第63話 帰路の果てに見たもの

「一応の始末がついたぞ」


 王宮に籠りっぱなしだった冒険者ギルドのグランドマスターが、自分の家に匿っていた『銀閃』の四人に帰って来るなりそう言ったのは、魔導師団総本部と騎士団総本部が壊滅して七日を数えた日のことだった。


 ちなみに、五人がいるリビングのテーブルには五つ分のカップしか用意されていない。

 当事者と言うならこの場には六人目、というより張本人たる朴人がいなければならないはずなのだが、今も屋敷のどこかでボーっとしているであろう朴人をわざわざ呼び出す必要性を、この場の誰一人として感じていなかった。


 朴人が聞いていてもいなくてもいっしょ、という共通認識が完全に浸透した結果だった。


「それでグランドマスター、俺達はいつ頃王都から出られそうですか?」


「まあ、落ち着けクルス。今はまだ騎士団が王都中に戒厳令を敷いていて、王都を出入りする全ての人と物が厳重に監視されてる段階だ。ギルドの貴賓用馬車だって、中を改められずに外に出るのは不可能だ」


「じゃあいつ戒厳令は解けるんだよ、グラマスのダンナ」


 クルスとグランドマスターの会話にランディが割り込む。


「あー、そこがまだ流動的でな、早けりゃ三日も明けないうちに解けるだろうが、王都の騎士派の残党の抵抗次第じゃ十日、いや二十日はかかるかもしれん」


「そりゃまずいぜグラマスのダンナ。三食昼寝付きの生活で楽させてもらってる俺達はともかく、このままこの屋敷に籠りっぱなしで、ボクト様がずっと大人しくしてくれている保証はどこにもないんだぜ?ボクト様本人が言ってたから王宮に手は出さんだろうけど、一度プッツン来たら王都の門の一つや二つはぶっ壊して永眠の森に帰るかもしれん」


 ランディの遠慮のない物言いにグランドマスターはヒクついた目でクルスの方を見るが、返ってきたのは深く何度も頷くS級冒険者の顔だけだった。


「わ、わかった。陛下には一日でも早く戒厳令を解くようにと、明日の朝一番で進言してくる」


「それがいいと思いますよ。ところで、四大騎士団が騎士派から離脱したって噂がそこかしこで流れてるみたいですけど、本当ですか?」


「……クルスお前な、そんな王国どころか他国も注目の極秘情報が、そこかしこで噂されてるわけがねえだろ。まったく、どんな手を使いやがったんだか、……ああ、事実だよ。ついでに言うと、王宮は魔導師団の生き残りとも和解の協議に入っている。俺の見立てだと、こっちも魔導派の貴族との縁切りを条件に和解が成立すると踏んでる」


「へええ、それはまた、ずいぶんと事が急転しましたね」


 心底驚いた、という風に両手まで上げてみせたクルス。

 だが、それを見たグランドマスターの表情は途端に苦々しいものへと変わった。


「何を言いやがる。お前のことだ、どうせこうなることを予測してたんだろ。で、いつからだ?」


「やめてくれませんか、俺が事件の黒幕みたいな言い方するの。別に、ただ何となく、ボクト様が騎士派と魔導士派を潰すって言うんなら、残る王国のめんどくさいところって言ったら侍従長くらいかな、って思っただけですよ」


「……それで、あの玉座の間での大立ち回りってわけか。つくづくお前ら『銀閃』を敵に回さなくてよかったと思うよ。まあそんなわけでだ、騎士派魔導派両派閥の貴族と侍従長という障害がなくなった騎士団と魔導師団は、晴れて陛下の命に従う忠臣に返り咲いたというわけだ」


「これで少しは王国もすっきりしますね」


「……一応言っとくけどな。今回の件に関して、お前らへの報償は一切無しだぞ。強いて言うなら、お前らを無事に王都から出すこと自体が褒美だと思っとけ。いいな」


「王国貴族大量殺人の片棒を担いで、いまさら褒美も何もないでしょう。でも、ボクト様は当然としても俺達を生かして帰さない気なら、こっちも必死に抵抗させてもらいますけどね」


 そう言うクルスも含めた、『銀閃』の四人はテーブルに置かれたカップに一切手を付けていない。

 そしてソファでくつろいでいるように見えて、その実何かあればすぐに動けるように四人それぞれ警戒を怠っていないことが、それなりに冒険者を見てきたグランドマスターにもわかっていた。


「まったく、冒険者やってた頃より生き生きしてねえか、お前ら?」


「まあ、ボクト様が自由にやらせてくれてるのは確かですよ」


「……はあ、やっぱ逃がした魚は大きかったな。お前らを自由にさせ過ぎると後々面倒なことになると思って、実家で引き取らせようと思ったんだがな。まあ、完全な敵にならなかっただけでも良しとせにゃならんか」


 そんなグランドマスターの呟きに、クルスは言葉を返さない。

 これは別にグランドマスターに同意したわけではなく、「ちっ、やっぱりそういうことだったのか」と言いそうになるところを、無言のポーカーフェイスで乗り切っただけだった。


「とりあえず俺は、各ギルドを回って戒厳令解除の嘆願を取りまとめる。お前らの仕事は『彼』が暴走しないように見張って、万が一の事態を起こさないようにすることだ。頼んだぞ」


 さすがに王都を滅茶苦茶にした相手を「ボクト様」とは呼びづらかったのだろう。グランドマスターは「彼」という言い回しでクルスたちに忠告すると、我が家に腰を落ち着ける間もなくすぐに部屋を出て行った。


「まったく、グランドマスターははまだアタシ達のことを便利使いする気なの?」


「まあまあ、いいじゃないですかミーシャさん。要はここで大人しくしていればいいだけの話ですし」


「マーティンの言う通りだ、実際ああやって王都中を走り回ってもらってるんだからな。それに、この関係も王都を出るまでだしな」


 リーダーのその言葉に『銀閃』のメンバー三人が頷いて、その話題は終わった。






 それから三日後、前言通りに最短の三日で王都出発の目途を付けたグランドマスターのお陰で、朴人と『銀閃』の計五人は、ギルド専用の貴賓用馬車の中で帰路に就こうとしていた。


「……はあ、けっきょく、一度も王都で買い物できなかったわね」


「バカ言うなミーシャ。こんな状況で、いるはずのないS級冒険者が王都で目撃されてみろ、一発で全員拘束されるわ。目当ての品はこうしてグラマスのダンナの方で用意してもらって馬車に積んでやったんだぞ、お前は一切運ばなかったのにな!」


「ふん、アンタがダラダラ運んでるせいで、危うく置いてかれそうになったのよ。アタシとみんなに謝りなさいよランディ」


「そこはむしろ感謝するところだろうが!」


「何よランディ、か弱いレディに重い荷物を持たせる気だったの?アンタそんなんじゃ一生結婚できなわよ」


「お前の方こそすでに行き遅れてんじゃねえか!」


「言ったわね!」


「お前ら静かにしてろ!外に聞こえて騎士が飛んで来たら、いくら俺でも庇いきれんぞ!」


 窓越しに外の様子を窺っているグランドマスターの一喝で、ようやく静かになった貴賓用馬車の中。

 そのグランドマスターが言うように、王都と外を隔てる門まであと少しというところまで来ていた。


「それにしても、いつもより遅くない?」


「当たり前だろ。戒厳令の最中は王都中の流通が滞ってたんだ。当然、解除されれば王都中の道路、とりわけ門となれば通行人や馬車でごった返すことになる。いいか、絶対に窓のカーテンを開けるなよ。最悪の場合、俺はお前らに脅されていたって証言して逃げるからな」


「それ、先にネタばらししたらダメなやつじゃねえか?」


 そんな会話で暇を潰していると(もちろん、朴人は終始無言だった)、ようやく門に設置された検問所までたどり着いた気配がクルスたちにも伝わってきた。


「はあー、ようやくか……」


「シッ」


「っ!?」


 またランディが愚痴をこぼしたその時、突然グランドマスターの緊張した沈黙を強いる一声が馬車の中を支配した。

 状況を理解できないまま、朴人を含めた五人が気配を殺していると、馬車に近づいてくる何者かの気配がした後、窓を開けたグランドマスターに声をかけてきたのが分かった。


「これはこれはマルスニウス様。先日は大変お世話になりました。これからお出かけですかな?」


「どうかそのような言葉遣いは止めていただきたい、白騎士卿。今の私は王族の籍から離脱した一平民に過ぎません。私が余計な節介をしたのは、冒険者ギルドのグランドマスターとしての義務感に他なりませんので」


「いやいやとんでもない。マルスニウス様が他の王族の方々と比しても、陛下への一際の忠誠と貢献を捧げていることは、騎士団でも周知の事実です。そのような無私の働きをする御方を平民として扱う無礼など、このブルトリウスの目が黒い内は何人にも許しはしませんぞ」


「これは恐縮至極……」


「ところで、どちらにお出かけですかな?ああいや、決してマルスニウス様を詮索しようなどという気はありませぬ。ただ、よろしければ騎士団の方から護衛を出させていただければと思いましてな。何しろマルスニウス様の御口添えのお陰で、四大騎士団長の留任が決まったようなものですからな。そのような大恩人にもしものことがあれば、他の騎士団長から怠慢の誹りと非難されること間違いありませぬので」


「……いえ、せっかくの御申出ですが、ギルドの機密に関わる他出ですので……」


「そうですか、これはまた余計な節介でしたな。では、この前の礼は別の機会に。――おい、この馬車を最優先でお通ししろ」


 そう白鷲騎士団長がお付きの者らしき者に指示した後、去り際にこう言った。


「そうそう、お連れの方々にもよろしくとお伝えください。あと、、とも」


 誰に言うでもなくそれだけ言い残して、声の主の気配は遠ざかっていった。


「…………ちっ、やっぱり気づいてやがったか、白騎士卿め。相変わらず食えない男だ」


「……今のは、見逃されたと見ていいんですか?」


 いかにS級冒険者クルスと言えど、王国守護の要たる四大騎士団の長相手ではさすがに緊張は隠せない。

 ましてや、ここは王国守護の最後の砦と言うべき王都門の中。もしこの場で戦闘に発展すれば、『銀閃』の四人でも無事に脱出できる保証はどこにもなかった。


 そんな警戒心を解かないクルスに、窓を閉めながらグランドマスターは言った。


「ああ、そう見ていい。多分、お前らとここでガチでやり合えば向こうの方が有利なんだろうが、それじゃせっかく落ち着かせた王都がまた大混乱に陥る可能性があったからな。あとは、一応陛下の信頼厚い俺への配慮ってとこだな。さすがに何かキナ臭い程度の疑いしか持ってないだろうが、万が一今俺が失脚すると、せっかく主導権を握った王宮派がまた昔に逆戻りしかねんからな。下手につつきたくなかったんだろう」


「だったら、別にここで挨拶しに来なくてもよくない?あれじゃ、こっちを疑ってますよって言ってるようなものじゃない?」


「だから『挨拶』なんだろうぜ。すれ違いざまに、ちょっと俺に脅しをかけておくだけのつもりだったんだろう。ついでにお前らにもな」


 ミーシャの疑問にニヒルに笑いながらそう答えたグランドマスター。

 そうこうしているうちにも貴賓用馬車は王都の門を通過して、街道がどこまでも続く平原へと抜け出ていた。


 その間中も、朴人は置物のように座った位置で指一本動かすことはなかった。






 その朴人の顔がピクリと動いたのは、王都近郊の町でグランドマスターと別れて幌付きの馬車を買い上げ、ゆっくりと日にちをかけて王国内の街道を移動して、ようやく永眠の森近くまでやって来たところでのことだった。


「ボクト様、どうかしたのか?」


 その変化を最初に感じ取ったのは、『銀閃』の四人の中で最も気配の察知に長けたクルスだった。

 旅に出て最初の頃は無表情一辺倒にしか見えなかった朴人の心の変化を、唯一クルスだけは見破れるようになっていた。


「どうやら、森の方が騒がしくなってるみたいですよ」


「なに?……ランディ、俺についてこい。ミーシャとマーティンはここで待機。夕日が沈んでも俺達が戻ってこなかった場合は、ボクト様を連れて一直線に王都まで走れ」


「了解」 「わかったわ」 「は、はい!」


 それぞれの応答を聞くや否や、クルスは馬車から飛び降りると後ろも見ずに猛然と永眠の森の方へと走り出した。

 そのすぐ後に続くランディもまた、置いていく仲間たちの方を一度たりとも振り向かなかった。


「さてと、じゃあアタシ達はどこか馬車ごと隠れられる場所を探しに……ってボクト様!?」


「どこに行くんですかボクト様!?」


 後に残された者の役目として最低限の仕事はやっておこうと当たりを見渡し始めたミーシャとマーティン。本職ではないとはいえそれなりに心得のある二人の感覚をすり抜ける形でいつの間にかに馬車を降りた朴人は、クルスたちの後を追いかけるようにスタスタと歩いて行ってしまっていた。


「あー、もうしょうがない!マーティン、馬車と必要最小限以外の荷物はこの場に置いて、さっさとボクト様を追いかけるわよ!」


「りょ、了解です!」


 判断が早かったお陰で、馬車を降りたミーシャとマーティンが朴人に追い付いたのはすぐだった。

 もっとも、朴人自身がすぐ近くの木々の生い茂った丘の頂上のひと際大きな木の影で立ち止まっていたせいでもあるのだが。


「ああ、やっぱりいっぱい来ていますね」


「ボクト様いったいどうして――って!?」


「あ、ああ、あれは……!?」


 朴人にならって木の陰で立ち止まったミーシャトマーティンが見たもの。


 それは、広大な永眠の森の前に無数の旗をたなびかせながら整然と並んだ、人族の大軍の威容だった。

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