第2話 寝すぎた
「おいっ、起きろ!!」
「うるせぇ!!」
ボゴオッ
「げふうっ!?」
快適な眠りを邪魔された寝ぼけ
目を開いてみると眠りについたはずの森の中ではなく、殺風景の極致にある様な転生直前にいた例の無個性な空間に朴人はいた。
「な、なにするのさ!?」
「何人たりとも他人の眠りを邪魔してはいけないのです」
「そんなわけないだろ!?人間っていうものは規則正しい生活を送らないといけないものだろ!?」
「いえ、私はトレントになったのでもうそんな必要はないはずです」
「君、今さっき人の眠りがどうとか……はあ、まあいいや」
相変わらず朴人の目にはその表情はわからないが、とても疲れた声を溜息と一緒に出してからソレは話を続けた。
「とにかく朴人君、トレントだってことを考慮しても寝すぎだよ。久しぶりに様子を見てみたら、寝てばかりで全くと言っていいほど活動してないじゃないか。さすがにここまで行くと転生させた者としていろいろ都合が悪いんだよ。なんでもいいから、せめて生き物らしいことをやってくれないかな?」
「なんでもいいんですか?例えば悪事でも?」
「いいよ」
冗談のつもりで聞いてみた朴人だったが、ソレから返ってきたのは言うまでもないと言わんばかりのあっさりとした答えだった。
「僕としては、君が世界に関わってくれさえすればあとはどうでもいいよ。その世界の善悪の境界線なんて些細なことさ。まあ、その結果仕返しとかされても君の自己責任だけど、それも含めて好きにするといいよ」
「そうですか。なら睡眠に支障のない範囲で好きに生きようと思います。どうも寝すぎたせいか体の動きも鈍くなってますし、起きるにはちょうどいいタイミングだったかもしれません」
「ああ、そうだろうね。実にそうだろうとも。元々トレントという種族は眠りの深い者たちだけど、この僕の知識をもってしてもここまで長い間寝ていたのは君が初めてだ。おめでとう、僕らは満場一致で君に《永眠の魔王》の称号を授けることを決定したよ」
『ボクトに永眠の魔王の称号が与えられました』
ソレのセリフと共に合成音声のような声が脳内に響き渡り、何かの力が宿ったのを朴人は感じた。
「魔王って……困ります」
「ちなみにその称号は強制的に授けられるものだから、解除することは僕にもできない。まあ君の行いが直接の理由だから、文句を言われても困るけどね」
「ちなみに私はどれくらい寝ていたのですか?」
「聞きたいかい?なら教えようではないか!」
ソレはテンションを上げると重々しい感じを出しながら告げた。
「一万年」
「はあ、そうですか。道理で体がこわばるわけです」
「いやいやいやいやいやいやいやいやいやい、ここはもうちょっと驚くところじゃないのかい!?」
「いが一個多いですよ」
「恐ろしいほど冷静だね君!?はあぁ……もういいや、なんかとんでもなく疲れたからもう終わりにしよう。君、もう帰っていいよ」
今日一番の男の疲れ切った声と共にあの時と同じように朴人の体が光り始めた。
「ああそうそう、好きにしてもいいとは言ったけど、さすがに世界を滅ぼす様な真似だけはしないようにね」
「え、なんで今そんなことを言うんですか?」
すでに全身に光が行きわたり始めた朴人に向かってソレが放った言葉はあまりにも唐突だった。
「あれ?これも言ってなかったっけ?いいかい、トレントというのは一万年も生きれば世界さ」
また、ソレの言葉は最後まで朴人の耳に届くことはなかった。
朴人が気付いた時、彼は身動きの取れない真っ暗な場所にいた。
「ああ、自分で地面に穴を掘って潜ったんだっけか。それにしても一万年か、そんな実感ないけど、っと」
そんな独り言の最中に朴人は体はおろか指一本すら動かせない現状に気づいた。
「うーん、なぜか呼吸は全く苦しくないからいいんだけど、このまま寝たらまた怒られそうだしな。……そうだ」
今の自分には体以外にも動かせるものがあることを思い出した朴人は早速寝る前に体中に張り巡らせた根を動かし始めた。
「なんだこれ?」
しかし、その試みはあっさりととん挫した。
「これ、どこまで続いているんだ?果てが見えないぞ?」
どうやら朴人が眠っている間に生やしておいた根は、好き放題に伸びまくってとんでもなく長くなってしまったらしいことに気づかされた。
それでもなんとかここから脱出しようともぞもぞと動かしていたら、遠くの方から尋常ではない地響きが聞こえてきたので、嫌な予感がした朴人はこの手段を諦めることにした。
「とはいえこのままじゃ身動きの取りようがないな……そうだ、ダメもとでやってみるか」
一つの考えが浮かんだ朴人は早速とばかりに意識を集中させた。
対象は体中に生やした根っこ。
「そういえばこの根っこ、体中どこからでも生やせるみたいだけどどうなって……まあいいか」
割と深く考えない性格の朴人はふと湧いてきた疑問を、理由なんかは二の次だとものの数秒で保留にした。
その間に何十もの根を一つに結合、さらにその中央から種を生み出し急成長させて、その幹を地表へと突き進ませた。
「あとはこれでできた隙間から掘り進めていけば――」
幾分か硬い土が割り砕かれて、なんとか動けるようになった体をよじらせながら移動すること数分、ようやく指の先が空気に触れた。
「あの人が言っていたことが本当なら、一万年ぶりの地上か。まあ実感ないけど、ここは慎重にいこうか」
そのまま腕を突き出すことを中止して頭だけを出して様子を窺うことにした朴人。
一分ほどかけてゆっくりと頭を突き出していって、瞑っていた目が冷たい空気にさらされたところで目を開けてみた。
「……」
「……ぎ」
「ぎ?」
「ぎゃああああああああああああああああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!な、ななな生首がでたああああああああぁぁぁ!?」
記念すべき朴人が一万年ぶりに地上に出た時の光景は中年の男が目をひん剥いて絶叫する姿だった。
それとは正反対にもうちょっと綺麗なものを見たかったな、と冷静に的外れな感想を思っている辺り、朴人はいつも通りだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます