?)


 あまりに重い決断を迫られていることに、ガーノラッハにかかる重圧は増すばかりだ。

 記録に残っている限りでも、歴代のドワーフ王でもこれほどの重大事を王一人で決める状況に陥ったことは無かったはずだ。


 まさに王国の命運がかかっていると分かった以上、ガーノラッハが採るべき道はたった一つだった。


「わかった、その提案を飲む。今すぐに軍への命令を取り下げ、二度と貴殿の支配する森へ手を出さないと誓おう」


「そうですか、わかってくれてなに」


「ただし!!」


 これ以上朴人を刺激するのはまずいと分かっていながら、それでもガーノラッハはその言葉を遮るように叫んだ。

 今危機にさらされている民や兵に申し訳ないと思いつつも、このまま死んで行った者達の無念を見て見ぬ振りをすることは、王以前に一人のドワーフの戦士として、ガーノラッハにはできなかった。


「一つだけ条件がある!!貴殿に決闘を申し込む!!ワシが勝って負けても何も条件は付けぬ!!先ほど言った通りに金輪際手出しはせぬ!!だが、この決闘を断るというのなら交渉は決裂だ!!ワシはもちろん、最後の一兵に至るまで貴様を不倶戴天の敵とみなし、死兵となることだろう!!」


「ええぇ……」


「もちろんこの場で決断してもらう!!さあ、決闘を受けるか断るか、如何に!?」






(まったく、あんな言われ方をすれば、断ることなんてできるわけないじゃないか……)


 決闘の了承を得て、支度のために一旦執務室を離れたガーノラッハに、朴人は心の中だけで悪態をつく。

 もちろん朴人の頭の中には、自分が直前に同様の脅しをかけたことなど記憶されていない。あくまで長引かせて面倒事にしたくないと適当に思っただけの言葉だったからだ。

 しかし、提案自体はガーノラッハも了承しているので想定通りといえば想定通りなのだ。

 想定外、というより朴人の中に欠けていたのは、ガーノラッハの中に燻っていたドワーフの戦士の誇りだ。

 それは前世の頃から朴人の中に存在していない概念だったので、ある意味当然の帰結、つまり朴人の自業自得の結果と言えた。






 そんなことを考えながら、天井がなくなった執務室でぼーっとしていた朴人を迎えに来たのはガーノラッハではなく、侍従と思しき衣装を着た一人のドワーフだった。


「王がお待ちのコロシアムまでご案内します」


「え、ここで決闘するんじゃないんですか?」


「王命ですので」


 そう言われて仕方なく侍従の後についていく朴人。そして案内されたのは、大工房で作られた武具を試す場所として主に使われているコロシアム。

 そんな知識を道中侍従に聞かされた朴人だったが、特に感想などはなかった。


 あるのはただ一つ。


「済まぬな。自らの決闘で工房を破壊するなど、ドワーフとして許されざる罪なのでな。ここならば、周りの被害を減らすことが出来よう」


 完全に無くすことは無理と分かりながら話すガーノラッハのいで立ちは、先ほどまでとは一変していた。


 鎧も武器も鉄の鈍い色ではなく、銀よりもなお眩しい輝きで荘厳ささえ感じさせる。

 両手に一本づつ持つのは、人族の身の丈をはるかに超えた大戦斧。その二本の重量級武器をまるで棒切れでも持つように水平の位置で保持していた。


 その神話のような雰囲気を持つガーノラッハの姿を見た朴人は、


「じゃあやりましょうか」


 特に何も思わなかった。

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